シリコンの谷は、いま。
雑誌の記事とはずいぶんちがうみたいです。

第21回
社員研修や社員教育はありますか?



僕がこれまで働いてきた会社で
社員研修を受けたのは、
日本で社会人になった時に新卒採用で入った
会社だけ、それ以外の会社では社員研修を
受けたことはありませんでした。

今、僕が働いている会社で、隣で働いているのは、
同じチームのエンジニアですが、
彼は今年大学院を卒業したばかりです。
その彼と僕は同じ日に入社をしたのですが、
入社のその日からいきなり
2人ともプロジェクトに突っ込まれてしまいました。

つまり、この会社には、
新人社員研修といったものがまったくないのです。

確かに、電話取りをすることもありませんし、
日本のように敬語の復習をする必要や、
名刺の渡し方を習う必要がないせいもありますが、
それを差し引いてみても、
良く言われる「即戦力しか要らない」というのは本当で、
どうやら会社には採用してから育てるという
悠長な考えは、ないようです。

以前紹介した面接の方法でも触れましたが、
実際にプロジェクトに入ったら、
すぐ戦力になってくれなければ困るのです。

長期的に見ても、定期的に社員の配置転換を行って、
計画的に社員の育成を図るという話も聞いたことが
ありません。

いわば会社は社員教育については何もやってくれません。

‥‥といっても、それは受け身でいたらの話。

こちらの会社では、自分で勉強しようとすれば、
それを手助けしてくれる仕組みが色々あります。

たとえば、多くの会社では社内勉強会みたいなものが
毎週のように開かれています。たとえば、

「今回、○○チームが開発した改良版××を使うと、
 従来に比べて2倍の処理能力が実現できます。
 その仕組みがどうやって実現されているかを紹介します」

というような感じです。こういう勉強会への参加は自由で、
自分が興味のあるものに出席して話を聞くのが第一歩です。

開発に関連するほとんどの資料は、エンジニアならば
すべて見ることができるので、
勉強会などで興味を持ったら、自分でそれを試してみたり
することができます。

分からないことがあったり、意見があったりすれば、
それを作った人のところへ行って質問をするなり、
議論をするなりすればよく、
質問すれば誰でも快く教えてくれます。

裏を返せば、社員教育について何もやっていない
という訳ではなく、各プロジェクトで
重要なポジションにある人たちや、
技術力の高い人たちには、こういった勉強会を開いたり、
資料を用意したりして、会社全体の技術水準を上げるための
努力が求められているのです。

さらに言い換えれば、技術力がとてもあって、
生産性も高いエンジニアがいても、
それだけでは所詮一流とは見てもらえません。
自分が作り出したものが他のエンジニアでも
すぐに習得でき、彼らの生産性を上げることが出来て
はじめて一流のエンジニアと呼ばれるのです。

そしてもう1点気づいたことは、
社員を疲弊させるほどこき使わないということです。

仕事に追われると新しい技術を学ぶ機会や余裕がなく、
数年後に気が付いたら、技術の進歩に
置いていかれてしまったという話を
耳にすることがないでしょうか。

エンジニアを馬車馬のように働かせたら、
勉強をする時間がなくなるのは当然で、
いくら勉強会があってもそんなものに参加する
余裕などあるはずがありません。
そういう状況に社員を追い込んでしまったら、
いずれ時代に取り残されて、
使い物にならなくなるということを
会社は分かっているようです。

僕の働いてきた会社では、メインのプロジェクト以外に
常に自由研究的な課題を決めるように言われます。

それは仕事に直接関係無くてよく、
例えば僕の場合は、

「インターネットで日記をつけるシステムが
 色々あるけれど、それの更新情報を集めてくる技術が
 面白そうなので、それを使った簡単なシステムを
 試作してみたい」

というものにしています。

もちろん、これは仕事時間中にやることで、
たまに時間を取ってメインの仕事を中断して、
その「自由研究」をやります。

これも一応は仕事ですから、定期的に自由研究が
どう進んでいるのかを話さなければいけません。
「こういう発見があった」とか
「こういう考え方が新しくて面白い」などと
みんなに紹介したり、
試作システムを社内で公開したりしなければなりません。
この自由研究を全然やっていないと、
評価の時に怒られてしまいます。
真面目一辺倒ではダメなんです。

会社も無理強いをしないなら、
エンジニアもあまり無理はしません。
どんなに忙しくても興味のある勉強会があれば
そちらに行ってしまいます。

エンジニアにプレッシャーをかけて
能力以上のものを要求することで社員は伸びて
生産性は高くなるように思われがちですが、
余裕を持って仕事しているエンジニアのいる
シリコンバレー企業の方が継続的に成果を挙げているのは、
常に新しいものを捕まえるアンテナが
ちゃんと機能しているからなのかもしれません。

上田ガク

2003-11-28-FRI


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