それは秋のある日のこと。
今季の「hobonichi + a.」でデビューする
革のトートバッグの制作を担当した
櫻井義浩さんにお目にかかりたくて、
埼玉県越谷市の工房をたずねました。
櫻井さんのつくる革のトートバッグは、
大橋歩さんからサンプルを見せていただいたときから、
とてもとても気になる存在でした。
大橋さんのつくっていた帆布の四角いトートバッグが
デザインのもとになっているということですから、
そもそも、ひじょうにシンプルなかたちなのですけれど、
圧倒的な存在感があるのです。
ひとことでいえば「かっこいい」。
それは「革だから」という以上に、なにかある。
そんな気がしました。
手づくりならではの素朴さも、
ヘビーデューティーな印象もありつつ、
女性がもったときにもエレガントで、
男性がもっても、おしゃれ。
「こんなトートバッグがあったらいいのに」
という、大橋歩さんの理想が、かたちになった。
そんな印象をうけていました。
そしてわたしたちの興味は
「これをつくった櫻井さんって、どんなかたなんだろう?」
というところへ。
教えていただいた住所は、郊外の住宅地。
そのなかに、むかしふうの
ショッピングアーケードがありました。
櫻井さんがアトリエをかまえたのは、
そのいちばん手前の、
もともとは写真屋さんだった場所。
1Fの角地で、窓が大きく、あかるい工房は、
コンパクトながら、とても使い勝手がよさそうです。
「こんにちは!」
出迎えてくださったのが、櫻井義浩さん。
ひげをたくわえていらっしゃいますが、若い!
じつはまだ、28歳。
ほんとうにお若い職人さんなのです。
大きめのテーブルが、工房のまんなかにひとつ。
まわりに、革を縫い合わせるミシンや、
革をうすく削る機械、
そして、革を圧着させるためのマシンなど、
古そうだけれど、とてもよく手入れのされている
(愛されているなあ! ということがよくわかる)
機械たちがならんでいました。
▲ミシンなどの機器は、中古で購入、
チューニングをし、修理をしながら使っている。
使い手のクセが機械にうつるため、
ひとり1台、決まったもので仕事をしている。
すみません、櫻井さん、作業の手を止めさせてしまって。
「いえいえ、きょう、いらしてくださるのを、
たのしみにしていました。
どうぞゆっくりしていってくださいね」
椅子にかけさせてもらうと、目に入ったのは、
櫻井さんのつくった革靴のサンプル。
なかにはちょっとアート? というような作品も。
▲卒業制作が原型となった「木の実の靴」。
一足の靴が磁石で木の実のように枝から下がっている。
テーマは「時間」。
「わっ!」と驚いた瞬間というものが、
時間が止まる感覚に近いのかもしれない、
という思いをデザインにこめた。
▲「下駄箱」。
引き出しのように見えるが、
把手ごと、大中小の下駄になっている。
今回、「hobonichi + a.」であつかうのは
靴ではなく鞄なのですけれど、
この靴のラインナップをみていると、
櫻井さんがどんなものをつくりたいひとなのか、
ちょっとわかるような気がしました。
シンプルだけど、ちょっとかわっている、
履いていることがうれしくなるような、
そして、その人らしさを引き出してくれるような靴。
丈夫で、そうかんたんにはヘタらず、
手入れや修理をすれば、ながいつきあいの
パートナーになってくれそうな靴。
流行を追ったり、流行をつくったりするよりも、
「こういう靴がほしかった!」というひととの
出会いを待っている靴。
そんな印象です。
櫻井さん、そもそも、大橋歩さんとは
どんなふうにお知り合いになったんですか?
「大橋さんとは、『エントアン』をひらいて、
はじめて大きな展示会をしたときに、
『装苑』という雑誌に取り上げていただいたときに、
連絡をくださったのが最初です。
もちろんそれまで面識はなかったので、
とつぜんお電話をくださったのにも驚いたのですが、
そのあとさらにびっくりしたのが、
当時のぼくの浅草の工房に、
大橋さん、突然訪ねてこられたんです!
それがきっかけで、大橋さんがつくっている雑誌
『大人のおしゃれ』で
ぼくの靴を紹介をしてくださいました」
▲エントアン、というのは、
縁や円(まる)の「えん」と
五十音で最初と最後である「あん」を
「と」(and)でつなげた造語。
「あん」には五十音すべてを使っても
言葉では表現することができないものを
制作していきたいという思いからうまれました。
うわ、さすが大橋さん。すごい行動力。
でも、そこから、靴ではなくて、
トートバッグの話になったのは
どうしてなんでしょう?
「そうですよね(笑)。
ちょうど1年くらい前のことです。
大橋さんの駒沢のお店に遊びに行かせていただいたとき、
このトートバッグのお話が出たんです。
大橋さんが、ごじぶんのところでつくられている
帆布のトートバッグを見せてくださって、
それを革でつくりたいとおっしゃった。
けれども、頼む先がないというので、
『じゃあ、それをぼくがつくりましょう!』
と、言ってしまったんですよ」
ふしぎなご縁!
でもこんなふうに身軽に、
「じゃあ」って言える櫻井さんもすごいですね。
バッグって、それまでも、つくってらしたんですか?
「いえ! バッグづくりは初めてでした」
やっぱり‥‥。
「でも、革靴の技術がいかせるぞって思ったんです。
まず大橋さんとデザインについて
何度も話し合って、工房に持ち帰り、
サンプルをつくる。
それを繰り返して全体と細部を詰めていきました」
とてもシンプルに見えますけれど、
それだけに、かんたんなことではないですよね。
「そうなんです。いちばん苦労したのはポケット、
そして持ち手です。
帆布のトートバッグから、革に置き換えるわけですが、
やっぱり革と帆布で結構変わってきてしまう。
なんでもないように見える部分ではありますが、
このポケットの構造だとか、持ち手の構造は難しかった。
そして量産には向いていない作り方です。
手づくりだからできる。
たぶん、工場に委託したら、すごく嫌がられるくらい
手間がかかっちゃうんです」
そうそう、たとえば、底の角のぶぶん。
まっすぐ90度に縫っているわけでもなく、
接着剤でぺたんとつけているわけでもなく、
角がR(あーる:曲線)になっています。
その感じが、手作業ならではの味わいがあります。
こういうところは、手縫いなんですか?
「靴づくりにも使うミシンと、
手縫いを併用して仕上げています。
けれども、構造をなるべくシンプルに、
見た目もシンプルに作りたいと思い
大橋さんといろいろ相談をして、
ミシン目などもできるだけ少なくしました。
そのため、手縫いの箇所が
いいアクセントになっていると思います」
たぶん、革も、そうとういいものを
使っていらっしゃいますよね。
「はい。革は、ぼくがもともと靴づくりに使っている
バダラッシ(CARLO BADALASSI)社のものです。
イタリアのトスカーナにあるタンナー(革の工房)です。
どんな革製品でもそうですが
特にシンプルなものを作るときは
素材が重要になってきます。
じつはサンプルなどほかの革で作ってみましたが
今回使っている革にたどりつきました。
これは、100%植物タンニンなめしの革なんです。
お金と時間のかかる製法ですが
革本来のあじわいが楽しめる革で、ぼくは大好きで。
ただ、植物タンニンなめしの革は皮の表情が
ほとんどそのまま出てしまうので
血筋や小さな傷がどうしても残ってしまうんですけれど。
革製品になると忘れがちですが、
もともと動物であったということを
頭の片隅に置いて使っていただければと思います」
なるほど。とてもだいじなことですよね。
ところで、端は切りっぱなしになっているんですね。
なのに、ぼろぼろになっていない。
「それは、縫い合わせなくても、雰囲気がでる
上質な革だからですよ。
安い革を使うと、切り口がボサボサしてきてしまう。
この革は、そういうことがありません。
こういう大きめのものをつくるときは、
一般的には、革と革を張り合わせて作るのですけれど、
今回のトートバッグを作るにあたっては、
張り合わせをせずに、大きいままで使いました」
そのため、牛一頭で平均して
2個しかつくれないだそうです。
傷などの関係でもっと少ない場合もあるとか!
そんなふうに革えらびから丁寧に、
もちろん加工も手作業でひとつひとつ仕上げているから、
この、独特の魅力が出るんですね。
櫻井さん、このトートバッグの
お手入れのことも聞かせてください。
「はい。出荷する前に、1点ずつ、
無色のクリームを塗っていますから、
使いはじめる前の準備は要りませんよ。
けれども、使っていくうちに、あぶらが抜けて、
革がちょっとかさかさしてきたかな、
となってきます。そのタイミングで、
植物系の革の手入れ用オイルを
塗っていただくとよいと思います」
なるほど。
上質な革製品って、
経年変化がとても楽しみですよね。
櫻井さんのこのバッグも、そういうふうに
長く使っていただけるといいですね。
「はい、使えば使うほど味が出てくると思います。
シンプルがゆえに素材の良さが引き立ち、
素材がバッグを引き立たせることができたバッグです。
ぜひ、楽しんで使っていただけたらと思います!」
櫻井さん、どうもありがとうございました。
「hobonichi + a.」では、
数量限定で、櫻井さんと大橋歩さんがいっしょにつくった
この革のトートバッグを入荷いたします。
どうぞおたのしみに! |