このシュトーレンのプロデューサーであり、
じっさいに制作を担当した昆布智成さんいわく、
「出発点はただ和風にしたいなぁ、
ということだけでした」。

じつは和風のシュトーレンというのは、
意外と世の中にあるのです。
比較的多く見られるのは、
抹茶、蓬(よもぎ)、きな粉などを混ぜ込んだもの。
でも智成さんは
「あまりほかにない、
昆布屋孫兵衛らしいアプローチがしたい」と考え、
父・昆布孫兵衛さんのつくる
(昆布屋孫兵衛は屋号、昆布孫兵衛はお父さんの名前です)
白あんを使うことを決めました。
伝統的なシュトーレンは
全体をしっとりさせるために、
生地にマジパン(粉末のアーモンドプードルと粉砂糖、
卵白や水飴などを練り合わせてつくる)や、
アーモンドペーストを練り込む技法をとるのですが、
智成さんは、そのかわりに白あんを使うことに。
まずこれが、昆布屋孫兵衛のシュトーレンの
いちばんの特徴となりました。
フィナンシェでも孫兵衛さんの白あんを使いましたが、
その時は福井の梅を蜜漬けするときに出た
蜜を入れた白あんで、ほのかにフルーティでした。
今回はベーシックな白あん。
そして、通常は生地の中央に
棒状にしたマジパンを入れるところを、
その白あんとアーモンドペーストを練った、
オリジナルの“白あんマジパン”を入れました。

切り分けたとき、コインくらいの大きさで覗くのは、
この“白あんマジパン”の断面です。
最初は白あんだけでできないかなあと考えたものの、
じっさいにつくってみると、柔らかすぎて、
焼いたときに形が保てなかったのだそうです。
白あんの原料は、カリフォルニア産の白いんげん豆。
もともと昆布屋孫兵衛では、
和菓子に手亡(てぼう)と呼ばれる豆を主に使いますが、
じっさいそれでつくってみたところ、
和菓子のときはぴったりのその豆感、
豆くささのようなものが、
シュトーレンにはすこし過剰に感じられたそう。
くらべてアーモンドなどほかの食材との相性がよかった
カリフォルニア産を使うことになりました。
「シュトーレンは、表現としては洋菓子です。
だから和に寄せ過ぎるのではなく、
ある程度のボディ感が欲しいと感じたんです。
レーズンやフルーツ類、
アーモンドなどのナッツ類、ラム酒なども使うので、
手亡を原料とした上品な白あんより、
ちょっと荒々しさのあるカリフォルニア産のほうが
ぴったり来たんです」

ちなみに、智成さんがつくるアシェット・デセール
(お皿に盛りつける、つくりたての生菓子。
昆布屋孫兵衛では店内のみで提供されています)で、
水ようかんなど軽やかなパーツと
組み合わせるのに使う白あんは手亡を、
焼き菓子などバター感の強いものには
カリフォルニア産を選んだりもするそうです。
断面を見ていただくとわかりますが、
このシュトーレンには、
ほんとうにたくさんの食材が使われています。

まず目立つのは黒豆。
お正月に食べる煮豆ほど甘くはせず、
ほんのりとした甘さで煮た豆を使っています。
白っぽく見える断面はアーモンドです。
「杏もゴロゴロ入っています」と智成さん。
これは、ドライ杏を、
パッションフルーツのピューレ
(砂糖を使わず煮詰めたもの)に、
1週間ほど漬け込んだもの。
通常はお酒に漬けて戻すそうですが、
このシュトーレンには、
パッションフルーツを
たっぷり吸った杏を使っているので、
甘酸っぱさが残っています。
そこで使うドライ杏も、
セミドライとドライ、乾燥具合の違う杏を2種類。
ドライの杏の戻り方と、セミドライの杏の戻り方で
食べたときに食感の違いの楽しさが出る、
という演出です。
(どちらもハサミでチョキチョキ刻んでいるそうです。)
柚子は、徳島の木頭柚子(きとうゆず)。
山深く、雨が多く、寒暖の差が激しい盆地でつくられた
香り高く肉厚で酸味の強い柚子です。
その皮を4ミリ角に切って、
コンフィ(シロップ漬け)にしたもので、
「このシュトーレンの中で
実は一番多く入っているのが柚子なんです」。

他にレーズン、オレンジ、レモンも
小さく刻んで一緒に入っていますが、
それらはラム酒漬け。
使ったのは「ヴューラム」という、オーク樽で熟成する
最高級のラム酒です。
「ちなみに、漬ける前に必ず“ブランシール”といい、
茹でこぼしをするんですよ。
3、4回ぐらいそれをしますから、
完全にフルーツの皮のワックスなど
余分な成分は落ちています」
そんなふうに、それぞれの具をしっかりと下拵え。
しっかりと甘さも入れ、しかもその具の量が
一般的なシュトーレンに比べて圧倒的に多いので、
生地じたいにはほとんど甘さを入れていないそうです。
「形を保ちにくいぐらい、具材をたくさん入れています。
なんならパンはつなぎ、という感じです。
手で成型できないので、パウンド型に入れて焼きました」
そして、シュトーレンといえばスパイス。
「山椒がいちばん多く入っています」
山椒は、緑っぽさのある、高知の仁淀川の山椒。
フレッシュな香りが特徴です。
それに次いでパンデピスのスパイス
(シナモンとカルダモン、アニス、ジンジャー)、
そしてバニラ、白ごまも。
焼き上がったシュトーレンの、
最後の仕上げはバターです。
「すましバターを、ふんだんに使っています。
1個あたりに50グラムです。
しっかりしみ込ませることがすごく大事で、
香りと味わいがしっとり重たくなるんです。
僕の場合は、塗るのではなく、
バターのお風呂に浸からせて、
50ℊ増えるまでちゃんと量ります」

ちなみにシュトーレンは、
本国ドイツでは幾日も少しずつ食べるなかで、
熟成させていくと味が変化しておいしい、
と言われますが、
昆布屋孫兵衛のシュトーレンは、
熟成して味が変わる、ということはほとんどないそう。
切ったあとぴったりきれいにラップして
密閉状態にしておけば、少しずつ楽しめるものの、
バターが酸化した風味を感じるひともいるので、
智成さんとしては
「はやめに食べ切ってしまっていいですよ」
とのことでした。
さて、本場のシュトーレンは、
薄くスライスするのが決まりだとききますが、
智成さんのおすすめ?
「うちのは、薄く切るのではなく、
1~1.5センチ、ちょっと厚めに切り分けて、
豪快に食べた方が美味しいんじゃないかな」
合わせる飲みものは、コーヒーでも紅茶でも、
緑茶でもほうじ茶でも、ミルク系のものでも。
フォークを使っても、手で食べても、自由です。
(スタイリング写真には
コーヒーとフォークを添えましたけれど、
和を演出して、日本茶と黒文字、でも!)
12月9日(火)11時よりほぼ日ストアで販売します。
(昆布屋孫兵衛での店頭販売はありません)

2025-12-05 FRI