ほぼ日手帳2009

「ほぼ日手帳2009」の開発にあたって、
わたしたちは、佐藤卓さんにお願いして、
デザインを一から徹底的に見直していただきました。
糸井重里自身、卓さんにお願いすることについて
こう語っています。
「この手帳は、毎年、
 ユーザーの方たちから意見をいただいて、
 少しずつ改良を重ねてきた、
 いわば、使う人と一緒に鍛え抜いた手帳だと思うんです。
 そのおかげで、便利だとか、使いやすいって
 ほめてもらえるようになったけれど、
 いろんな要素を“増築”していく中で、
 つぎはぎが多くなったり、
 ちょっとだけ情報が混み合っていたりしたかもしれない。
 卓さんの目で客観的にこの手帳を見たときに、
 『なんで、この部分は、こうなっているの?』と
 思うことはないだろうか?
 そこを直してもらえたらいいなあと思ったんです」
それに対して、卓さんがどう答えたのか。
卓さんご自身に語っていただきました。

手帳はその人の生活を背景で支えるもの。

この手帳は、多くの人の思いや意見が集まって
作られてきたものなので、
なんとも言えないあたたかみがありますよね。
今回、このリニューアルデザインを
担当することになったときに、
僕がまず最初に考えたことは、
長いあいだこの手帳を愛して使ってきた人たちが、
使いにくくなってしまうようなことだけは避けたい
ということでした。
僕から見てもこの手帳は、
とても「ほぼ日」らしいものだと思うんですよ。
いろんな試みが見え隠れしていて、
楽しさとかおもしろさといったものが、
手帳の中にちりばめられている。
だから、何か新たなものをという意識ではなく、
そのほぼ日手帳の財産と言えるものを
できるだけ生かしながら、
いまのものを少しチューニングすることが、
自分に与えられた仕事なんじゃないかなと思いました。

手帳って、使いこなしていくと
その人の生活を支えるものだと思うんです。
そこでの主役はもちろん手帳ではなくて、使う人です。
だから、手帳がどこまで前に出ていいのか、
基本的にはどこまで出ないで済ませられるか。
そういう考えかたが、
手帳のデザインには必要だと思うんですね。

それは、いま僕が最も興味を持っている
「デザインをどこまで消すことができるか」
ということに近い考えかたでもあって、
自分にとっても、やり甲斐のある仕事と感じました。


一口に手帳のデザインと言っても、
本体とカバーとは、まったく違う意識で
考えるべきものだと思います。
本体に関しては、できるだけ余計なことをしないで、
どこまでチューニングできるかという考えかた。
一方のカバーは選べる楽しさがあるもので、
これは、いままでの蓄積がある「ほぼ日」のみなさんと
一緒に作っていきたいと思っていました。

この本体とカバーの違いは、
ステージにたとえるとわかりやすいかもしれません。
本体はステージそのもので、
カバーはそこに登場する役者のようなもの。
いいステージというのは、いろいろな演出が可能な場で、
そこにはさまざまな役者が登場するわけです。
これしかできないというステージを作ってしまうと、
そこで演技する人の幅も狭まってしまう。
だから、土台も含めて、
どこまで使いやすいものにしておくかが重要なんです。
手帳の本体も同じで、いろんな使いかたが
可能なものにしておかなければいけない。
それは、これからこの手帳を使う人の
自由度に関わってくることですから。
携わるデザイナーは、この本体とカバーの本質的な違いを
認識していないといけないと思いますね。

無意識の中に入っていく、デザインの醍醐味とは。

実際に見てみると、
ああ、確かにこれはちょっと調律したい部分が
あるなぁと思ったんです。
もしくはそれをご提案したら、
みなさんはどう思われるかな? 
ということがありました。
たとえば、罫線の細さ、どうだろうなぁ、
方眼の大きさ、ちょっと変えたほうがいいかなぁとか、
点線の間隔、点線と点線の交差点、
どうしようかなぁといったことですね。

そういう、ほんの微妙な調整とか、
じつは、すごく好きなんですよ(笑)。
気がつかれないでしょう、普通。
その気がつかれないところに入っていくっていうか、
人の無意識の中に入っていくっていうのが、
もう、醍醐味なんです。

デザインに求められる役割って、
多くはそうじゃないんですよね。
思いっきり意識させる、逆なんです。
でも手帳のデザインに必要なのは、
もっと微妙なものだと思うんです。
僕自身が手帳を選ぶとしたら、罫線の細さとか色とか、
どこで罫線が止まっているかとか‥‥
もちろん僕はデザイナーだから
そういう、ごく細かいところまで見るんですが、
普通の人も、なんとなく、
でもちゃんと感じていることだと思います。
手帳の中にある、いろんな情報を受け取って、
そのトータルで、あ、これ、いい、って判断してる。
デザイナーはそれを言語化したり
分析したりするんですが、
それはプロだからわかるということではなく、
人はみな、それを感じているはずなんです。

それを「感じていない」という前提でデザインする、
人の感覚を信じないデザインが、
世の中には多過ぎるような気がしますね。
でも、0.1ミリと0.15ミリはやっぱり違う。
言葉にはならないけど、なんとなく違うことは、
みんなわかっていると思います。
たとえば、
人が元気か元気じゃないかというようなことだって、
その人の顔色とかつやとか、
総合的に見ていつもと違う気配を感じて、
今日、元気ないよね、どうしたの? って、
心が動かされるからですよね。
じつはそれって、ものすごく微妙なことだと思うんですよ。
そのデリケートなところを、
人はちゃんと受け取っている。

そういう、無意識のうちに心が動いたりするところへ、
知らず知らずのうちに入っていくようなことって、
デザインでは普段あまり語られることがないんです。
もっとわかりやすいもの、右か左か、赤か青か、
丸いか直線かといった、
大雑把にカテゴライズできるものが
いわゆるデザインとして語られることが多いわけですが、
でもじつは、その間あいだのデリケートな感覚を、
ちゃんと人は受け取っている。

それを前提にしてデザインすると、
やるべきことは、無限にあります。

方眼を例にして、その検証の実際をたどる。

まず、デイリーページをじっくり見ることから始めました。
この手帳の大部分をしめているデイリーページは、
人にたとえると、心臓の中心にあたるような、
大切な部分と思ってます。
で、そのデイリーページの土台になっているのが方眼です。

方眼は、すごく自由に使えるし、
それほど主張しない薄い色なので、
いろんな使いかたが可能ですよね。
それはこの手帳の大きな財産なので、
疑問を差しはさむ余地もなく、
方眼はそのまま残したいと考えました。

ただ、方眼のメモリの大きさについては、どうだろうか。
もしかすると、いままでの4ミリ平方という方眼サイズは、
この手帳には少し大きいかもしれない、
そう思いました。
手帳自体がけっして大きいものではないし、
方眼というのは文字を書くときの
目安になればいいわけです。
その目安としては、もうちょっと細かくても
いいんじゃないかなと思ったんですね。
とはいっても、この手帳を使うのは若い人もいれば、
やや老眼が入った僕らの世代、
さらに上の世代の方もいらっしゃるので、
小さすぎるのは困るという意見も出るかもしれない。
そう思いながら、一番小さいサイズを3ミリ、
最大をいままでの4ミリと設定して、
そのあいだのサイズを細かく検討することにしました。



佐藤卓さんの右腕、デザイナーの日下部昌子さん(佐藤卓デザイン事務所)。
「色彩感覚が抜群」と卓さんが太鼓判を押す日下部さんは、
膨大な検証やデザインの傍ら、カバーの素材選びや
パターンデザインにも活躍してくださいました。

この「方眼の大きさの違い」って、
ページ全体のデザインに影響してくるものなんです。
いろいろな関係性があって、
時間軸の数字の間隔が変わるし、そうすると、
その時間軸の下のスペースの広さも変わってきます。
ページの縁の余白の幅や、
月を示す「ツメ」の大きさや形とか、
あらゆる要素に関わってくるんですね。
だから、それらを兼ね合わせて、
ほどよいところはどれなんだろうか。
どこかに歪みが出すぎるデザインはよくないし、
総合的に見てどのへんだろう。
そう考えていく必要があるんです。
デザイナーの日下部と一緒に、
数種類の方眼を実際に作ってみて、
それを一つひとつ検証していきました。

最終的に今回採用された「3.45ミリ方眼」は、
書きやすさと全体のバランスを
「ほぼ日」のみなさんと検討して、
選んでいったものですね。

複雑な情報を整理して、単純なリズムに整える。

方眼については、もうひとつ、
気になっていたことがありました。
いままでの方眼は、点線と点線の交差点
十字に交わっているところもあれば、
そうでないところもある、
成り行きにまかせた形になっていたんです。
かなりミクロな世界ですが、すべての交差点を、
同じ形の十字に交わるように調整したらどうなるだろうか。
いろんな形の交差点があるという状態は、
そこに複雑な情報、ノイズがあるということです。
交差点はすべて十字に、端や角もきっちりそろえることで、
そこにあった複雑なノイズが消えて、
単一なリズムになっていく。

これは見た目にはほとんどわからないことですが、
でももしかすると、人は感じているのかもしれない。
どうせわかんないよ、ではなくて、
そんなことないよ、わかっているかもしれないよ、
そういう、姿勢ですね。
手帳はもともと情報量の多いものなので、
ノイズになるような複雑な情報は、
できるだけ減らす、どうしたら減らせるか、
ということを常に考えながらやってます。
できるだけ、書き込む人のじゃまにならないように
しようということです。

デザインはすべて選択の連続。

全体と部分を行きつ戻りつしながらさらに見ていくと、
部分にも、いろいろ見えてくるものがありました。

いままでは時間軸のところもベースに方眼があって、
点線の交差点に数字が配置されていたんですね。
つまり、数字の中心を通って、
縦の点線と横の点線が走っているという状態です。
この部分でまず思ったのは、この縦の点線が
ほんとに必要なんだろうかということ。
本来、時間軸というのは、
右側に書き込むことがらに対応するものです。
そのことに対して、
この縦の点線は何か役に立っているだろうか。
じゃあ、点線を取ってみるとどうなるだろう。

実際にやってみると、縦の点線がなくなることで、
数字から右に向かって、
自然と意識が働くようになるんです。
それを検証したうえで、縦の点線は取ろう。
そう、選択をするわけです。

同時に、横の点線についても見ていきます。
数字と点線は重ならないように
数字の両サイドで点線を止めることにしました。
このとき、その点線をどの位置で止めるか。
数字って、たとえば9と12なんかを比べると
わかりやすいと思いますが、
1桁と2桁で、横幅がけっこう違いますよね。
それで、点線の止めかたにも
ふたつの選択肢ができるんです。
ひとつは、
数字の桁数に関係なく、点線を同じ位置で止める。
そうすると、1桁の数字の両サイドには、
2桁に比べてわずかに広い空きができます。
もうひとつは、
両サイドの空きが同じになることを優先して、
1桁のときには少し点線をつめておく。

最終的には、空きがほぼ同じになるように調整しました。
1桁と2桁で空きが違う状態になっていると、
この点線がちょっと意識化されてしまうんですね。
ここで止まってますよ、って、
わざわざ止めているような感じに見える。
でも、点線そのものが、そういうふうに、
意識化される必要はまったくないわけです。
逆に、空きが同じになるようにすることで、
数字がすっと自然に立って見えてくる。

こんなこと、誰も見ないですよね(笑)。
ぜんぜん見なくていいんです。
気がつかれないことのほうが、
僕にとってはうれしいんですが、
ただ、デザインってこういう選択の連続なんですよ。
線を太くするのか、何ミリにするのか、
どこで止めるか止めないかとか、すべて選択の連続です。
その選択を、考えずにやるのではなくて、
考えてやろうよっていうことですね。

あらゆる可能性を検証するというプロセス。

僕はいつも、デザインにはいろいろな方法がある
と思ってるんですよ。
いくつかの方法が常にある。
「これしかない」ではなく、この目的のためには、
「こういう考え方をすると、こういう方法がある」
「これだけの方法が考えられますよ」
ということを提示できるのが
プロのデザイナーだと思うんです。
可能性をいくつも出して、すべてを一度可視化して、
それをもとに何度も意見を交わしながら、
どれがいいかを選んでいく。
そのプロセスを経ると、
選ばれたものがなぜいいのかということを、
関わっている人みんなが共有できるんです。

たとえば、方眼の線の種類というのも、
可能性はひとつじゃないんですよ。
点線ではない線の可能性も、
一度検討しておいたほうがいいと思うことのひとつでした。
いままでの手帳の方眼は「破線」という点線ですが、
それを丸い点の点線にするとどうなるか。
それから、点線ではなく実線にするとどうなるだろうか。

いろいろやってみると、
これまでの破線が、
いかによいかということがわかりました。
実線でも、細くて薄い色だったら、
一見するとそんなに変わらない。
でもやっぱり、ニュアンスはぜんぜん違ってきます。
ピリピリしているというか、
触ってはいけないような緊張感が出すぎてしまう。
破線のよさって、
「これはひとつの目安ですよ」という印象を
自然と人に伝えられるところにあると思います。
これはひとつの例ですが、こうやって
可能性のあることはできるだけ検証して、
先に進んでいくわけです。

何を残して、何を変えるかということ。

いろいろ検証してみて、
ここはこうしたらどうかなと途中考えたことにも、
糸井さんや手帳チームのみなさんと話し合う中で、
最終的には採用しなかったこともあるんですよ。

たとえば「TO DO リスト」のチェックボックスの数。
このチェックボックスはいま4つなんですが、
方眼が小さくなって
スペースに余裕ができたこともあって、
このボックスを5つに増やしたら
さらに便利になるんじゃないかと思ったんですね。
同じく「TO DO リスト」の項目を書き込むスペースは
方眼ではなく、横の罫線にしたらどうだろう、
そういうことも考えてました。
ここはたぶん横書きで書く人が多いだろうと
想像したんです。

結局、チェックボックスは数を増やさず
4つのままにしたんですが、それはなぜかというと、
「チェックしなきゃいけないことって、
自分に課した義務みたいなことなので、
それは多くないほうがいい」
という理由なんです。
そう言ったのは糸井さんでしたが、
この考えかたには、提案した僕も、
あぁー、なるほど、と、とても納得しました。

書き込むスペースを横の罫線にしてはどうかというのは
けっこう長く検討した部分なんですが、
最終的には方眼のままにしてるんです。
この部分を横の罫線にするということは、
「ここはこう使ってください」と、
限定してしまうようなことでもあって、
結局、使う人の自由度を狭めてしまうことに
なるんですよね。
やっぱり、使いかたはできるだけ自由にしておこう。
そういう理由です。
どちらも、とてもよく理解できる、
ほぼ日手帳にとって大切な考えかたですよね。
そうしたキャッチボールを積み重ねて、
できるだけ余計なことをしないようにしたつもりですが‥‥
どうでしょうか(笑)。

デザインのその後について、いま思うこと。

こういうデザインは、人の手に届いて、
それが使われて、そしてしばらく経って、またどうか、
ということをずっと見続けることになるんです。
そして、意見をお聞きする。
今回、数え切れないほどの検証をして、
実際に少なくないデザインの調律をしたわけですが、
それがほんとに多くの人のためになるかどうかは‥‥
この手帳が使われ始めてからの話です。
だからいまは、
ドキドキしながら待っているところです。

この段階で、ある程度でも
自分で満足するものができたと考えるのは、
デザインの場合はあり得ない。
少なくとも僕の場合はあり得ないんです。
デザインに正解はありませんから。

手帳って、その人と1年間は付き合うものですよね。
もしこれが食べ物の話だったら、
口に合わなければ食べないで済ませることもできるけど、
手帳は使い始めたら途中で替えるというのも嫌なもので、
多くの人は1年間、ずっと付き合うでしょう。
だから、そのことに対して
いい方向にお手伝いできているかどうかは、
常に、不安ですね。
世の中に出てからも不安は続きます。
不安って言っても、いい意味なんですよ。
デザインというのは不安じゃなきゃいけないと、
僕は思ってるんです。
これが正しいという満足は、デザインの場合はあり得ない。
逆に、満足してしまうことのほうが、
ものすごく問題だと僕は思ってます。

デザインというのは生き物みたいなもので、
常に観察して、少し調子が悪くなったところがあれば、
ちょっと手直ししてあげる。その繰り返しです。
そしてまた、さらにこの先があるわけで、
時代が変わって、人の価値観も変わって、
技術が変わっていけば、そのときにまた、
調律が必要になるときがくるだろうと思います。

それまで、このデザインが使われているあいだは、
僕はもうずっと、これでいいんだろうか、
大丈夫ですか、これで、って、
ほぼ日手帳を使っている方々に
お聞きし続けることになるでしょうね。
もちろんこれから自分でも使ってみたいと思います。



卓さんが手にしているのは2009年版の革カバー「TS ブラック」。
「自分で使いたいカバー」をコンセプトに
素材から選んだ「卓さん好み」と言えるもの。
しっとりとしたやわらかい黒革、そのシンプルさが魅力です。

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