経済はミステリー。
末永徹が経済記事の謎を解く。

第2回 政府の信用調査

去る二月二三日、スタンダード&プア‐ズ(S&P)が
日本の国債を最高格のAAAからAA+に「格下げ」した。
ニュースとしてはいささか古いが、
ほとんど全ての「ほぼ日読者(≒日本人)」にとって
重要な意味を持つことなので、取上げてみたいと思う。

国債は、政府の借用書。政府が
「満期に、そこに記された金額の現金を支払う」
ことを約束した証書である。
国債を買った人は、
その分だけ、政府に金を貸したことになる。

S&Pは、ムーディーズと並ぶ二大「格付け会社」だ。
「格付け」は、解りやすい日本語で言い直せば、
「信用調査」のことである。
多分、格付け会社は、
もともとは帝国データバンクのような企業の
信用調査の仕事をやっていたのではないかと思う。

企業同士の取引では、私たちの買い物と違って、
いちいち品物と現金を交換しない。
ツケにしておいてまとめて決済したり、
現金の代わりに手形で支払ったりする。
取引そのものが「お金を貸す」という要素を含んでいる。
だから、企業は、取引先が
「安心してお金を貸せる相手かどうか」
を知っている必要がある。
取引先が倒産したら大損するかもしれないから、
信用調査は「売れる」情報なのだ。
(潰れたエステの回数券を「まとめ買い」して、
 大損した人がいたでしょう。
 可哀想だけど、信用調査が足らなかったわけ)

今では、S&Pやムーディーズの「格付け」は、
社債(企業の借用書)や国債(国の借用書)を
投資目的で買う人、
つまり、企業や国にお金を貸す人向けに公表される。

そう、「S&Pの格下げ」は、
「日本政府にお金を貸している人」に対する
「焦げつくリスクが少しだけ増えたから注意するように」
という呼びかけなのだ。

ここで、
「国債なんか買ったことはない。
 日本政府に金を貸した覚えはないから、
 自分には関係ない」
と思った人がいたら、多分、大間違いです。

たしかに、政府から直接国債を買っているのは、
銀行、信託銀行、生命保険、
郵貯などの「機関投資家」で、
ほとんどの日本人は「国債を買った」つもりはない。
しかし、機関投資家の手元にあるお金は、
実は、私たち一般大衆から預かったお金である。
そして、日本の機関投資家は例外なく国債を買っている。

つまり、
あなたが、預貯金ゼロ、生命保険ナシ、年金バックレの
「宵越しのゼニは持たない」
江戸っ子カタギでない限り、あなたの財産の一部は、
あなたの知らない間に国債投資に回っている。
「S&Pの格下げ」が
少しは身近に感じられましたか? 

でも、「あのエステ会社は危ない」
と教えられたら別のエステに行けばいいが、
「国が危ない」と言われても、困ってしまう。
「国が潰れる」とはどういうことか、
ちょっと、想像がつかない、
という人が多いのではなかろうか。

実は、それほど難しいことではない。
エステ会社が潰れたら、回数券が使えなくなる。
同じように、国が潰れたら、通貨が使えなくなる。
「円」が、モノやサービスと交換できなくなるのである。
歴史で習ったハイパーインフレ、
物価がどんどん上がって
お金の価値がなくなってしまう状態。
モノやサービスと交換できない紙幣は、紙くずに過ぎない。

S&Pは、
「そういう可能性が少しだけ高まったから、
注意したほうがいいよ」と教えてくれたのだ。
もちろん、今のところは、
「世界最高ではなくなった」という評価で、
そんなに深刻に心配しなくてもいい。

でも、お金を貸す時は、
相手がどんなヤツか少しは調べたほうがいい。
「日本政府」は、相当、酷いよ。
今年の借金予定額は90兆円、そのうち、
60兆円は昔の借金の元利払いに充てられる。
「借金を返すために借金をする」
多重債務者コースを突っ走っている。

多重債務者は、新たにお金を貸してくれる人を
見つけられる限り、破産しない。
ネズミ講と似ている。
個人であれば、すぐに金策に行き詰まって、
踏み倒せる金額はたかが知れているが、
政府は、簡単に貸してくれる人を見つけられるから、
押さえが効かなくなる。全国民を巻き込んで、
通貨が踏み倒されてしまった状態が、ハイパーインフレだ。

2001-03-11-SUN
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