HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
THE DAM KEEPER
ピクサーを飛び出した堤大介さんが信頼する仲間とつくった映画
──
今年2月のアカデミー賞授賞式のときは
もうドキドキして
ヤフーニュースが更新されるのを
今か今かと、
むやみにリロードしてました(笑)。
ははは(笑)。
──
短編アニメーション映画賞のオスカーは
残念ながら獲れませんでしたが
あれって誰かから連絡が来るんですか?

おたくノミネートされてますよ、的な。
いやいや(笑)、まずは「応募」なんです。

作品が一定の基準をクリアしていれば
応募できるんですけど、
11月の終わりくらいだったかな、
いきなり「10本」に絞られるんです。
──
それって
基準があるとはいえ相当な数ですよね。

そのなかから「10本」ですか。
ロバート
ええ、そこがまず第一の関門なんですけど、
その後1月の中旬くらいに
最終的にノミネートされる5作品が
発表されるんです。
──
注目されはじめるのは、その段階?
いえ、10本に絞られた時点で
けっこう、まわりが騒がしくなりました。

候補になった人たちも
それぞれ、選挙活動じゃないですけれど、
PRしはじめますから。
──
そんな「オスカー狂騒曲」が、
2月末の授賞式まで続いていったんですね。
ロバート
ぼくら、応募したのはいいんですけど、
作品が完成してから
すでに1年以上が経ってましたし、
まさか、最終の5作品に選ばれるとは
想像もしてなかったんです。

ですから、残ってるって聞いたときは
本当にビックリしましたし、
そこからの数ヶ月は
本当に不思議な数ヶ月間‥‥でしたね。
──
受賞作品を予想するサイトみたいなのも
あったじゃないですか。

そこで、なかでも『ダム・キーパー』は
得点が高かったので、
「‥‥もしかしたら!」と思ってたんですが。
ええ、授賞式の1週間くらい前に
ハリウッド関連雑誌の予想が出揃うんですが
そこでも
『ダム・キーパー』を予想しているところが
けっこう、あったんですね。

なので
「あれ? もしかしたら‥‥なのかな?」
みたいな、
へんなドキドキ感は、実際ありました。
──
ぼくは、他の作品を観てませんでしたが、
『ダム・キーパー』なら、
あの作品ならば、ことによると‥‥って。

実際に観て、いいなあと思っていたので。
ありがとうございます。

でも、本心の部分では、
やっぱり獲れるなんて思っていなくて、
おそらく
ディズニーの『Feast』だろうな、と。
──
最終的に受賞した作品ですね。
はい。発表されたときにも
「そりゃそうだよな」って納得しました。
──
会場の雰囲気は、どんな感じでしたか?

もう、そこいらじゅうに
キラキラしたセレブがいるわけですよね。
ロバート
まあ(笑)、ぼくもダイス(堤さん)も、
ハリウッドスターを見て
「キャーッ」って感じでもないんですが、
最後、パーティが終わって
帰りのリムジンを待っていたら
となりに
「オスカーを3つも抱えて煙草を吸ってる、
 やたらセクシーなメキシコ人」がいて。
──
はい。‥‥誰でしょう?
ロバート
映画『バードマン』で
監督賞・作品賞・脚本賞の三冠に輝いた
アレハンドロ・イニャリトゥ監督でした。

ぼくたちふたりが
心から尊敬している映画監督だったので、
思わず、一緒に
写真を撮ってもらっちゃいました(笑)。
──
おお。うれしそう(笑)。
あれはもう、ただうれしかったね(笑)。
──
今回の一連の「騒動」と言っては何ですが
アカデミー賞の渦のなかで、
たくさんの人に注目され、取材も殺到し、
堤さんなんか
あの『情熱大陸』にまで、お出になられて。
ええ‥‥はい(笑)。
──
そのなかで、
「いちばん勉強になったこと」って、
何だと思いますか?
やっぱり「アカデミー賞」というのは
ある意味で
「究極の勘違いを生む場所だなあ」と。

最終5本にノミネートされるだけでも、
まわりが騒々しくなり、
日本からは
テレビの取材陣が押し寄せてくるし‥‥。
──
ええ。
ぼくたちつくり手にとっては、やはり、
「他人の評価」って
ひとつの、大きな指標になるんですね。

映画をやってる人間として、
それは、ものすごく大切なんですけど、
でも、他人の評価に縛られて
自分たちの信じるものがブレてしまっては
本末転倒だなあと、
あらためて、そう思いました。
──
ノミネートされてみて。なるほど。
ロバート
七転八倒しながら
『ダム・キーパー』をつくっているときや
ピクサーを辞めようと決断したときは
これから自分たちが
どこへ向かっていくのか明確だったんです。

やりたいことだけに
すべてを集中し続けたい気持ちだったのに
ノミネートされたあと、
本来、フォーカスすべきだったものごとに
なかなか集中できなくなって。
──
仕事に手がつかない、というような?

ノミネートされた経験がなくっても、
それは、わかります。
ソワソワしちゃいますよね、きっと。
ロバート
本当にありがたい、
これほど光栄なこともないんですけど‥‥、
どこか
矛盾を感じる状況がありました。
──
なるほど。
ぼくとロバートは
「ピクサー」という大きな会社を辞めて
「トンコハウス」という
本当に、ちいさなスタジオを立ち上げた。

当面、収入のあてなんかもないのに
ぼくにはも子どもがいるし、
ロバートは婚約しているし、
おたがい家のローンがあったりもするけど、
自分たちのやりたいことをやろう、と‥‥。
──
はい。
そう思ってスタートした直後だったので、
戸惑う部分が、あったんだと思います。

だから、たとえば、
まだピクサーを辞めていなければ
今回のアカデミー賞だって
もっと、楽しめたのかもしれない。
──
あの、これはぜひ聞こうと思ってたんですが
おふたりは、
なぜ、ピクサーをお辞めになったんですか?
ロバート
なぜ。
──
だって、
ピクサーといったら世界的な人気企業だし、
多くのクリエイターが憧れたり、
ライバル視したり、目標にしたりしています。

いろんな「チャンス」が
ゴロゴロ転がっているようなところに、
外からは見えるので。
たしかに、ピクサーはそういうところです。

でも、やっぱり『ダム・キーパー』の経験から、
「先の見えない恐怖」が、
いかに自分の成長にとって重要か‥‥というか、
もっと正直に言えば
「先の見えない恐怖」によって
いかに自分が「ワクワク」しているか‥‥を
知ってしまったんです。
──
ワクワク。
そう、あの感じ‥‥
あの「恐怖のワクワク感」知ってしまったら、
「もうピクサーではできない」って、
そう、思ってしまったんです。
<つづきます>
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