ヒウおじさんの鳥獣戯話。 さぁ、オトナたち、近くにおいで。 |
第4回 「鶴の恩返し」という昔話がある。 時は昔々、舞台は東北の寒村。 貧しいけれども心根のやさしい老夫婦がいた。 ある日じいさんがわなにかかっている鶴を見つけ、 気の毒に思って逃がしてやったのだそうだ。 その夜は雪、老夫婦に美しい娘が訪ねてきて宿を乞う。 ふたりは娘を泊め、わが子のようにかわいがると、 娘はお返しに一室に閉じこもって反物を織ったという。 娘の織った美麗な布は町で評判を呼んで高く売れ、 老夫婦は娘にさらに多くの反物を頼む。 どうやって織っているのか興味を抱いたばあさんが、 ある日、禁を犯して娘がはたを織る姿をのぞくと…… あの、あまりにも有名な結末が待っているわけである。 この話、改めて振り返って思ったのだが、 「浦島太郎」と構造が似ていないだろうか。 まず、主人公が困った動物を助けてやる。 (かたや亀、かたや鶴という、いずれも縁起のよい動物!) すると、動物が恩返しをしてくれる。 (かたや竜宮城=夢、かたや反物=金という形で) しかし、人間はそれだけでは物足りない。 (竜宮城から帰りたがり、より多くの反物を欲しがる) 結果、愚かな人間は大切なものを失う。 (自身の若さであったり、わが娘のような鶴であったり) めでたしめでたし、で終わらないところがみそだろう。 どんなに徳の高い人でも完璧な幸せは得られない。 そんなほろ苦さがブレンドされている。 ま、私は「昔話の中からうかがえる日本人の道徳観」 なんてことには興味もなければ、語る資格もないので、 話を先に進めよう。 バードウォッチャーの私が「鶴の恩返し」で気になるのは、 「いったいどんなツルがはた織をしたのだろうか?」 ということなのである。 世の中、探せばいろいろな鳥がいる。 そのものズバリ、ハタオリドリという鳥だっている。 この鳥はくちばしを使って巧みに巣を織りあげる。 日本にいる鳥でこの親戚に当たるのは実はスズメである。 ということは…… 昔話に出てきた鳥は本当はスズメだったのだろうか? いくらなんでもそれはあるまい。 サギやコウノトリはよくツルに間違えられるが、 スズメをツルに間違える人はまずいない。 ネズミをゾウに間違えるようなものである。 メダカをマグロに間違えるようなものである。 第一、スズメがわなにかかったらじいさんが黙っていない。 貧しい彼なら焼き鳥にして食ったに決まっている。 とりあえず鳥はツルだったと信じよう。 世界には14種類のツルがいる。 (学者によっては15種とする説もあるが無視しよう) その中ではた織りをしそうなツルは? オオヅル、オグロヅル、カナダヅル、カンムリヅル…… いたいた、ハゴロモヅルなんてどうだろう? いかにも美しい羽衣を献上してくれそうではないか。 しかし待て、ハゴロモヅルが棲むのはアフリカ南部。 とても日本まで飛んで来そうにない。 事実文献に残っている限りこのツルの飛来記録はない。 ナベヅル、マナヅル、クロヅル、ソデグロヅル…… 日本に渡来するツルも何種類かいるけれど、 どいつもこいつもぴんとこない。 ここはまっとうに考えてみよう。 かのツルは唯一日本で繁殖し、英名Japanese craneという あの美しいタンチョウに違いあるまい。 なぁんだやっぱり、なんて笑うなかれ。 多くの人はこのツルの名を間違えて覚えている。 丹頂鶴が正式名称と思っているあなたのことだ! 正式には丹頂。タンチョウだけでツルはいらない。 種類はわかった。 問題はツルがはたを織るかという点だ。 長いくちばしは糸を縫うには適しているようにも見えるが、 実際にはそれに類する行動は観察されたことがない。 イソップは壺から器用に水を飲むツルを観察したようだが、 縫い物をするツルなんてあの昔話にしか出てこないのだ。 とすると、老夫婦のために反物を織ったのは何者か? これもまっとうに考えたらよい。 きっと鶴という名の娘だったのだろう。 次のように考えれば謎はきれいに解ける。 あるところに鶴という名の美しい娘がいた。 娘は自分の名前にゆかりのあるタンチョウを飼っていた。 そのペットのツルがある日じいさんに助けられたのだ。 娘はツルを救ってもらったお礼に持参した糸で布を織る。 ところが急に欲深になったじいさんとばあさんは、 もっともっと反物を織ってくれと、娘を拉致してしまう。 囚われの身となった娘はここで一計を案ずる。 ばあさんに絶対のぞかぬよう言い含めたうえで、 口笛でペットのツルを呼び寄せたのだ。 のぞくなと言われればのぞきたくなるのが人間のさが。 娘はばあさんが必ずのぞくことを計算済みだった。 予想通りばあさんはのぞき、ツルの姿を見て腰を抜かす。 そして、娘はツルの陰に隠れて口上を述べるのだ。 「身の果ツルまで、タンチョウな織り仕事をさせる気か?」 こうして娘とツルは解放されたそうな。
イラストレーション:石井聖岳 illustration (c) 2003 Kiyotaka Ishii |
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2003-11-30-SUN
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