ヒウおじさんの鳥獣戯話。
さぁ、オトナたち、近くにおいで。

第5回



一般的に酔払いのことを虎と称する。
酒の勢いで恐いもの知らずになった人間を
トラに見立てたわけだろう。
強暴な性質を表すだけであれば
ライオンでもヒョウでも狂犬でもよいはずだが、
なぜかトラなのである。
ワニでもサメでも鬼でもよさそうであるが、
やっぱりトラなのである。
人は本当に酒を飲むとトラになるのか?
そこのところをきちんと検証してみる必要がある。

酒を飲んだ人間の行動はいくつかのタイプに分類できる。
典型的なところで、以下の6タイプを考えてみる。



1.陽気になって大声で騒ぎはじめるタイプ→さわぎ酒
2.酒に飲まれて人事不省におちいるタイプ→のまれ酒
3.能弁になってうんちくを語りだすタイプ→ちしき酒
4.弱気になって泣いたり愚痴りだすタイプ→ぐちり酒
5.突然怒りだしたり説教したりするタイプ→からみ酒
6.前後の見境なく異性を口説きだすタイプ→くどき酒

それぞれのタイプの人間を酔払わせてみよう。
はたしてトラに変身するのだろうか?


タイプ1 さわぎ酒

このタイプの人間はわかりやすい。
酔うと気持ちが大きくなって、あたりかまわず騒ぎだす。
阪神ファンならば、放っておいても虎になって、
「六甲おろし」を歌いはじめるだろう。
渥美清のまねがうまいんだって、とおだてれば、
勝手にフーテンの寅さんを気取る人間もいるだろう。
そこまでしなくとも酔うほどに声量もでかくなって、
しまいには意味不明のおたけびをあげる。
さわぎ酒タイプの人間は確かにトラに変身する。



タイプ2 のまれ酒

このタイプの人間は扱いやすい。
酔うと次第に目がうつろになって、ろれつが怪しくなる。
それでも飲ませ続けると、酔いつぶれて寝てしまう。
こうなればたたいてもけっとばしても起きやしない。
なにをやろうとへっちゃらである。
寝ている間にタイガーマスクのお面をかぶせてもよいし、
黄色と黒の絵の具でしま模様を描いてもよい。
私も実際にひげを描かれた経験があるからよくわかる。
のまれ酒タイプの人間は簡単にトラに変身する。




タイプ3 ちしき酒

このタイプの人間は誘導しやすい。
どんな話題にも口をはさみ、ひと言述べねば気がすまない。
頃合を見計らい、トラについて教えて、と頼むだけでよい。
トラっていうのはアジア最大の肉食獣で、
昔は西アジアや朝鮮半島の森林にも住んでいたんだけど、
乱獲により数が減って、現在ではインドやシベリア中心に
生息数およそ5000頭といわれる希少動物なんだ……
こんな具合に延々とトラの知識がひろうされるはずだ。
ちしき酒タイプの人間もまんまとトラに変身する。



タイプ4 ぐちり酒

このタイプの人間はうっとうしい。
なにかにつけて、どうせ自分なんか、とめそめそする。
こんな相手をあえていじめてみるとどうなるだろう。
おっしゃるとおり、あなたはダメな人間です、と返す。
ますますいじけて泣きはじめるかもしれない。
泣けば構ってくれるという計算でしょ、と追い討ちする。
自己憐憫に酔う人たちなので、そこをつつけばキレる。
キレたあげく、歯をむいて叫びはじめるに違いない。
ぐちり酒タイプの人間もかくしてトラに変身する。



タイプ5 からみ酒

このタイプの人間もめんどうくさい。
こちらがどう言おうが文句を垂れ、説き伏せようとする。
しかしながらほとんどの場合、くだを巻いてるだけで、
よく聞くと論旨が一貫しておらず支離滅裂だったりする。
虚勢を張っているだけの張子の虎なのだ。
意外とふだんは気の弱いおとなしい人間だったりして、
酒の力を借りなければ文句のひとつも言えなかったりする。
こうなると虎の威を借る狐である。
からみ酒タイプの人間もなるほど外見はトラに見える。



タイプ6 くどき酒

このタイプの人間はしまつが悪い。
異性と見れば近づいて、口説き文句を並べたてる。
その本能的な行動は人間というよりは動物に近い。
やはりトラになるのかどうか、観察してみよう。
このタイプの女性(あまり多くない)の場合、
フェロモンたっぷりににじり寄って、猫なで声をあげる。
このタイプの男性(どこにでもいる)の場合、
紳士ぶって女性を安心させておいて、突然送り狼になる。
くどき酒タイプはトラではなく、ネコやオオカミに変わる。


一部のタイプをのぞき、
人は酔払うとトラに変身することがわかった。
トラといえば聞こえはいいが……
自分は酔ったときにどのタイプのトラになっているのか、
しらふのときに一度想像してみることをおすすめする。



イラストレーション:石井聖岳
illustration (c) 2003 Kiyotaka Ishii

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2004-02-06-FRI


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