ヒウおじさんの鳥獣戯話。
さぁ、オトナたち、近くにおいで。

第8回


「目白押し」ということばがある。
よく使うわりには語源がちゃんと伝わっていない。
辞書では、メジロが木に止まるときに押し合うように
きちんと並ぶことから、なんて説明されている。
嘘とまではいわないが、アバウトすぎる。
メジロはちょこまか忙しく動き回っており、
眠っているときでもなければ木に止まらない。
で、眠るときに並んで止まるのはメジロに限らない。
メジロは、一本の枝に数十羽が群れ、
おしくら饅頭のようにひしめき合うことがある。
きちんと並ぶなんてもんじゃない。
うかうかしているとはじき出されるほどの混雑ぶり。
これぞまさしく、メジロ押しである。
目白駅で乗客の背中を押す駅員の姿と重なって見える。

「雁首そろえる」という表現には、
否定的なニュアンスが含まれている。
大のおとながそろいもそろって、という場合に使う。
しかし、実際にガンが首を一斉にそろえるのは、
外敵に気づいたガンの群れに緊張が走ったときなのだ。
研ぎ澄まされた野生が築く抜群のチームワーク。
だから堂々と雁首そろえていればよい。
「鶴の一声」は有力者の一喝という意味で使われる。
衆人の千言をひと言で鎮めるすばらしい声である。
ところが、現実のツルの声にはそんな力はない。
恋したときにグァー。
家族にむかってグァーグァーグァー。
飛びながらグァー、餌を探しながらグァーグァー。
とにかくうるさいし、そもそも一声ではすまない。


「鵜呑み」は的確な表現だろう。
鵜飼でも知られるとおり、ウは魚を丸呑みする。
これが転じて、物事を咀嚼せずに飲み込むことをいう。
ウの場合はいくら鵜呑みしてもよい。
ウは強力な胃で丸呑みした魚を消化できるのだから。
しかし人間の鵜呑みはよいはずがない。
生半可に物事を丸呑みしても消化不良に陥るに決まってる。
「千鳥足」もいいえて妙である。
チドリは足で地面をトントンたたきながら歩く。
あっちでトントン、少し歩いて、こっちでトントン。
たしかに酔っ払いの覚束ない足取りによく似ている。
だが、間違えないでほしい。
チドリは餌のゴカイをおびき出そうとしているのだ。
飲み屋の食い物にされた酔客とは立場が逆だ。


年増の女性が「鶯鳴かせたこともある」といったときには
気をつけたほうがよい。
梅のような色香にだまされてウグイスが鳴くというけど、
そんなでたらめはないのだから。
なにしろウグイスの嗅覚は鈍感なのだ。
きっとその女性は怖ーいお兄さんの情婦だったに違いない。
鶯の鳴き合わせ会は暴力団の収入源になっているわけで。
そんなところに近づいたらカモにされるのがオチだ。
ここでの「鴨」は都合のよい獲物の意味。
さらにお人よしのカモは、ネギまで持ってくるという。
しかし「鴨がねぎを背負ってくる」とは無茶苦茶な話。
カモが背負うのはニルスくらいである。
正確にいえば、あれはガチョウ(ガン)だけど。
本当のカモはダニやシラミくらいしか背負っていない。


「閑古鳥が鳴く」とは、商売がはやらないさまをいう。
閑古鳥というのはカッコウのこと。
カッコウは初夏の高原でひたすら鳴く。うるさいほど鳴く。
ってことは、高原では商売ははやらないことになる。
静かな湖畔に立つペンションなんかも経営難ってことだ。
カッコウの声は交差点の横断歩道の音にも使用されている。
きっと交差点近くで客商売はやらないほうがよいのだろう。
カッコウの仲間にホトトギスがいる。
このホトトギス、「鳴いて血を吐く」と伝えられている。
え? ホトトギスは結核病みだったのか。
そうか、沖田総司みたいに喀血して死んじゃうのか。
鳴かぬのは血を吐くからだ不如帰ってわけで。
であれば信長は性急すぎるし、秀吉は残酷すぎる。
家康は‥‥待ってるうちに感染する危険が大きすぎる。


「鳶に油揚をさらわれる」といういいまわしは
大切なものを横あいから奪われるという意味で使う。
ここで思い浮かぶのは、
本当にトビが油揚を奪うだろうかという疑問である。
トビは腐肉食のタカである。
港に打ち捨てられた魚や動物の死体が好物なのだ。
そんな鳥が油揚を本当に奪うのか?
ことわざになるくらいなので、
ひんぱんに油揚がかっさらわれた事例があったのだろう。
すぐにも実験したいところだが、
あいにく私の住む奄美にトビはいない。全然いない。
港町にお住まいのどなたかにぜひお試しいただきたい。
余談だが、トビはまぎれもなくタカである。
だから「鳶が鷹をうむ」のは当たり前のことなのだ。


イラストレーション:石井聖岳
illustration (c) 2003 -2004 Kiyotaka Ishii

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2005-01-10-MON


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