ヒウおじさんの鳥獣戯話。 さぁ、オトナたち、近くにおいで。 |
第14回 十二支のうちでひとつだけ仲間はずれを選ぶとしたら、 なにを選ぶべきだろうか? きっと龍と答える人が多いだろう。 ひとつだけ想像上の動物だから、という理由で。 でもちょっと待って。 龍は本当に想像上の動物なのだろうか。 古代中国には生息していたのに絶滅したのかもしれない。 実はまだいるのに中国政府が秘匿している可能性もある。 虎が十二支なのに龍が入っていないのはバランスが悪いし、 龍がいないと爬虫類が蛇だけになって孤立してしまう。 以上の理由から、龍が仲間はずれとは思えないのである。 仲間はずれなのは、もちろん犬である。 なにゆえ犬が仲間はずれか説明しよう。 他の11種はすべて野生の状態で生息しているのに、 犬だけが野生種ではないからである。 ご存じのとおり、犬は人間が狼から作りあげた動物である。 犬は生物学上イエイヌとカタカナ表記されるわけだが、 こやつの学名はCanis lupus familiarisとされることが多く、 この見解による限り、いまだにイエイヌは タイリクオオカミ(Canis lupus)の一亜種という話になる。 公平を期して、イエイヌをCanis familiaris という学名の 独立種と考える学者もかなりいる事実は申し添えておこう。 それにしたってわたしの考えは変わらない。 本来十二支には狼が選ばれるべきはずだろう! 野良犬(ノライヌ)だって野生に生息しているじゃないか! という反論があるかもしれない。 しかし、野良犬は野生ではない。 野良犬とは飼い主を失ったイエイヌであり、 人家近くで残飯などをあさって暮らしている犬のこと。 野生というにはほど遠い。 ならば野犬(ノイヌ)はどうなんだ? という疑問があるかもしれない。 残念ながら、野犬も野生ではない。 野犬とは野良犬が山野で自活するようになった犬のこと。 たしかに野性をとり戻しつつはあるけれど、 元がイエイヌだった事実は覆らない。 犬が野生の生き物ではないことは姿かたちで一目瞭然。 ダックスフンドを見るがよい。 あんなに胴長であんなに短足な食肉目の動物は、 イタチかテンかカワウソの仲間と相場が決まっている。 なのにワンと鳴くのである。 イタチ好きな愛犬家の手による品種改良の賜物だろう。 犬が野生の生き物ではないことは顔のつくりでも歴然。 パグを見るがよい。 あんなに顔面がつぶれて目が大きい食肉目の動物は、 アザラシかセイウチの仲間以外に見当がつかない。 なのに尻尾を振り振りするのである。 アザラシ好きな愛犬家の手による育種努力の成果だろう。 犬が進化の産物ではないことはその行動からよくわかる。 ジャーマンシェパードを見るがよい。 警察と協力してみごとに犯人を追跡するし、 軍用犬としてあっぱれ敵と戦ったりもする。 へたな人間よりもよほど勇猛果敢なのだ。 命を引き換えに人を助ける動物が自然界のどこにいる。 犬が進化の産物ではないことはその能力が証明している。 ラブラドールレトリーバーを見るがよい。 鼻を利かせて麻薬を嗅ぎ分けもするし、 盲導犬として人の介助までできる。 そこらの人間よりもはるかに役に立つのだ。 利他的に行動できる動物がこの広い世界のどこにいる。 犬が神の創造物でないことは見渡してみればわかる。 セントバーナードを見て、チワワを見て、 ドーベルマンを見て、ヨークシャーテリアを見て、 コリーを見て、ブルドッグを見て、 スピッツを見て、グレートデーンを見て、 チャウチャウを見て、アフガンハウンドを見て、 ブルテリアを見て、シーズーを見て、 ビーグルを見て、シベリアンハスキーを見て、 ポメラニアンを見て、ダルメシアンを見て、 グレーハウンドを見て、プードルを見て、 狆を見て、土佐犬を見て、柴犬を見てみるとよい。 同じ種でこれだけ変異があるなんてまるでおもちゃだ。 犬が十二支の中で浮いた存在だとわかってもらえただろう。 そうにもかかわらず、狼ではなく犬が干支に入った。 この事実は変わらない。 十二支を決めた古代中国の偉人が犬好きだったに違いない。 犬好きはいつだってわがままなのだから。 これを犬強付会(けんきょうふかい)という。 この正月もらった年賀状は案の定、 愛犬の写真が写っているものが多かった。 飼い主にとっては自慢のワンちゃんをお披露目できて、 さぞかしご満悦のお正月だったのではないかと推測する。 他人のペットを見ても正直感想に困るものである。 ま、赤ん坊の写真を見せつけられるよりはいいんだけどね。 イラストレーション:石井聖岳 illustration © 2003 -2005 Kiyotaka Ishii |
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2006-01-22-SUN
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