ヒウおじさんの鳥獣戯話。 さぁ、オトナたち、近くにおいで。 |
第18回 文部省唱歌としてなじみ深い「故郷(ふるさと)」 の冒頭は♪うさぎ追いしかの山♪ではじまる。 きょうびウサギを追いかけた経験を持つ人は少ないが、 「故郷」の作詞者である高野辰之は、 幼少時にきっとよくウサギを追いかけていたのだろう。 他の代表作「春が来た」「春の小川」「朧月夜」など にも日本の原風景のような自然が歌いこまれている。 高野は常に郷里信州の風景を思い浮かべていたはずだ。 ということは、彼が追ったのはニホンノウサギである。 まじで? と疑いたくなる。 日本にはウサギ目の哺乳動物が4種いる。 北海道の高山に生息するエゾナキウサギ、 耳が小さくて黒い奄美産のアマミノクロウサギ、 冬は毛が白くなる北海道のエゾユキウサギ、 そして本州、四国、九州の他、佐渡や隠岐にもいる ニホンノウサギという4種である。 このうちエゾナキウサギは成獣でも掌サイズで、 ウサギというよりネズミやリスに似た姿をしている。 氷河期の生き残りと呼ばれる遺存種で、 一般的なウサギのイメージからはかけ離れている。 残る3種の日本のウサギのうち、 アマミノクロウサギは英語でrabbitであるが、 エゾユキウサギとニホンノウサギはhareである。 実はラビットとヘアでは習性が大きく異なる。 ラビットと聞いてまず誰もが思い出すのは、 イギリスのピーターラビットだろう。 アリスのお茶会に登場する三月うさぎも アメリカ生まれのバックスバニーもラビットである。 さらにいえば小学校の飼育小屋で飼われているのも、 お祭りの夜店で売られているのもラビットである。 これらラビットの共通の習性は何か? ラビットを日本語に訳すと穴兎となる。 つまり巣穴を掘るのである。 一般にペットで飼われているカイウサギにしても、 原種は地中海沿岸のアナウサギという種なので、 地面があるところで飼えば穴を掘る。 アマミノクロウサギもAmami rabbitだから穴を掘る。 穴の中で出産し、穴の中で子育てを行う。 穴で生まれたラビットの子は丸裸で目も開いておらず、 しばらくは親にまもられて過ごす。
これに対してヘアは日本語では野兎と訳す。 こちらは穴を掘らずに地表のくぼみで子育てを行う。 赤ちゃんは毛が生えた状態で生まれ、 すぐに自力で動くことができる。 エゾユキウサギ(Mountain hare)も ニホンノウサギ(Japanese hare)もこの仲間。 ヘアは巣穴を持たない分、移動能力にすぐれ、 大きな耳で外敵の気配を聞きつけると、 長い後足で大きく跳躍しながら逃げるのである。 脱兎のごとくという表現はヘアの行動特性なのだ。 話を戻そう。 信州で少年時代を過ごした高野辰之は、 山でニホンノウサギを追ったという。 まじで?である。 ニホンノウサギの最高時速は80kmに達する。 そんなに速く走れたのならば、 陸上選手になれば後世に名をとどめたことであろう。 永遠不滅の人類レコードを築いていたやもしれぬ。 もっとも作詞家と陸上選手の二兎を追っていたら、 一兎も得なかったかもしれないが。 余談であるが、少し昔まで♪うさぎ美味しかの山♪と 聞き違えられるほどうさぎは身近な食用動物だった。 しかしながら、ノウサギを捕まえるのに 一生懸命追いかけてもまず勝ち目はない。 中国人のように切り株の近くで待つのは あまりにも非効率的だろうし、 かといって罠だとあまりにも味気ない。 銃なんて猟法はやぼのきわみである。 ノウサギの天敵は大型の猛禽類だから、 鷹狩りに勝る優雅な捕獲方法はあるまい。 イラストレーション:石井聖岳 illustration © 2003 -2006 Kiyotaka Ishii |
鳥飼さんへの激励や感想などは、
メールの表題に「鳥飼さんへ」と書いて
postman@1101.comに送ってください。
2006-05-31-WED
戻る |