ヒウおじさんの鳥獣戯話。 さぁ、オトナたち、近くにおいで。 |
第22回 羊は臆病な動物としてつとに知られている。
そして臆病なのでよく群れる。 そもそも群という字の中に羊がまぎれているくらいだから、 群れになる習性こそがこの獣の本質なのである。 羊は群れたが最後、なかなか仲間と離れようとしない。 だから全体がひとつの生き物のように動く。 羊の英語sheepは複数形もsheepである。 要するに一頭一頭にはあまり意味はなく、 集団でもごもごしている動物が羊なのだ。 一頭一頭が自己主張しないから管理もしやすい。 人が手をわずらわせなくとも、犬だけで番ができる。 家畜としてはとても都合のよい動物ともいえる。 羊は臆病だけど家畜としてたいそう有益である。 羊といえば、あのもこもこの毛が役に立つ。 もこもこの毛を紡いで毛糸を作り、 その毛糸を編んで衣服を作った。 羊は人類を寒さから守ってくれたのだ。 羊といえば、毛を刈ったあとの肉も役立つ。 2歳以上の羊からはマトン肉が取れる。 1歳未満の羊からはラム肉が取れる。 羊は人類を飢えから救ってくれたのだ。 羊といえば、肉をこそげたあとの皮さえも役立つ。 昔の人は皮をなめし、乾かし、羊皮紙として利用した。 羊は人類に生活と文化をもたらしてくれたのだ。 羊は他にも癒しを人類に与えてくれた。 羊から安らかな眠りの恩恵を受けた人は多い。 羊毛の布団にもお世話になっているが、 眠れないときに数える羊の催眠効果を忘れてはいけない。 sleepとsheepが似ているという駄洒落が起源だとしても。 癒しというならペットだってそうだ。 羊のおかげで牧羊犬が進化していった。 Shetland Sheepdogはシェトランド諸島の牧羊犬、 German Shepherdはドイツの羊飼いという意味だ。 いまや警察犬、災害救助犬として活躍するシェパードも 元はといえばドイツの山で羊を守っていたのである。 羊がいなければあの優秀な犬は手に入らなかったわけだ。 羊は西洋のみならず東洋でも重宝された。 かつて中国では羊は義理の肉親のように大切にされた。 その時代、羊を飼うことが善とされた。 羊がいれば家族を養っていけるのだから。 大きい羊ほど美しく輝いて見えた。 持たざる人は羞恥を感じ、 たくさん持っている人を羨んだ。 貧富の差も羊の数から生じたのだという。 羊はこうして中国人の生活に浸透していった。 義。善。養。美。羞。羨。差。 すべてに羊が隠れている。 しかもすぐに隠れたがる臆病さが出ているではないか。 羊は臆病な動物としてつとに知られている。 しかも臆病なうえに従順である。 西洋では宗教者は羊飼いに、信徒は羊になぞらえられてきた。 民はかよわい子羊であり、救世主こそがそれを率いる羊飼い。 一方で、旧約聖書によると羊は贖罪のいけにえにもされた。 人類の罪を背負う身代わりであり、 新約聖書ではすなわちイエス・キリストの役回りである。 つまりキリストは羊飼いであると同時に羊でもあったのだ。 ミイラ取りがミイラになるのとちょっとだけ似ている。 もぐらもちがもぐらであるのと同じような気もする。 被害者が犯人だったというミステリみたいでもある。 ことほどさように羊はミステリアスなのである。 イラストレーション:石井聖岳 illustration © 2003 -2007 Kiyotaka Ishii |
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2007-03-04-SUN
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