吉本隆明の ふたつの目。 ──ほんとうの考えを探し出す──  これまでたくさんの著作を生み、講演を行ってきた 吉本隆明さんが、ずっと気にしてきたことのひとつは、 「ほんとうのこと」についてなのだそうです。 「ほんとう」を探すために 吉本さんが持つようになった視点について、 糸井重里との話をお届けします。 * 吉本隆明さんの講演集は、 7月9日(水)に販売がはじまります。 おたのしみに。
吉本隆明の ふたつの目。 ──ほんとうの考えを探し出す──  これまでたくさんの著作を生み、講演を行ってきた 吉本隆明さんが、ずっと気にしてきたことのひとつは、 「ほんとうのこと」についてなのだそうです。 「ほんとう」を探すために 吉本さんが持つようになった視点について、 糸井重里との話をお届けします。 * 吉本隆明さんの講演集は、 7月9日(水)に販売がはじまります。 おたのしみに。

009 ほんとうの考えと嘘の考え。

吉本 例えば、法律がいう意味合いでの
凶悪犯罪、詐欺、そういうものは、
ごく何も考えない判断では、
「悪いことは悪い」です。
だけど、凶悪犯罪をしたから凶悪な男だとか
そういうふうにはちっとも思えないし、
また逆に、自分がいつ凶悪犯になるか
それもわからないですよ。
糸井 事件を起こすのは
自分でもあったかもしれない。
吉本 そう思います。
人間判断の場合には、
それを法律機能的にだけ考えてもダメだし、
中途半端なところで
倫理観を入れたり正義感を入れたり、
良心の問題を入れると、
まちがっちゃうよという感じが強いです。
糸井 難しい問題ですね。
吉本 あることがある社会で絶対的に通用して、
その状態とピタリとする言葉なり考え方や行為が
存在するときには
そういうことを言ってもいいけど、
そうじゃないと、
たいていまちがえていることのほうが多いです。
まちがえたことを反省の材料として、
ほかのことを考えてもいいんだけど、
いちばん簡単に、社会全体の現状を考えるには
「中から下がどうなってるか」
それでいいんじゃないでしょうか。
糸井 「大切にしてきたもの」を訊いて
そう返されるとなぁ(笑)。
‥‥そう言えば、
吉本さんが強くなにかをおっしゃるときは、
反応として表現されますね。
「冗談じゃねぇよ」
「勘弁してくれよ」
「ふざけんじゃない」
吉本 ははは。
糸井 では、吉本さんが
色紙に一言書くということは
ないんでしょうか。
吉本 あのね、えーと、
宮沢賢治の作品の中にある
言葉なんですけど。
糸井 あるんですか。
吉本 はい。その言葉を僕なりに、
仮名遣いまで直しちゃって、
ということだったら、あります。
「ほんとうの考えと
 嘘の考えを分けることができたら」
そこで「、」を打つわけです。
糸井 宮沢賢治の言葉を。
吉本 「、」を打ってからあとに
「その実験の方法さえ決まれば」
と、これで終わりなんですよ。
つまり「わかればどうする」とは
言わないんです。

「ほんとうの考えと
 嘘の考えを分けることができたら
 その実験の方法さえ決まれば」

その言葉は、サインと言われれば、
書いていました。
糸井 「ほんとうの考え」というのは、
吉本さんがくり返し
おっしゃる言葉ですね。
吉本 ええ。何度も考えてきましたし、
また、宮沢賢治という人が
どういうことをやった人で
何がどうしてよくて、
どういう考えのところに感服するかを
自分で考えてみたりしてきましたが、
「ほんとうの考えが分かれば」
という、このことなんです。
それから、この「実験」って言葉もいいですね。
糸井 「実験の方法さえ決まれば」
宮沢賢治は、きっと
「ば」と思ってる最中なんですね。
吉本 宮沢さんは、
芸術家としても偉いし
宗教家というか、表現者としても
偉いなと思うのはやっぱり
そこらへんです。
断定したら無理だよ、ってことは
決してやらないです。
糸井 そうですね。
「うまくやったな」と
わかる場所のことを、
宮沢賢治はやらないんですね。
吉本 だから、色紙を書くときには
「宮沢賢治より」と書いて、
それで、僕の名前を書くという
面倒なことをしていました。
糸井 ほんとうに、サインからなにからなにまで
面倒なことを‥‥面倒だけど
いつも吉本さんはそうしていて。
吉本 そうですね。
それは、まぁ、宿命みたいなもんです。
だけどやっぱり、僕の生き方はそれなりに
ずいぶんうかうかと
やってきたんだと思います。
お前、うかうかしてたね、と思います。
糸井 ご自分では、
「俺は大事なこと考えてるんだから
 生活なんかどうでもいいや」
なんて思ったことは、一回もないですよね。
吉本 それはないです。
糸井 なおかつ、
「大事なこと考えてるんだから
 生活のことなんてどうでもいいや」
という人たちに対する敬意も持ってますよね。
吉本 はい、そうです。
糸井 これが矛盾せずにあるのが、
稀有な存在だなぁ。
吉本 そういうふうにやらないと
生きてこれないところがあったんだよっていう
思いがありますね。

なぜなら、そのへんのことが
ひっくり返ってるからです。
それはつまり、学生のときに
戦争になっちゃったからです。

学生だった頃に、先に社会へ出て、
先に就職したことと同じようになって、
農業までやらされて
もう社会人になっちゃってたのに、
戦争に負けて、愕然として、がっくりして、
それなのに、あと1年、
また学校へ行けって言うんですから。
あと1年行かないと、
卒業できねぇんだからな、っていうんですよ。

みんなさかさまじゃないか、と思いました。
そんなことがなけりゃ、
よほど順調に(笑)、
育ったんだろうと思います。

「学校を出たら、こうなろう」と思ったこと、
みんなさかさまになっちゃったんです。
おまけに、一所懸命やったつもりなのに、
もう戦争は負けて、
食うや食わずの状態になるし、
これは全部さかさまだ、という
そういうことが起因しているんでしょう。

ですから、生涯を順調に考えることは
とてもできないです。
どうしても、なじめない感じがします。

(明後日につづきます)

2008-07-28-MON

(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN