第4回
生ドラマ、生コマーシャル。
生ドラマ、生コマーシャル。
糸井 |
ぼくが小さい頃に見て おぼえているドラマって、 『日真名氏飛び出す』 というものぐらいで…… あの頃は、まだ、 石坂さんも、小さかったですよね。 |
石坂 |
いや、ぼくはその 『日真名氏飛び出す』 が終わった後の番組に、もう出てた。 |
糸井 |
(笑)え? そんなに前から? |
石坂 |
だから、古いんですよ。 『日真名氏飛び出す』の次が 『泣くなマックス』(一九六二年放映) というドラマで ぼくはそれに出ていました。 そういえば、 『日真名氏飛び出す』って、 あの頃、まだ、 生コマーシャルでしたよね。 もちろんドラマは生でしたし。 |
糸井 |
(笑)そうでした。 生のドラマ、っていうだけで、 今の若い人は笑うんですもんね。 |
石坂 |
当時、生のドラマだったから、余計に 「映画の人は、テレビには向いてない」 ということになっちゃったんですよね。 「ごめんなさいが、きかない世界です」 ということになったわけ。 五社協定がだいぶゆるくなっても、 映画の人が出なかったのは、 そのせいだったんです。 テレビがVTRの時代に ようやく映画俳優たちが出るようになった。 それまでは、舞台出身者や、 舞台経験のある人が出ていて……。 |
糸井 |
舞台だったら生でもできるわけだ。 セリフをぜんぶおぼえているし。 |
石坂 |
スタッフの方は、勝手にそう思うわけだよ。 だって、作る方も あんまり知らなかったわけだから。 |
糸井 |
当時の「作る側」は どういう人たちだったんですか? |
石坂 |
元NHKの、 テレビの初期の頃の人たちが、 大量に民放に流れていきました。 たとえばカメラマンだった人が、 フジテレビに行って ディレクターになったとか。 現場を知っているということが すごく大事だったんです。 生放送の場合は、 カメラケーブルをどこから出すかだけでも ノウハウが要ったから。 カメラケーブルの出しかたを まちがえてカット割してしまうと、 ケーブルの線がこんがらがって、 カメラが動けなくなって、 放送が途中で終っちゃうんだよ。 そこを、慣れている人が カット割をすればうまくいく。 「このシーンは、 2カメのケーブルを 3カメの上に通せばオッケー」みたいに。 |
糸井 |
建築現場みたいですよね(笑)。 |
石坂 |
ほんとにそうだった。 |
糸井 |
作品を撮るだとかなんだとかじゃなくて……。 |
石坂 |
映画とは、まったく違うジャンルです。 |
糸井 |
ダンドリをできるかできないか。 |
石坂 |
そうです。 |
2015-05-05-TUE
タイトル
テレビという神の幼年期。
対談者名 石坂浩二、糸井重里
対談収録日 2004年12月
テレビという神の幼年期。
対談者名 石坂浩二、糸井重里
対談収録日 2004年12月
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