カナ式ラテン生活。 スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。 |
第1回 思えばラテンに来たもんだ。
『陽の沈まない帝国』と称えられるほど かつては栄華を極めたのに、“無敵”だったはずの艦隊が あっさり敗れて世界の表舞台から退場。 ナポレオンには「ピレネー越えたら、アフリカっしょ」と 軽くあしらわれるし、 先進国の首脳が集まって歓談する なにやら楽しげな場に呼ばれることもない。 仕方がないから、午後はのんびりシエスタしようや。 空は青く太陽は輝き、 牛は黄色い砂を撒き上げて走り、 ギターが唄えばねえちゃんが踊る。 あたいの名はスペイン、 そうね、巷じゃ『太陽と情熱の国』で通ってるわ。 そんな(かどうか知らないけど)八方破れで 素晴らしく魅力的な地に、 なんの因果か住んでおります私、カナと申します。 スペイン語を勉強したこともなければ、 フラメンコに興味があったわけでもない。 フリオ・イグレシアスも知らなかったし、 『コモエスタ赤坂』も歌えない。 闘牛にもサッカーにも、 ピカソにもダリにもミロにもガウディにも、 通りいっぺんの関心しか寄せたことがなかったのに。 もろもろの偶然と縁が、 スペインへ続く道となっていた、らしい。 たまたま、生まれたのが第二次ベビーブームの真っ只中。 必定、“受験戦争”なるものに身を投じ、 しかして、目先の利ばかりにさとくなり、 畢竟、“人間的”と言われるだいじなことを 少し忘れちゃった、かな。 やがて十八、苔むす眼鏡橋に 「一旗揚げてくるけん」と誓い、 時代錯誤な野望を胸に下駄を鳴らして俺は行く、 あぁ目指すは大東京。 たまたま、学生起業での縁で “インターネットで検索”な会社へ。 僥倖、ストックオプションでネットバブルで 大金持ち確定の知らせ。 ところが、 私はいつも疲れて不機嫌だった新宿駅地下道を歩きながら。 漸う、気がついた。「太陽の光が足らんとばい」 決めちゃったんだ、そこで。 「あの『太陽と情熱の国』ってとこ、行こう!」 こんな私でも、人間的な生活ってやつをしたくなったんだ。 関サバを知らずとも美味しい鮨は食える。 ラテンの知識がない私の上にも、 スペインの太陽は輝いてくれるさ。 きっとそこでは、毎日の朝メシが美味いに違いない。 それ以上に、いったいなにを望もうや。 かくして株は行使することなく返還して退社し、 高田馬場の雀荘で出会ったコイビトとメオトになり、 カレ改めダンナは不得手なインターネットを駆使して 現地企業に就職し、 私はインチキライターになって、 ふたりとも丸裸で、スペインに飛び込んだのでありました。 いや、驚いた! たまげたばい。 噂には聞いてたんだけど、スペイン。 笑っちゃいたくなるくらい、人間くさあい。 本当に、家族みんなでシエスタするし。 一日五食、っていうのもだいたい本当だし。 サッカーの試合に一喜一憂するし、 その仕種ときたらどんな役者より情感的だし。 少し言葉を交わしたらもう「アミーゴ!」だし。 かっこわるいほど誇り高いし。 だいたい、私の住んでいる小さなアパートが、 呆れるほど賑やか。 怒りっぽいおばちゃん、 ちょっとボけてるおばあちゃん、 いつも静かに笑ってる大ばあちゃん。 赤ちゃんは泣き、 にいちゃんは恋に悩み、 じいちゃんはいつも同じ質問をし、 ワンちゃんは5階まで階段を駆け上がる。 そんなところに、 なんやらゲラゲラ笑ってばかりの日本人が 住んでると来たもんだ。 そう、ちょうどあれ、 江戸時代の長屋、みたいじゃない? もちろん、実際には知らないんだけど。 とにかくスペイン、おもしろい。 こんなにおもしろいのを、 ひとりで楽しむのはもったいない! 不況にあえいでいると言われる日本のみなさんに、 日本より遥かに高い失業率でも おもろくやってるスペインから、 スペインの知識も語学力もちっとも持っちゃいない おへちゃな私が、 外国人の勝手な幻想を多分に交えつつ、 ごくごく目の高さのラテン生活を届けさせていただこうかと 思った次第であります。 第二次ベビーブーマーのゆううつや、 太陽を忘れた勤労生活や、 なんとなくつまらん毎日に、 ちょっとだけでも効けばいいな。ラテンでクスリな噺。 |
2001-01-22-MON
戻る |