カナ式ラテン生活。 スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。 |
【宵越しの金、持ってみてぇんだけどな。】 もうだいぶ前のことになるけど、 日本ではじめて消費税が導入されたとき。 急に、買い物の金額がハンパになったよなぁ。 100円のものは103円、300円のものは309円、なんて。 小銭入れが、にわかにパンパンになったもんだった。 スペインにも、同じような税がある。 そうじゃなくても、 野菜も肉も魚も、 ケーキまでもが量り売りのことが多いから、 どうしても金額がハンパになる。 ところが1ペセタ玉って、ほとんど見かけることはない。 ふだん使うコインは、5ペセタ、25ペセタ、100ペセタ。 たとえば八百屋でキャベツを1個、買う。 本日のキャベツ、キロあたり79ペセタ。 手に取ったキャベツが1.87キロだったから、148ペセタ。 100ペセタ玉と、25ペセタ玉2枚をおっちゃんに手渡す。 〔ケースその1〕 手を振って「アディオス、またねっ!」 〔ケースその2〕 手を振って「アディオス、またねっ!」と言うと、 おっちゃんが手招き。 汗ばんだ肉厚の掌に乗せた、 5ペセタ玉を差し出してくれる。 「ありがとっ、またねっ!」 この2つのケースを分かつ要因は、 八百屋に通った回数や親しさの度合いや、 ただ単純に、そのときのおっちゃんの気分。 小さな商店ばかりではない。 大きなスーパーやデパート、 つまりレジが厳しく管理されているような店でも 同じなのだ。おそろしや。 5ペセタを単位に、その場の気分で切り上げか切り捨て。 でも合計金額が1006ペセタで小銭がぜんぜんないならば、 1000ペセタ札を出してオワリ、かもしれない。 ご機嫌あるいは急ぎの買い物で1994ペセタなら 2000ペセタ札を出して「お釣り、いらんよー」、 かもしれない。 そこでレジのひとが慌てて 「持ってき!」と5ペセタを渡すかもしれない。 ものの金額は、人間が決めるもの。 金は、人間が使うもの。 当たり前のこと、なんだよなぁ。 スペインの魅力のひとつに、 "BAR"(バル)という存在がある。 立ち飲みがメインの、居酒屋兼喫茶店。 なんでもマドリードだけでも 北欧1カ国分の飲食店があると囁かれるほど、 通りのあっちゃこっちゃにバルがある。 仕事の途中や買い物帰りに、ちょいと一休み。 夕食後は赤ちゃんまで家族総出で、ちょいと一杯。 トイレを借りるついでに一杯飲んで、またトイレ。 あれ、あのおじちゃん、 さっき「じゃ、また!」って帰ったばっかなのに、 「ヤアヤア、どうだい調子は」なんて言いながら また来たよ。 ……とにかく、生活に密着した存在なのだ。 香り高くコクのあるコーヒーもいいけど、 やっぱり頼んじゃうのは、ビール。 1杯がだいたい125〜150ペセタ(90〜100円前後)で、 よほどケチなところじゃない限り、 タパス(ツマミ)が出てくる。 これが、楽しみなんだな。じゅる。 定番のオリーブ、ピスタチオ、 ポテトチップなどから生ハム、ソーセージ、 トルティージャ(オープンオムレツ)、 イワシの酢漬け、 エビやイカやバカラオ(タラ)のフライ、 豚の耳を揚げたものから兎の煮込み、カタツムリ、 名も知らぬ小さな鳥の丸揚げまで。じゅるる。 なにが出てくるかは、 その店の厨房事情とそのバルに通った回数と 親しさの度合いと、 ただ単純にバルのおっちゃんたちの気分。 仲良くなると、1杯のビールに2皿も3皿もついてくる。 あるいは勘定を頼んだ後に、 「俺のおごりだよ」とビールが注がれる。 近くのセリアおばちゃんのバルでは、 ビールを4杯頼んだらタパスが次々に出てきて、 さらに勘定の後に6杯のビールをサービスしてくれた。 「いいの?これじゃかえって損じゃないの?」 こちらが心配になって訊ねても、 「いいのいいの、 だって今日はカナと喋って嬉しいんだから」 だって。 うーっ、たまんない! あたしゃセリアの胸に顔を、 ラ・マンチャの大地に骨を、 ぎゅうっと埋めたくなっちまったよぅ。 町民が集うバルは、いつも大盛況。 飲んで喋って、喋って飲んで、 ちょっとつまんでまた飲んで。 恋人の語らい、 老人の教え、 下ネタ、 近所の噂話、 アトレティ(※)擁護論。 5年前も5年後も、きっと変わらぬ光景。 そこではワリカンなんて しみったれたことをするひとはいない。 誰かが、おごる。 おごってもらったひとは、次のときに出せばいい。 それだけのこと。 前回はちょっと高かったよね、なんて心配御無用。 だってよ、 これから数年、数十年と付き合ってゆくんじゃねえか。 違うか?アミーゴ! エアコンなんて要らねぇよなぁ、夏は暑いもんなんだ。 おうよ、エアコン買う金があるなら、 家族みんなで1ヶ月避暑地に行く方がいいや。 それにしても暑いなぁ、やっぱり夏はビールに限るねぇ。 てやんでぇ、 ついこないだ「冬のビールはたまらねぇ」って 言ってたじゃねぇか。 そうだこの間は迷惑かけて済まねぇ、 これ、おれっちの故郷の焼酎、美味いぜ。 バカ言っちゃいけねぇ、 お前からなんかもらおうなんて思っちゃいねぇよ。 そうかい、じゃあ一緒に飲もうや。 ……今度こそ宝くじ、当たんねぇかなぁ。 そしたらこんな小汚ねぇバルなんて、 来なくてもいいのになぁ。 おっとそろそろ帰るわ、かあちゃんが待ってらぁ。 俺も帰るかな。 おい、いくらだい?なんだよ、 財布が空っぽになっちゃったよ。 もともとてぇして入っちゃなかったんだろうよ。 ちげえねえ。 って、おい小汚ねぇバルの強欲マスターよ、 もう来ねえからな。 あぁ来るな来るな。 誰が来てやるもんかってぇんだ。 じゃあな、また明日! (※)"アトレティ": サッカーチーム。正式名称は、 アトレティコ・デ・マドリー。 おっちゃんたちを中心に熱い支持を受けるのだが、 ついに今季、2部落ち。 まぁ、阪神タイガースみたいなもんです。 |
2001-01-30-TUE
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