KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

 
実はちっともラテン向きじゃなかったダンナ


ラテンなところで生活するからったって、
私の流し目が生唾ゴキュリなものになるわけではなく、
ダンナのすべすべした胸に
モジャリと毛が生えてくるわけでもない。

どこに住んでても、私たちは日本人。
ついニコニコ顔で話を聞いちゃうし、
よくわかんなくても"Si."(はい。)って答えちゃうし、
レストランで鮭のソテーを前に
「醤油とご飯が欲しかね」と言っちゃうし、
道端でチュウなんてできやしない。

しかもダンナときたら、典型的というか古き良き日本人。
なによりも和を重んじ、
小学校時代の書き初めは"努力"で、
返す刀で阪神ファンときたもんだ。

なによりも個を重んじ、
"勤勉"や"努力"なんて言葉を辞書には持たず、
サッカーに情熱を傾けるラテンなここでは、
頭髪部門生え際要員に更なる
後退命令が出されるほどにホトリと疲れる日もあるよう。

でも、奴がいなきゃ、愉しいラテン生活も私も、ない。



潮岬育ちのダンナと諫早湾育ちの私が出会ったのは、
高田馬場のとある雀荘。
「今日からメンバーなんです」
ドキドキしながら卓に座った私のシモ(右側)に、
奴はいた。
奴がチーチャで、私がラス親。
奴は崩れない麻雀、私はトップラス麻雀。
オーラスで親マン、親ッパネ直撃でトップを奪った私を、
奴は犬が寝る体勢を固めた後のような穏やかな顔で見ていた。

恋には、落ちなかった。
お互いに。


「いったいどうして、日本からスペインに来たんだ?
 だって日本は、あんなにお金持ちの国なのに。
 スペインは、貧しいよー。
 ほら見てみな、俺のこの格好。
 どう見ても金持ってないだろっ、アッハハハーッ」

こちらに住んでいて、よく訊かれる質問。
何度か答えているうちに、
「スペインでは、生きるために働くでしょ。
 日本では、働くために生きるんだもん」
という模範解答カードを用意してしまった。

でも本当は、なんでだかようわからんとよ。


高田馬場の雀荘でさほど劇的でもない出会いをした頃、
私は第二次ベビーブーマーのゆううつと、
いびつなかたちになっちゃってた自分を持て余していた。
お金があれば幸せになると思ってたけど、どうも違う。
良い大学に行ったら最高と思ってたけど、なんか違う。
クセが抜けなくて弁護士目指したけど、
同じことじゃなかろうか。
ひとを赦すことが、できないみたい。
ひとを信じても、良いんだろうか。
損をするってことが、とても怖い。
誰か(みんな)に評価されたくて仕方ないみたい。
自分がここにいる、だけじゃ不安なのはどうしてかな。

同じ頃、ダンナはどうだったんだろう。
ひとのことだからわかんないけど、
大学から「あんたもうそろそろ出てってやー」と
言われるまで
静かな在籍を続けながら。


それから数年後。
なんとなく一緒に住みはじめたら、えらく楽だった。
数ヶ月考えて、決心した。
この人と付き合おう、
もしこの人が不慮の事故で植物人間になっても
面倒みる覚悟で。

当時私が嫌いだったダンナのいろいろ、
口癖や生え際やサザンや
司馬遼太郎や阪神の負け試合後の不機嫌、
そんなものすべてをひっくるめて、奴を信じることにした。

すると、すでに私も赦されていたことに気がついたんだ。
奴が赦してくれているから、
私はバカみたいに笑ってていい。
いろんなものに、怯えなくてもいい。
ただふたりで、生きたいように生きること、
それだけ考えていればいいんだ、って。

これは受け売りの言葉だけど、
「結婚して自由になる」
そんな、かんじ。


なんとなく縁があってふたりの人生がすり寄って、
ムリムリに箇条書きにすると理由は
まったく違うんだろうけど
ふたりとも同じようなときに「
このままじゃいかん!」と思った。

いつ死ぬかわからんせっかくの人生、
もっと愉しく、もっとゲラゲラ笑いながら、
だいじなことをちゃんと考えながら、
精いっぱい人間らしゅう生きたいやね。

すると火のような私と水のようなダンナの上に、
ぽっかりと、
スペインの輝く太陽が現れた。

それがスペインに来た理由、
なのかな?



スペインにはシエスタ・タイムと呼ばれる
長い昼休みがあって、
ダンナも昼食を食べに、毎日帰ってくる。
毎度「ハラヘッター」と叫びながら
ソファに崩れ落ちるなんぞ、
今やラテン生活の影響が色濃き
オーバーリアクションも欠かさない。

いっぱい喋ったり笑ったり
報告したり相談したりケンカしながら食事して、
「いってらっしゃーい。
 って、またすぐ帰ってくるっちゃけどねー」
と、だいたい笑って送り出す。

ただそれだけのこと。
でもこの小さな習慣たったひとつだけででも、
ラテン生活を始めてよかったぁ、
って思えるんだ。


だって、なんだかチャッチャと片付けられがちな
昼メシだって、
本当は楽しく美味しく食べたい!って、思わねぇかい?

2001-02-01-MON

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