カナ式ラテン生活。 スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。 |
スペイン長屋のステキな面々(1) オラ、アミーゴ! 今日ものんきに、笑ってる? 今年のマドリーは長雨に見舞われて 築100年ほどの建物が次々と崩壊したりしたけど、 やっと最近は春らしくなってきたよ。 アーモンドはもう葉桜みたいになっちゃったから、 今度は真っ赤なアマポーラが咲きそろう頃。 アグネス・チャン世代のおとうさん、 "おっかのうーえー"に咲く、 あのヒナゲシのことですよ! そんなアマポーラのように頬を赤く染めている (という表現が、スペイン語にはあるのだ)のが、 このピソ(アパート)の地階に住むフェリスと 親父のペドロ。 まさに縁の下に住む力持ちでお人好しな彼らが、 へっぽこな私のお気楽スペイン生活を 支えてくれているんだ。 だから今日は日頃のグラシアスをこめて、 ごくふつうのあんちゃんとじいちゃんな彼らを 本人にはナイショでそーっと紹介しちゃおうっと。 ワッハッハ、 彼ら、今ごろきっと地階ですやすやシエスタ中さ。 まさか遠く離れた日本で 自分の話を数千人が読んでるなんて、 まさに夢にも思わないでさ。 彼らは、うちの大家。 息子のフェリスは、いつも赤ら顔の小太りあんちゃん。 えらく人懐っこい鈴木ヒロミツ、ってかんじ。 そして親父はペドロ、 誰かに似ていると思ったら あな懐かしや、"くしゃおじさん"じゃござんせんか。 歯のない口を耳のあたりまで伸ばして フェフェフェ、と笑うおじいちゃん。 スペインでは部屋を借りるとき だいたい家具も込み(食器まで含む)だから、 入居するに際しては 彼らが家具の整備にやってきた。 まず、洗濯機。 「最新型だから」と胸を張るフェリス。 ところが洗濯時間は標準コースで2時間、 しかも脱水時には どこぞのバランスが悪いのかして 横綱まっつぁおの豪快ながぶりよりを見せる。 それでもまぁ、 とりあえず洗濯はできるんだからいっか。 ここは、スペインだし。 次に、居間とベッドルームの間のドア。 ちょっと傾いていて開閉不能。 チョウツガイでも取り付け直すかと思いきや、 彼ら、やおらドア下部をガリガリと削りだす。 やがてドアはちゃんと動くようになったけど、 最初はジャストサイズだったはずのドアを 削ったってことは それだけ小さくなっちゃったってことで、 当然だけどドアの上部には ちょいと折り込み広告でも差し込みたいほどの 隙間ができている。 でも、誇らしげにドアを開閉させてみせる 彼らの顔、とても輝いてるんだよなぁ。 ま、いっか。 とりあえず閉まるんだから。 さらに、ベランダと居間を仕切るガラス戸。 こちらは一見閉まるんだけど、 やはり傾いているせいで鍵が閉まらない。 鍵と鍵穴が、完全にズレちゃってるのだ。 さぁどうする、 さすがにアルミサッシは削れまい。 ところがフェリスはニヤリと笑うと 「口紅、持ってきて!」と叫ぶ。 どんな裏技が登場するんだ、 すごかったら"伊東家の食卓"にでも送るぞ、と 興味津々で眺めていると、 まず鍵の先に口紅をつけ、 現在施錠しようとすると、どのあたりに 鍵の先が来るのか印をつけて確認している。 そして次に、 印のついた周辺にゴリガリゴリと穴をあけはじめた。 当初からあった正規の穴の斜め下に、 なんだか不細工で大きな穴があけられた。 やったぁ、 これで一応は施錠できるわ。 サッシごと手前に引けば、簡単に外れちゃうけど。 それにほら、 寝室のドアと同じで もちろんドアの上部からは隙間風ぴゅうぴゅう。 でも、とりあえず閉まるから、いっか。 って……。うわーん。 こうして"大家の責務"を見事に果たして 晴れやかな顔で去っていった彼らには、 その後、何回もお世話になっている。 流しがつまったとき。 水道の蛇口がきちんと閉まらなくなったとき。 ガス給湯器がおかしくなったとき。 天井からカビが生えてきたとき。 いつも「助けて!」と言ったら飛んできて、 配管をいじったり 水道の蛇口自体を取り替えたり まさか素人仕事でできるとは思わなかったことを 口笛まじりにやってくれる。 もともとこの部屋のキッチンも タイル貼りからすべて彼らふたりでやったんだそう。 どこで習ったの、とフェリスに訊くと あごをしゃくって親父のペドロを指した。 ニシャシャシャ、と歯抜けの口で声なく笑うペドロ。 フェリスは、逆に私に訊き返す。 「おい、なんでお前たちはなんにもできないんだ? こんなことも、親から習わなかったのか? 日本じゃみんな、いったいどうしてるんだ??」 そう言われても、ねぇ。 でも悔しいから、 フェリスにいろいろ教えてもらったのだ。 フェリスはマドリー生まれだけど、 親父のペドロはもっと北、城塞の街アビラの出身。 仕事がないからマドリーに来た、 そりゃもうなんでもやってきたさ、 そう言ってはクシャクシャの顔で笑う。 「それに、この手だからなぁ」 私の目の前に差し出してくれた右手は、 中指と薬指、小指がくっついている。 どうしたの、と聞いたら一言 「あの内戦さ」 1936年から3年もの間続いた、 スペイン内戦。 スペイン出身の画家であるピカソが 縦3.5メートル横7.82メートルの巨大なキャンバスに 怒り、嘆き、描いたあの光景。 無抵抗の市民が、小さな街ごと徹底的に爆撃された 『ゲルニカ』が象徴する、あの戦争だ。 ピカソが絵筆をとったそのとき、 ペドロは右手の自由を失ったのだ。 ペドロに出身地を問われて 「長崎だよ、原爆の」 と答えたら、 「あぁ、イロシマ・ナガサキか」 と少し目をつぶった。 スペインに来て驚いたのだが、 とても多くの人が 広島("h"は発音しないので"イロシマ"になる)と 長崎のことを、ちゃんと知っている。 やがて目を開けたペドロ、 「あのニュースを聞いたときは、 絶対に嘘だって思ったよ。 まさか、そんな爆弾、ありえないってな。 そうか、 カナは長崎か。 家族に被害はなかったのか?」 ペドロのちょっと潤んだ人懐っこい眼が、 それからいっそう優しくなった。 ちなみに、 日本に原爆が投下されたとき、 世界中で真っ先に被爆地を気遣う発言をしたのが 日本から遠く離れた ここスペインはゲルニカの人々だった、という。 そんなペドロじいさんったら最近はちょっとボケて 去年修理したのと同じことができなくなってるけど、 それでも「助けて!」と呼べば フェリスともども 4階(日本の5階)の我が家まで 階段をゼイゼイ言いながら上がって駆けつけてくれる。 窓からは隙間風が吹き込んでくるけど、 この長屋にいるとなんだかあったかくて、 やっぱり大好きだ。 |
2001-04-03-TUE
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