カナ式ラテン生活。 スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。 |
【ホルヘ・ミゲルと裕次郎が交わる国で】 オラ、アミーゴ! 今日もあちゃこちゃにウィンク飛ばしてる? スペインでは4月末から、 北野武監督最新作『BROTHER』が公開中。 どんな風に、と聞かれれば(ハァ聞かれれば) "ごく普通に"と答えるさ(ア、答えるさ)。 だってマドリーだけで実に12もの映画館が この作品を上映しているんだもの。 うち10館が、スペイン語の吹き替え版。 ね、"一部のマニア向け"じゃなくて、 "ごく普通に上映されている外国映画"でしょ。 道路脇にも、でかでかと看板が掲げられてるんだ。 それを見たという"おとなりの尾形大作"イバンが、 弾んだ声で話しかけてきた。 「カナ、見た? 日本の映画、来たねー。 知ってる? もう見た? "ブロザー"」 だーからもう、 スペイン語圏のひとってば見たまま読むんだから。 "BROTHER"は"ブラザー"って発音するんだよぅ。 そのままイバンと、しばし映画の話。 恥ずかしながら私、 小さい頃に『ジョーズ』(人喰いサメの映画)を見て えらく怖かったんだけど、 その『ジョーズ』ってタイトルがわかってもらえない。 説明を重ねるうちに、 やっとイバンが「あぁ、わかった!」と叫んだ。 「その映画、 『ティブロン』のことだ」 ティブロン"tiburon"=サメ、フカ。 そりゃ、ジョーズは人喰いサメだけどさ。 でも "あなたはこの恐怖に耐えられるか、『サメ』"とか、 "あの恐怖が再びあなたを襲う!『フカ・2』"じゃ どうするべさ。 まぁーったくもう、 スペイン語圏のひとってば なんでもかんでもスペイン語に訳すんだから。 そうそう、 遊園地に行ったらなぜか美味そうに見える "ホット・ドッグ"って食べものあるでしょ、 あれだって、もう、わざわざ直訳。 すなわち"ペリート・カリエンテ"、 日本語にすると"アツアツワンちゃん"! 「ママァ、あの"あっついワンちゃん"、欲しいよぅ」 「はいはい。 その"アツアツワンちゃん"、ひとつちょうだいな。 ほら、坊や、ひどく熱いから気をつけるのよ!」 ……おそろしや。 そんな、 たとえば歌手の"ジョージ・マイケル"を イタリアで"ジョルジオ・ミカエル"あたりにして しまいには"ホルヘ・ミゲル"にしてしまいそうな 天下御免の直訳好きスペイン人ですら、 よくわかんないまま使っちゃう言葉がある。 それが、日本語。 なんせこの数年、オリエンタル・ブームなのだ。 語学学校のクラスメートだったイタリア人の アレクサンドロは、 なんとその毛濃い足に日本語のタトゥをしていた。 なんて書いているのか見せてくれろ、と頼むと 「イヤだ、 前にスペイン広場で短パンはいて歩いてたら、 通りすがりの日本人に指さして笑われたんだ。 どんな意味か知らないけど、 たぶん恥ずかしいことだから、カナには見せない」 と固く拒む。 あんたは意味もわからんで彫りもんしたんかい、 そう言うと 「だって日本語、かっこよかったんだもんさ」と。 そう、 こっちのひとにはどうにもさっぱりわからん日本語、 とってもかっこよく見えるものらしい。 おかげで今、 街のあちこちで日本語を見かける、ん、だけど、さ。 たとえばおしゃれさんが集う靴やさん。 草履によく似たデザインのサンダルが一足、 ディスプレイされている。 近づいてよくよく見ると、 右のサンダルには"右"の一文字、 もちろん相方のには、"左"。 まぁステキ、 これなら間違わなくっていいわね、ウフ。 そしてお手軽なTシャツには、 日本語プリントが花盛り。 たっぷりしたデザインの厚手の白いTシャツの胸には 大きく紺色で染め抜かれた"食事処"。 まるでどこかの定食屋の暖簾みたい。 おやおや、 いただいてよろしいのかしら?、セニョリータ。 渋い深緑色がステキな男性用Tシャツには、 中央に大きく"お茶の○○園"(お茶園名、失念)。 ごていねいにも"東京都中央区〜"っていう住所と 〇三からはじまる電話番号も。 最近スペインから注文が殺到してるお茶やさん、 きっとあーたんとこのだわよ! 同じく男性用Tシャツ、今度は少しタイトなライン。 胸に小さくプリントされたカタカナは、 なぜか"サボタージ"。たぶん最後の"ュ"が足りない。 それとも ひょっとしてヒット曲"サウダージ"を意識したのか、 おそるべし。 しかも、全体は縦書きなんだけど、 ひとつひとつの文字が90度、横を向いている。 これぞ正真正銘の"横文字"とでもいうつもりだろうか、 おそるべし。 それにしても、 これ以上怠けてどうするスペイン人。 メッセージの意味がわからないといえば、 地下鉄の向かいに座った少女が着ていたTシャツ。 10代の若さみなぎる、ストリート系の女の子。 その胸のあたりをじいっと見つめてしまったのさ。 だって中央にはでかでかと三文字、 "終戦後"。 デザイナーもそれだけじゃあまりに唐突と思ったのか、 続けて小さな字で補足がされていた。 "昭和三十年代、俺たちの太陽は裕次郎だった"。 そうですか、 わかりました。 黙って頭を垂れるしかない。 まさかスペインに来て推定14歳のマリア(仮名)に 日本の戦後の世相を教えられるとは。 これは現実なんだろうか、 頭上にはちゃんと太陽が輝いてくれてるんだろうか。 裕次郎とかじゃなくて、さ。 だってスペインだよね、ここ。 衝撃を隠せないままフラリと通りがかった エロビデオ専門店のショーウィンドウ。 なんとここにも日本語があった。 東洋系の少女が大きく写されたパッケージには、 特大サイズの日本語(らしき)タイトル、 "震える内体"。 うーん、惜しいっ! そりゃ"肉体"は体の内にあるんだけどね。 いやーっ、惜しかったねっ!! 見上げれば、 今日も雲ひとつないスペイン晴れ。 ……負けたよ。完敗だ。 |
2001-05-08-TUE
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