カナ式ラテン生活。 スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。 |
【21コの虹、初夏の思い出】 オラ、アミーゴ! 今日も元気に、朝から鼻血ブー。 いや、このごろのマドリーときたら 日中の最高気温は40℃を軽く上回るし、 夜11時になっても30℃を超えてたりするのさ。 "2日目"こそが命のカレーすら、 一晩放置してたら腐っちゃう気温なの。 朝起きてざっと換気したら、 陽が高くなる前に窓を閉めてブラインドを下ろして、 外気を完全にシャットアウト。 日中は暗い部屋の中で過ごして、 陽が沈んで風が吹きだす午後10時くらいに窓を開ける。 これが、こちらでの夏の過ごし方。 実は、窓って、日本のよりもずっと小さいんだよ。 "太陽の国"なればこそ、かな。近すぎるのかもね。 いま思うと、 大きな窓越しに しとしと降り続く雨や揺れる若葉や木漏れ日や、 そういうのを見ることができる日本の気候って ほんとうに素敵。 スペインの夏もエアコンがあれば快適だろうけど、 我が家にゃそんな洒落たものがあるはずもなく。 (町内のちょっといいおうち、にはあるらしい。 たとえばリカちゃんドレスを10枚持ってるとか、 鉄道模型のレールがぐんと長いとか) ごく簡単な構造の扇風機が送るささやかな風を 毎夜ダンナと意地汚く取り合う始末。 それにしても、寝苦しいのがいちばん困る。 寝るときも扇風機を回しておけばいいんだろうけど、 そんな贅沢、どうもラテン生活にゃそぐわないんだな。 だから窓を全開にして なんとか浅い眠りについたけど、 翌朝起きたら鼻血がタラタラーリ。 Oh!,真っ赤に流れる、ぼくの血潮。 カエルだって、ミミズだって、アメンボだって、 みんなみんな、生きているんだ、 アミーゴなーんーだー!、とこりゃ。 なんていうテンションの高さは 血も泡立っちゃうような気温のせいなんだけど、 こんな夏日が続くようになる前に、 繰り返し雨が降った時期があった。 ちょうどその頃、私とダンナは車に乗って、 隣国ポルトガルのポルト市まで日帰りで出かけたのさ。 往復約1200km、14時間ほどのドライブ。 イベリア半島のど真ん中にあるマドリーから、 半島の西端にある港町ポルト市までは、 とにかく乾いた大地を突っ走ることになる。 左右には赤茶けた土が彼方の地平線まで続き、 前にはその中に自分が走る道路があるのみ。 (行ったことはないけど北海道みたいなかんじかな) と思っていたら、 イベリア半島の面積は日本の1.5倍もあるんだそう。 たぶん、北海道よりもずっとずっと広いんだろう。 その日、早朝のマドリーは小雨だった。 2時間ほど走って、 ディズニーの白雪姫の城のモデルとなった古城がある セゴビアという町を通過したあたりから、 どしゃぶりの雨となった。 空と大地しかないところで降る雨は、すごい。 車がぺちゃんこになるかと思うほどの勢いだ。 ワイパーを最速で動かしてもよく見えない窓の向こう、 鋭い閃光が空を引っかいたらしい。 バリバリバリ、というすさまじい音に ふたり一緒に飛び上がった。 「こりゃ、すげえわ」 「すごかねぇ」 大きな空と小さなふたり、 圧倒的な力の差に大笑いしてしまった。 車はやがて、旧道に入る。 雨は小降りになってきた。 "牛、飛び出し注意"の標識のそばを、 ロバに乗った羊飼いと羊の群れが横切ってゆく。 街道沿いにあるさびれた町の教会の尖塔から、 コウノトリがゆっくりと飛び立った。 遠くの方では 厚い雲に裂け目ができて、光の帯が降りている。 「ねぇねぇなんかさ、 何度見てもあれって 神様がそこにおらすごたって思わん? "キリスト降誕"、ってかんじ」 「そうかぁ? ま、わからんでもないけども」 「ねぇアナタ、 あの光の射す村へまいりましょうよ」 「ハイハイ、どうせ通るんやけどね」 こんなことを言いながら近づいてみると、 その光る村にはもうひとつの奇跡があった。 ちょうどそこから、虹が生えてたのだ。 「こりゃもう、絶対おるって、神様」 「せやなぁ、いてるかもしれんなぁ」 「なんかお願いしとこっと」 柏手を打って、車中からインチキお祈り。 残念ながらポルト市への道は村の手前でカーブし、 光る村はサイドミラーに小さく映るだけになった。 すると、 虹の根元はぜんぜん違うところに移ってしまった。 よくあることだ、 というか当たり前なのよね、たぶん。 「ねぇアナタ、 今度はあの虹の根元へまいりましょうよ」 「アホか」 でもその日は、 下半分だけのや右半分だけのや、 ぐぐっと伸びて大きな半円がきれいにつながる瞬間や、 山の頂からはゆるやかな弧を描く上部だけなんて そりゃもうたくさんの姿の虹を見た。 ぜんぶで、21コ(たぶん)。 そのたび、アホウなふたりは歓声をあげたのさ。 帰り道、 自分の車のライトだけが頼りの道を、 ポツポツと走り続ける。 たまに対向車の光をずっと先に見つけても、 忘れたころになってやっとすれ違うほどの距離。 疲れた体にはマドリーまで気が遠くなるほど遠いけど、 気が遠くなってみても家に着くわけじゃないので やっぱりポツポツポツポツ、 アクセル踏んでタイヤ回して進むしかないんだなぁ。 この田舎道がマドリーに続いていると信じて。 遠くにぼうっと光るのは ガソリンスタンドかライトアップされた教会か。 牛も豚も羊も、みんな寝ちゃったかな。 昼間はトラック野郎が集う街道のバル"ELVIS"も いまはすっかり闇の中。 溜め息ついて空を見上げたら、 アラアラ、満天の星! オリオン座でしょ、カシオペアでしょ、 北斗七星に、ほら北極星。 星の見え方が緯度に関係するのか忘れちゃったけど、 マドリーの緯度は秋田と同じくらいだから 日本にいたときと同じような星が見えるのかも。 それにしても、 光がほとんどない大地の真ん中から見るせいか、 クラクラしちゃうほどの星の数。 「ねぇアナタ、 あんたと一緒にこの星を見れた この一瞬のためだけにでも スペインに来てよかったわ、とかね」(ニヤリ) 「ハイハイ、 "俺もだよー"、とか言うたらええん?」(ニヤリ) 不敵な笑みを見合わすふたり。 でも私は、ちったぁ本気でござったよ。 たぶん、奴も、ね。 さてさて、 次に雨が降るのは、何週間後かしら。 |
2001-06-08-FRI
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