KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

 
【その黒い紙も食べるんですよ。】


オラ、アミーゴ!
今日も美味しくお米、食べてるかい?

お米といえば、
スペインのひとが日本人(を含む東洋人全般)に対して
抱いているイメージのひとつが、
"毎日、米ばっかり食べてるんだって?"なんだ。

そりゃ、そうだけど。
そりゃ、私がいちばん好きな食べものはオニギリで、
おかんが寝る用意を済ませたあとに"作って"とねだって
「あら、もうハンドクリーム塗ってしもうたとに」
と困った顔しながら皺の多い手で作ってくれた
20年前のオニギリ(やや乳液味)が
このちょっとの人生でいちばんのご馳走だったけど、
だからといって
スペイン人にびっくり顔で
"米、米、米!"なんて言われたくはない。

だって、
オレンジで有名なバレンシアは一大稲作地帯だし、
その名物料理はあの有名なパエジャ(洋風釜飯)だし、
さらには、ごく一般的なデザートとして
"お米の甘い甘い牛乳煮"なんていうのもあるんだから。
ちなみにこれ、
"お米と牛乳"という組み合わせが給食を思い出させて、
どうしても私はダメ。


そんな風に、
スペイン人に馴染みの深いお米ですら
"日本では"って前置きからはじめちゃうだけで
なんだかぜんぜん違うものだと思われちゃう。
いわんやまったく馴染みのないもの、をや。


まず、海苔。
スペイン語で"海苔"だけを意味する単語はない。
訳語として一般的な"alga"は、
藻全般のことになっちゃうのだ。

それにしても
先日、海苔巻アラレを出したときの
おばちゃんたちの反応がすごかった。

「これ、なんなの?」
「お米のビスケット、かな。でもしょっぱいよ」
「辛い?」(スペイン人は、辛いのが苦手)
「ちっとも!」
「そう、じゃ試してみようかしら」

恐る恐るアラレを手に取ると、
巻いてある海苔をピリピリとはがしはじめる。

「違う違う、それもいっしょに食べるんだよ!」
「えっ、この黒い紙も?」
「紙じゃないよ。"海苔"だよ」
「えーっ、"藻"なのぉ?
 ほんとうに食べられるの?」
「うん。はい、食べて食べて」

目を閉じて、決死の覚悟らしい表情で
海苔巻アラレを口に放り込むおばちゃん。

「どう?」
「……魚のビスケットって言ったかしら?」
「お米。魚は使ってないよ」
「でも魚の味がする。
 絶対に魚からできてるわよ、これ」
「海苔が、海の味するのかも……」
「いや、絶対に魚だって。
 あんたが知らないだけよ、きっと。
 絶対に魚だわ、これは」
「えーっと。
 じゃ、嫌いかな?」
「なーにいってんのお嬢ちゃん、最高だわよ!
 ほらちょっとちょっとそこの奥さん、
 あーたもこれ食べてごらんなさいな。
 魚のビスケットよ。
 日本人はみんなこれを食べてるんだって。
 美味しいわよ。
 アラ馬鹿ねぇ、その黒い紙も食べるのよ。
 ちょっと私にも、もう1コちょうだいね。
 それに主人と息子と娘と嫁と孫の分もね」

手にした紙ナプキンに、
ごそごそっと海苔巻アラレを包む。
(主原料は、お米なんだけどなぁ)
思い込んだら一筋の
スペインおばちゃんに
けっして届くことのない私のつぶやき。


スペインでは、日本食ってまだまだ知られていない。
そこにスペイン人お得意の"知ったかぶり"があわさって
たいがいややこしいことになってしまう。


ギョウザを見て「これが天ぷらね」、
焼きそばを見て「こっちが寿司っていうんだ」と
自慢げに彼女に説明しているあんちゃんもいた。

あからさまに指摘してひとの恋路を邪魔するほど
野暮じゃないけど、
このまま誤解されっぱなしなのも気持ちが悪いので
「このギョウザって名前、発音が難しいなぁ。
 ギョウザ、ギョウザ、と。
 あっ、そうそう天ぷら粉はどこにあるかしら。
 天ぷらは特別な粉でフライする料理だから。
 ギョウザも天ぷらも、ビールに合うのよねぇ」
なんて大声でつぶやいてみた。


かと思うとニコニコ顔のおじいちゃんがやってきて、
私に向かってしきりに
「シーシー、シーシー」
と言う。
日本人を見たら寿司と叫べ!
という教育がされたのかと思うほど、こちらでは
すれ違いざま「寿司!」と呼ぶひとが少なくないので
しばーらく無視してたんだけど、
そのおじいちゃんは私の目の前から動かずに
シーシーシーシー言い続ける。
それ以上言われたら、もよおしそうなので訊ねてみた。

「セニョール、なんていいよっと?」
「おやおや、わかんねぇのかい?
 日本人なんだろ、なんでわかんねぇんだ?
 ほら、日本語で"寿司"っていったら
 コンニチハって意味だべよ?」
「えーっと。
 寿司ってのは、日本の食べものなんだけど。
 あっ、わかった。
 中国語でアリガトウがシェーシェー、だよ。
 それとごっちゃになっとったっちゃなか?」

頭をめぐらせて
予想される過ちをていねいに指摘したところ、
「そうそう、それそれ。
 シーシーね、シーシー」
おじいちゃんは満足げな笑顔とともに去っていった。
ンもう!


異なる食文化の極端に位置する寿司や刺身、
すなわち"魚を生で食べる"ことについては
「想像するだけで身震いしちゃう!」
とまでに毛嫌いするひとがほとんど。

「日本におったころは、
 魚釣りしてその場で食べたりしたとばい」
なんて話そうものなら、
激流に飛び込んで鮭に喰らいつく熊の姿と
重ね合わせられてしまう。
いやいや、魚はさばくの。
一匹丸ごとかじりつくんじゃないの。
そう言ってみたって
相手は"イヤァァ、寄らないで、ケダモノ!"って
おびえた顔のままで後退り。


でも、少しずつだけど、
寿司や刺身を食べるスペイン人も増えている。

ある日和食レストランで見かけたスペイン人、
寿司のタネを外して優雅に塩コショウをかけ、
それを再び乗せたら今度はシャリの側からドプン!と
しょうゆにめいっぱい、浸した。
その寿司、を美味しそうに頬張ったセニョール、
こちらを見て「うまいよっ!」とウィンク。

いっか、それが美味しいんなら。
美味しいのがいちばんだよね。

あっ、
だから軍艦巻きの海苔をはがしちゃダメだってば!

2001-06-17-SUN

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