KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

 
【バスの運転手さんは大忙し、の話】

その昔、いや、いまもかな?
ちびっこはバスに乗るのが大好きやったとげな。
幼稚園の送迎バスでの特等席は、
なんといっても運転席のうしろの席だった。

やがて車を運転するようになって
バスに乗る機会もすっかりなくなっていたけど、
いま、スペインで
私はまたバスに乗るのが大好きになった。
座るのはもちろん、運転席のうしろ。
ここから運転手さんを見るのが、とても楽しいのだ。



マドリーのバスの運転手さんは、
とにかく忙しい。

まず第一に、領収書やお釣りを渡す仕事がある。
日本で料金箱にあたるところにトレイがあって、
乗客はそこにお金を置く。
すると運転手さんはお金を数え、お釣りをそろえて
領収書といっしょに手渡すのだ。

千円札を入れたらお釣りが出るような機械は、ない。
ないから、小銭を持っていないときはバスに乗れない。
そういうときは、街角のキオスクで回数券を買う。
これなら、手間を取らせることはない。
なんせ、運転手さんは忙しいのだよ。


スペインの運転手さんには
コミュニケーションも、大切な業務だ。
お客さんが「やぁ!」「こんちは」とあいさつするたび
笑顔とともにあいさつを返してくれる。

知り合いの乗客なら、ちゃんと、世間話までつきあう。
バスが信号で止まったり、あるいは走ったりしている間
ずっと横を向いたままで乗客と話していることもある。
きっと、運転より大切な業務なのだろう。

小さな道路で対向車線のバスとすれ違うときは
すかさずバスを止めて窓を開け、運転手同士で長話。
両車線でバスを先頭に小さな渋滞ができても、
ちっとも気にせずに満足するまで話を続ける。
たぶん、運転よりも大切な業務なのだろう。


さらに、運転手さんは車内のBGMも担当する。
ポケットラジオを窓枠にうまく置いて、
スピーカー部分に車内放送用のマイクを固定する。
そして好きな音楽にあわせて歌ったり口笛ふいたり、
ひいきのサッカーチームのゴールに手を叩いたりする。
片手運転で好きなチャンネルを探す姿をよく見るのも、
このBGM業務にまじめに取り組んでいる証拠、かも。


当たり前だけど、運転も、重要な仕事だ。
乗客を一刻も早く目的地に送り届けるのが使命とばかり
赤信号も左折禁止の標識もどんどん無視して
豪快にバスを走らせてくれる。
急カーブ、急ブレーキ、急発進、
で、胃がキューッ。
マドリーのバスにはなぜかうしろ向きの席があるから、
そこに座った日にゃすぐに車酔いしてしまうぜよ。



先日は、そんな暴走バスが路上駐車の列に突っ込んで
11台の玉突き事故が発生した。
また、あまりにもバスを豪快に走らせすぎるのか、
途中で煙が出てきて走行不能になったこともあった。
実際、週に1度は、こうしてフード部分を開けたまま
路上に放置されたバスを見かける。
限界に挑戦しつづける男、それがバスの運転手なのだ。

当然、自分の運転を邪魔する奴にゃ、容赦しない。
進路を妨害した車や
赤信号になったばかりなのにちゃんと停止した車には
わざわざ窓を開けて放送禁止用語をどなり散らす。
相手も負けずに車からおりてきて言い返すから、
信号が変わっても2台とも動かなかったりする。
そこで後ろからクラクションを鳴らされようもんなら
今度はそいつも巻き込んでの大バトルがはじまる。
私には、ののしり系スラングを覚える良い機会。


業務、ではないけれど
彼らは激務の合間にまだまだたくさんのことをする。

アルミホイルで包んだフランスパンサンド、
つまりスペインのお弁当を食べる。
そんでもって、新聞を読む。
まぁ、これはいい。いいのか? いっか。

先日なんて、バスが停留所でもないところで急停止。
満員の車内に、さすがに"?"マークが飛び交った。
運転手さんは料金を入れた袋から小銭をよりわけるや
乗降ドアを開けてスタスタと歩き出す。
満場の注目の中、キオスクで煙草を2箱買うと、
なにごともない顔して帰ってきた。
なんでもないこと、なんだろう。しかしそのお金……。

始発の停留所近辺では、
乗客の列を後目にバスからひょいと降りて
馴染みのバルで一杯ひっかける光景もよく見られる。
そして赤ら顔で運転席に戻り、やおら出発。ゴー。


スペインバスの運転手さんは、今日も大忙し。
ウソ、じゃないんだな、これが。

2001-09-30-SUN

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