KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

 
【古都トレドで見る夢、の話】

昔、中国の南京ちゅうところで
日本のひとが虐殺をしてしもうたとげな。

語学学校でクラスメートとなった女の子が
南京出身だと聞いて、
このことをまっさきに思い出した。
私の遠い知り合いが、彼女の近い知り合いを
ひどいやり方で殺してしまったかもしれない。

「ね、南京では日本人ってどう思われてるの?」
おそるおそる訊くと、
「どうって、別にふつうだよ。
 日本人も住んでるし、日本の会社もあるし。
 私もそこで働いてたもん。なんもないよ」
と、彼女は笑った。
めちゃめちゃに嫌われてるんじゃないかと思ったから、
ほんとうに驚いた。

やがて話は私の出身地である長崎のことに移った。
彼女が私に、被爆地長崎とアメリカ人の関係を訊ねた。
「うーん、ふつうだよ。
 アメリカ人の義姉は8年も長崎に住んでたんだけど、
 嫌な思いって、ほとんどなかったみたいだし」
こう答えると、
今度は彼女がとても驚いた。

たしかにひょっとしたら義姉の遠い知り合いが、
私に近いひとの上に原爆を落としたかもしれない。
ある被爆者が義姉に冷たい態度で接したのは、
きっとこのことが許せなかったからなのだろう。


でも多くの長崎のひとが、
"ふつうに"アメリカ人に接している。
そして南京のひとも、"ふつうに"日本人に接している。

時間が経ったから、なのかな?
もしかすると
「忘れてはいないけど、恨んでもいない」
ってことも、できるんじゃないかしら。
南京や長崎のひとが特別なわけじゃないと思うんだ。


たとえば、スペインでだって。


スペインの歴史は、
ものすごーく大雑把に言うと
キリスト教→イスラム教→キリスト教になる。

これは数百年単位での変化だから、
イスラム教徒ったってふつうの地元のスペイン人だし
イスラム教支配下のキリスト教徒(モサラベ)もいたし
キリスト教支配下のイスラム教徒(ムデハル)もいたし
ユダヤ教を信じるユダヤ人もたくさんいて
まぁとにかく
いろんなひとがいたんだそうだ。

そんなスペインで
6世紀から16世紀までの長い長い間
いろんな王国の首都として栄えた町がある。
それが、トレド。
町の全体が、世界遺産に指定されている。
マドリーから南へ70km、
名物はローマ時代に遡る建造物と迷路のような街路、
それにアラビア伝来のマサパンという
べらぼうに甘いアーモンドのお菓子だ。



さてさて12世紀末のこと、
キリスト教国カスティージャの首都だったここトレドに
ひとつの教会が建てられた。

やがてこの教会は、
金曜日にはイスラム教徒によって
土曜日にはユダヤ教徒によって
日曜日にはキリスト教徒によって
交替で仲良く使われるようになったという。

というのも、当時のトレドにいた
イスラム教徒とユダヤ教徒とキリスト教徒は、
それぞれの宗教や文化を守ることが許されるなかで
建築や医学、語学、数学など
おのおのの得意分野で活躍していたらしいのだ。

700年とか800年も前の話だよ!
もちろんいいことばかりじゃなかっただろうけど、
たとえば同じような場所にある"聖地"を
自分のところだけで占有しようとすることに比べると
よっぽど素敵な話に思える。
憎みあうより、よっぽど素敵だぜ。


13世紀のトレドのひとが特別なのだろうか。
でも、そこにはきっと自分とそんなに変わらない
小心者でお調子者のねーちゃんだっていただろう。

南京だって、長崎だって、
頭で考えるととても難しそうなことをやってるのは
ごくふつうのあんちゃんやねーちゃんだ。

できる、と思うんだ。誰でも。


夢、じゃないんだよなぁ。
ね、ジョン・レノン。

2001-10-07-SUN

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