KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

 
【そのまんま。】


 スペイン、
 とくにマドリーを中心とする
 イベリア半島の真ん中あたりの名物料理は、
 「肉をただ焼いただけ」
 だったりする。
 
 そのいち、仔豚の丸焼き。

 

 こーんがり。ブギュウ。
 
 そのに、仔羊の丸焼き。

 

 でろーん。いまから焼かれまーす。
 
 どちらも、最初見たときには
 ギャフン、ときた。
 
 あぁたしかにあたしゃ仔豚の丸焼きを頼んだよ。
 あるいは仔羊の丸焼きを食べようと思ったさ。
 だからって、
 なにもそんなに丸ごと一匹じゃなくても。
 なにもそんな、
 何も知らぬまま元気で野原を駆け回っていた
 故人の在りし日の様子がまざまざと
 我がぷっくらしたまぶたの裏に浮かぶような
 そんな有様を見せつけなくても。
 
 すまん、かたじけない。
 フォークとナイフで合掌してから
 ごくごくありがたく、いただいた。
 それくらいの感謝を捧げないではいられないほど
 なんだかすんごい迫力なのだもの。
 
 肉屋さんでの衝撃は、
 やっぱり、ウサギの丸剥ぎ。
 イナバノシロウサギもまっつあお、
 全身の皮をつるりとひんむかれて、
 内臓をぽこりと腹の上に出されている。
 さらに恐ろしいことには、
 やっぱり皮をぺろんとむかれた
 ウサギっちの頭もちゃんとついているのだ。
 
 耳は、ない。
 あれは皮の一部だったのかなぁ。
 でも、歯が、ちょこりと2本並んでいる。
 やっぱりウサギだ。
 
 実は、ウサギは皮を剥いでしまうと
 ネコとほとんど区別がつかないらしい。
 だから、肉屋さんが
 ウサギと偽ってネコを売らないようにするため
 こうしてウサギは御頭つきで売るのだという。
 たしかに、これは明快な方法だ。
 
 ちなみに、ネコの肉、
 スペイン市民戦争(第二次世界大戦直前)の頃は
 食べるものが不足したから、
 わりと広く食べられていたのだそうだ。
 味は、と聞いたら
 「涙の味」
 と、語学学校の先生をしているマリアノは言った。
 二度と食べたくない、って。
 俺だって、ネコは食うより見るのが好きだ、って。
 
 マリアノは、ウサギも嫌い。
 ウサギを嫌うスペイン人は、けっこう多い。
 肉屋さんで見たらキャーキャー騒いで
 自分で買って料理しようなんて絶対思わないのに、
 煮込みになって盛りつけられて出てきたら
 「これもスペインなりー!」
 なんて食べてみる私のほうが、
 なんちゅうか、不純というか……。
 キタナイよね。ゴメン。
 
 必要じゃないのに、
 それほど好きじゃないのに、
 食べちゃうんだよなぁ。
 
 肉屋でウサギを見るたびに、
 レストランでウサギを食べるたびに
 (結局食うんかい)、
 ウサギとスペイン人と自分の罪とに
 頭を垂れるのである。
 
 スペインで暮らしていると、
 自分の胃袋にこうやって入ってくるのが
 なにかの「死体」であることを
 つくづくと見せつけられることも多いけど、
 わりと、人間の死体も見てしまう。
 
 テレビが、そのまま流すからだ。
 
 最近だとパレスチナの自爆後の光景。
 目を覆う惨状、なんてもんじゃない。
 金縛りにあったようにぐわっと画面に見入ったあと、
 ぶしゃーーっと涙が噴き出てしまった。
 もうなにがなんだかわかんないけど、
 死んでしまったひとも
 生きているひとも
 死にそうなひとも
 死んでしまいたいほど辛い思いのひともみんな、
 みんな全身からすごい「思い」を噴き出している。
 
 戦争の現場からの映像はいつも
 見ていられないほどぐちゃぐちゃにされた生が
 ぎゃあぎゃあ泣き喚く音であふれている。
 見なきゃいけない、見なきゃいけない、
 そう思いながらも我慢できずに
 泣きながらチャンネルを変えてしまうことが多い。
 
 死体は、遠い海の向こうのものとは限らない。
 スペインではよくETA(バスク祖国と自由、
 バスク地方の独立を求める過激な団体)による
 自動車爆弾テロがあり、
 その現場の光景も、そのまま放送される。
 ごくふつうの良い天気の日の
 学校の構内のような静かな場所の輝く緑の芝生に
 黒焦げの死体がひっくり返り、
 手前に吹き飛ばされた左腕が落ちている、
 そんな光景がニュースで流される。
 
 死体を見るのは、イヤだ。
 食事中だと、もっとイヤだ。
 イヤだけど、ほんとうのことだ。
 あの新聞記者は、黒焦げになったのだ。
 運転手は、一瞬で身体の半分が吹っ飛ばされたのだ。
 なんだかね。
 それでもやっぱり飯を食う私。
 なんだかねー。
 生きるって、さぁ。
 
 死体だらけのなかにいるんだなぁ。
 昨日食べた
 ・生後2年以内の牛
 ・ドングリ食べて育った豚
 ・エビ
 ・ホタルイカ
 に、合掌。
 すべての死んだものと死にゆくものへ、合掌。
 
 そして今日も、そんなことはすっかり忘れて、
 ヒレカツなんぞにかぶりつくなり。
 
 
 <お知らせ>
 「のらり」というウェブマガジンで、
 スペイン在住の日本人女性にインタビューするという
 前々からやってみたかった連載をはじめました。
 もし興味があったら、のぞいてみてくださいまし。

2002-05-16-THU

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