KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

 
【それぞれの、ダメ道】


 たまに日本に帰った友人などから
 雑誌のお土産をもらうことがある。
 これが、めちゃめちゃにうれしい。
 
 スペインのテレビニュースでちらっと映った
 愛子さまってこういう顔なのねぇ、とか
 やくみつるの短い漫画とか、
 期限切れの星座占いだとか
 もうなんでも
 全身全霊で丸ごと楽しんでしまう。
 
 先日、そんな雑誌のなかのある漫画に、
 どう見ても知人によく似たひとが描かれていた。
 経歴などを見ても、どうも間違いなさそう。
 メールを出したら、たしかに本人だった。
 
 渡辺洋香(わたなべ・ようこ)
 麻雀プロ。現女流最高位(!)。
 http://www.wakuwaku.co.jp/yoko/
 
 
 彼女は、高田馬場の雀荘で
 メンバーしていたころの同僚。
 当時からまったくもって美人で、
 とても真剣に麻雀を打っていた。
 ……なんて
 符計算も怪しい私が言うことじゃないけど。
 
 「あの超スタイルのイイかなちゃんでしょ!」
 なんて
 いまやめっきり言われなくなったセリフを
 涙ながらに読んでいるうち、
 当時のことを久しぶりに思い出した。
 
 
 だいたい雀荘だ。
 外回り営業中、のはずのサラリーマンとか
 大学出席中、のはずの学生とか
 使命のようにみんなを「名字+ちゃん」で呼ぶ
 業界人みたいに見えるひととか、
 競馬やボートのあるときは
 さかんに携帯が鳴って指示をとばすひととか、
 先物取引ですごい額を失っても
 もうちっとも表情の変わらないひととか、
 そういうひとがいっぱい
 汚い雑居ビルの一室を占めていて、
 本名も職業も知らないまま
 そこでだけの親しみを覚えたりして。
 
 たまに仲間同士で徹夜で麻雀打って、
 雀荘を出ると朝日がまぶしい。
 駅に向かうスーツびとの流れに逆行して
 だらだらとファミレスに向かうときに浴びる
 「なに、こいつら。
 まったくダメな奴らだな」
 っていう視線をヒリヒリと浴びるのが
 好きで好きでたまらなかった。
 
 そうだ、ダメな人間なんだよ!まつたく。
 そのころは、社会の隙間みたいなとこだけで
 ホッとした気分になれたんだった。
 たとえば雀荘。
 たとえばコンビニで食料を買いこんで
 風呂に入らないまま1週間くらいプレステしてる
 これでもかと散らかった自分の部屋。
 あぁまつたくもって、ダメ。
 で、東京には、そういう隙間がたくさんあって
 ぞっとするくらい居心地がよかった。
 
 でも、このままじゃいつまでも
 世の中を斜めから見てわかった気になって批評して、
 なんか負けないところで勝った気になりつづけて、
 ちゃんと勝負しないまま人生が終わって
 どうももったいない!
 
 そう思ったような思わなかったような、
 とにかく
 水を飲んでみて喉が渇いていたのに気づいたように、
 ダンナさんとふたり、
 とにも角煮もスペインに行くことを決めていた。
 
 
 マドリードは、予想以上の効き目があった。
 
 まず、賃金が低い。
 しゃにむに働かないと食っていけない。
 
 まわりのひとが放っておいてくれない。
 前のピソでもそうだったけど、
 今度のピソでも
 ご近所のじいちゃんばあちゃんが目をかけてくれる。
 
 このあいだの日曜日も朝からチャイム。
 2階のマリアノじいちゃんが
 「カナ、わしじゃわしじゃ。
 地下の物置きが水漏れしとるって言いよったろう。
 今日はわしゃ仕事ないけん
 どれ見てやるから早く降りて来んか!」
 と、応対に出たダンナに怒鳴っていた。
 
 たまに沈んだ気持ちでひとりバス待つ停留所でも
 見も知らぬおばちゃんが
 当然のようにごくふつうの世間話をふってくる。
 
 肉屋、八百屋、煙草屋、郵便局、銀行、
 3回も行けば確実にアミーゴだ。
 下ネタにお世辞に冗談半分のお誘いにと
 精一杯のサービス精神で楽しませてくれる。
 とてもじゃないが、
 シニカルに構えて受け流せるパワーじゃない。
 気がつくと、
 こちらもベタなおやじギャグ連発で応酬している。
 
 あぁそうだった、
 ちいさいとき、いなかで、
 こうやって顔を汗でベタベタに光らせながら
 毎日楽しく、くっだらない冗談ばっかり言ってた!
 
 
 さらにスペイン、
 街に出ればたくさんのダメなひとを見かける。
 
 ママと一緒に試着室に入る高校生の男の子だとか、
 おやつをこぼしながら走りまわるちびっこだとか、
 よんぼよんぼのお年寄りだとか、
 もの乞いするジプシーだとか
 (※スペインに定住しているジプシーではなく
 外国から来たひとたちだという)。
 
 誰も恥ずかしがったりとかコソコソとかせずに
 堂々と社会のなかにいる。
 
 日本ではホームレスのひとは見ても
 もの乞いは見たことなかった気がするのだけど、
 こちらは道端でものを乞うだけでなく
 ファーストフードの店内やカフェのテラス席に来て
 お金を乞うてまわる。
 もの乞いをするひとと自分の間に、
 境界線は引けない。というか、ないのか。
 
 そういう私は言葉が不自由な外国人で、
 でも多くのひとが(見)境なく接してくれる。
 半強制的に、ラテン式ドイナカ社会参加。
 
 こうしてスペインで私は、
 日陰のダメからひなたのダメになった。
 どうせダメなら
 たくさん太陽の光を浴びながら
 陽気にダメでいた方が楽しいじょ。
 これが、いまの私の感想。
 
 
 そういえば渡辺洋香プロには
 『だめんずうぉ〜か〜会長』という肩書きもある。
 (SPA!で連載中の、倉田真由美さんの漫画を見てね)
 
 それぞれの、ダメ道。
 なんとか生きていけるもんです。ダメでもね。
 
 
 <お知らせ>
 「のらり」というウェブマガジンで、
 スペイン在住の日本人女性にインタビューするという
 前々からやってみたかった連載をはじめました。
 もし興味があったら、のぞいてみてくださいまし。

2002-05-20-MON

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