KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

 
【『バスク問題』について】


スペインでは、とても残念なのだけど
ときどきテロがある。

日本でだって何年か前に地下鉄サリン事件があり、
あれはテロだとカテゴライズされている。
スペインでいま行われているテロとの違いは、
こちらのテロは何十年も継続的に行われていて、
原則的に爆破予告と犯行声明がセットになっている
ということだろうか。

スペインでこのようなテロを行っているのは、
ETA(バスク祖国と自由)という武装組織だ。


……いつか、このことを書きたかった。
調べものもした、ニュースも見た。
でも、スペイン語の誤訳があるかもしれない。
また、参考にした情報源が正しいとは限らない。
それに、こういう難しい話題に触れるのは
ちょっと怖くもある。

でも、書きます。
「全部を信じはしないけど、
テロというものを考えるときのなにかの断片」
そんなものになったら、うれしいです。


スペインでテロを行っているのは、前述のETAだ。
彼らが求めるのは、「バスク地方の独立」。

バスク地方は、マドリードから北東の方角、
時計の文字盤でいうと1時のあたりにある。
国境のピレネー山脈を挟んで、
スペイン側とフランス側にまたがっている。

私はまだ訪れたことがないのだけど、
このバスク地方には
海あり山ありの美しい自然があり、
スペインの経済を支える鉄鋼業があり、
無骨で勤勉なひとびとがいるという。
ワインの産地もあり、
料理が美味しいことでも有名で
スペイン版「鉄人」シェフの多くがバスク人。
とにかく恵まれた土地であるらしい。
この『バスク問題』を除いては。


バスクのひとびとは、バスク語を話す。
この言語は、まだルーツが解明されていないというが
とにかくヨーロッパ系言語とは共通点がないそうだ。
バスク人、というのもルーツが不明で、
人口の80%以上のひとの血液がRhマイナスだという。

7月上旬にあるパンプローナの『サン・フェルミン祭』
(日本のニュースで『牛追い祭』と紹介される)で
ひとびとがしている格好、すなわち白い上下の服に
赤いベレー帽、赤いネッカチーフ、赤い腰巻、
これがバスク地方の伝統的な衣装だ。

歴史はちょっと激しくて、
8世紀末にはシャルルマーニュに頑として抵抗し、
市民戦争時代にはナチス空軍に徹底的に爆撃された。
そう、ピカソの描いた『ゲルニカ』は
バスク地方にある人口2万ほどの小さな町の名前。
その後、フランコ独裁時代には
バスク語の使用が禁止され、自治権も剥奪された。

ETAがテロ活動を開始したのは、この頃である。
彼らは最初、国連やユネスコにこの圧政を訴えた。
でも無視されたので、実力行使に出たのだ、という。
警察官の暗殺で捕まったETAメンバーへの死刑判決に、
世界中から抗議の声が上がったこともある。
「彼らの気持ちもわかる」、
そういう雰囲気も広くあったのだ。

ETAのやり方は、首相をはじめとする要人(政治家、
警察・軍・司法関係者、報道関係者など)暗殺と、
一般市民を対象にした無差別爆弾テロ。
こうしてこれまで約800人を殺害してきた。
負傷者を加えると、被害者は3000人以上になるという。


いま、スペインでバスク地方は
「パイス・バスコ=バスク国」と呼ばれる自治州だ。
バスク語は公用語で、
自治権も、よくわからないけど独裁時代よりはある。
子どもたちはバスク語の教科書と授業で勉強する。
バルセロナの子どもたちの多くが、
カタルーニャ語で学ぶのと同じである。
一概に、テレビも新聞も地元の公用語が優勢だ。

バスクの子どもたちは、
「中央で"テロ"と言われているのはテロでなく、
独立を勝ち取るための戦争である。
戦争だから、敵を殺すのは良いことである。
戦争だから、警察に逮捕されたり
射殺されたりしたひとは英雄である」
と学校や家庭で教えられる、と聞いたことがある。

そういえば、
このあいだ爆弾の取り扱いに失敗して爆死したひとは
地元でものすごく立派な葬儀をあげてもらっていた。
全国ニュースで、見たのだけど。

また、
これまでバスク地方が「バスク」という国として
独立して存在した歴史はない、
というのが私が学んだ歴史なのだけど、
バスクのでは「バスク国」があったことになっている、
というのを人づてに聞いたことがある。


ETAのテロのうち、無差別爆弾テロの方は、
原則として事前に爆破予告がある。
今年の5月、レアル・マドリーのホームスタジアムで
欧州チャンピオンズリーグ準決勝戦が行われた日も、
爆破予告があってから、近くの車2台が爆発した。

「うわっ地震や、って思った。
どん、って音して建物ごと縦に揺れてから
横揺れがきて、」
爆発地点から150メートルくらいの場所で勤務中だった
ダンナの、その晩の"ニュースのご近所"報告。

無差別テロとはいえ予告があるから、
うまく警察が爆破物を発見し市民を避難させられれば
原則的に死亡者まではでない。
だから私も感覚が鈍ってしまって、
日本からニュースを見たひとが
「だいじょうぶだった?」と心配して連絡をくれても
「だいじょうぶ、あれは必ず予告あるから」と
テロの傍にいながら、すっかり安心していた。


でも8月、たまたま休暇で訪れていたアンダルシアで
ETAの自動車爆弾テロがあり、
6歳の女の子と50代の男性が死亡した。
場所は地中海に面した町で、夏のリゾート地であり、
この春にダンナと車で立ち寄ってみたところだった。
私たちがこの日にそこにいた可能性だって
まったくないわけじゃなかったのだ。

そしてこのテロは、私が知る限りでは本当にはじめて、
予告なしに行われたテロだった。

この事件をきっかけに(と思えるのだけど)、今週、
ETAの活動の政治的基盤になっているという理由で
バスク全体で10%以上の議席をもつバタスナ党が
非合法化された。
フランコ死後にスペインが民主化されて以降、
政党の非合法化は、はじめてのことだという。
ニュースを見ていると、バスク地方からは
「なにが民主主義だ!
これじゃフランコ時代の再来だ!」
という声が伝えられてくる。


以上が、
いま「スペインの抱えるテロ」として知られる
いわゆる『バスク問題』の、
これまでのざーっとした推移である。

私はいま、
警察官の知人たちの心配をしつつ、
マドリーの繁華街でのテロをちょっと心配しつつ、
でも交通事故に遭うより可能性は低いだろうと
説得力あるようなないような安心をしつつ、
テロとか戦争とかというのを少し考えている。
せっかく「ゲンバ」の近くにいるのだから。

非力だけど考え続けようと思っている。
テロそのものでなくても「テロ的なもの」が
私自身の問題とならないとは限らないから。


ETAへの抗議集会やデモで、ひとびとは、
「バスク・SI(YES)、ETA・NO!」
という横断幕を掲げる。

暴力は否定するけれど、
それによって思想まで否定するわけじゃない。
他の方法を、探そうよ。

それが、スペイン市民の出した答えのひとつ
なのだと思う。
もちろん、まるで夢みたいに難しいことなのだけど。



カナ http://www.kanasol.jp






『カナ式ラテン生活』
湯川カナ著
朝日出版社刊
定価 \700
ISBN:4-255-00126-X



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2002-09-02-MON

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