カナ式ラテン生活。 スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。 |
【『君』か、『あなた』か、それが問題】 オラ! 実はいま、ラジオへ電話でミニ出演っていうのを 終えたところ。 なんだかえらい緊張してしまった。 放送内でもうろたえながら叫んだのだけど、 もしほぼ日の読者さんで聴いてた方いてたら、 メールでもくださいなー。 さて、いきなりスペイン語の文法の話なのだけど。 スペイン語ってば、6種類の主語に応じて、 動詞や目的語がそれぞれ6通りに活用する。 たとえば仮に「話す」をスペイン語風に活用させると ・(私は)話す ・(君は)話すっす ・(彼/彼女/あなたは)話すです ・(私たちは)話すもす ・(あなたたちは)話すわいす ・(彼/彼女/あなたたちは)話すですわん ってなかんじになるのだ。 ここで気づかれた方もいるかもしれないけど、 英語なら「ユー」ですっぱり二人称となる部分が、 スペイン語では二人称の「君」と 三人称で活用していく「あなた」とに分かれる。 もちろん日本語では 「君/あなた/あんた/そなた/そこもと」とか もっとたくさんあるのだけれど、 それに応じて動詞が活用したりはしない。 でも主語に応じて動詞から目的語まで それぞれ活用が異なってくるスペイン語では、 「トゥ(君)」なのか「ウステー(あなた)」なのかは 大大大問題なのである。 しかし、実際に「君」と呼ぶことって、あるかなぁ。 話している相手に「キミ」と言いそうなひとといえば ちょっと偉ぶってる上司とか、 生徒の名前を覚えない先生とか、 万引きした学生の肩を押さえるガードマンとか、 そんなイメージしか浮かばない。 でもそれを言ったら「あなた」だって同じで、 歌では「あなた」を想ってセーターを編んだり テニスコートで待ったりしてみるものの 実際に面と向かって呼びかけることはあまりない。 ダンナさんにも、冗談でしか言ったことないし。 だから補足説明として、だいたいのスペイン語本には 「トゥ」より「ウステー」の方が敬意を払った表現、 と書いてある。 それで、ひとまず納得した気になれるのだけど。 実際には どういう場合に「トゥ」を使い、 どういう場合に「ウステー」を使うか、 その判断はもんのすごく難しい。 友人の間でも、繰り返し繰り返し話題となっている。 たとえばバスで年配の方に席を譲るとき。 そりゃもう、「ウステー」だ。 ではたとえば生徒が先生に対して、 あるいは自分の父や母、祖父や祖母に対しては? これらの場合、親しいがゆえに 「トゥ」すなわち「君」を使うべきことが多いのである。 もうね、これがちっとも慣れないのさ。 どうしても日本語の感覚が抜けないと、 先生に「芳郎、ここわかんないんだけど、なに?」とか 義母に「道子、広告見た?買い物行かない?」とか 話しかけるような気分になってしまう。 日本ならボコボコに殴られるか、 あぁ鬼嫁めと涙を流されるかのどちらかだろう。 でももしこの場合に「ウステー」を使うとどうなるか。 「あら丁寧にありがとう」というより、 「あらご丁寧に。あぁそう私とは距離を取りたいのね」 と、かえって相手の機嫌を損ねることになりかねない。 たとえばふだん夫に 「わかるよ、あんたの言うこと」とうなずく妻が 「あなたのおっしゃること、よおおくわかりましたっ!」 と言うようなかんじに受け取られるかもしれないのだ。 でも、これは千差万別。 国際結婚しているひとや友人たちの話を総合しても なかなかこれで決まりって基準は出てこない。 友人の知人である大学教授は、生まれてこのかた 一度も「ウステー」を使ったことがないという。 でもものすごく失礼なひとではないらしい。 たしかに「トゥ」でも、ていねいな表現をすることは 充分にできるのだ。 でも、そこまでできない私は、なんども失敗した。 同世代の顔見知りに「ウステー」を使って 「なに、怒ってるの?それともバカにしてるの?」と 勘違いされたり、 すごく上品な高級サロンに連れられて行ったとき スーツびしっと着たウェイターさんに ついついいつもの調子で馴れ馴れしく「トゥ」を使って 同行のスペイン人に慌てて止められたり。 相手が「この子は外国人だから仕方ないか」と 大目に見てくれるかなぁとは思ってはみても、 失敗するたびにハァァァとがっくり落ち込んでしまう。 まぁ落ち込んでいてもキリがないから、 あとはさっさと整理して具体例のひとつとして 記憶の隅に収納しておくようにする。 といってもやっぱりちょっと苦くて熱くて、 思い出すたびにカッとなるのだけどね。 タクシーに乗る。 年配の運転手さんだったら「ウステー」で、 若い運転手さんだったら「トゥ」で話しかける。 年配のひとでも気さくなひとだったら、 喋っている途中から「トゥ」に変えてみたりする。 わからないときは、 「トゥが良いですか、ウステーが良いですか」 と、ぶっちゃけて訊いてみたりもする。 面倒くさくて、たまらない。 外国に住んでいると、こんなことばっかりだ。 そしてたまに日本に帰ると今度はクセが抜けずに 「あのひと外国生活が長くて敬語の使い方を忘れてる」 と、冷たい視線を浴びたりして。 そこでまた、ハッとして。 刺激ある人生をお求めの方は、ぜひ海外へ。 目の前のひとにどう呼びかけるかだけで、 想像力を最大限に働かせなきゃいけないのだもの。 そりゃもう、毎日ビリビリ、くるだわよー。 それに、いっぱい誤解されるからこそ、 たまに理解されるとものすごくうれしいっていうのも なかなか良いものなのであり升ぜ。 カナ
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2002-11-10-SUN
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