KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

『ベッカム・ハズ・カム(2)』


 ベッカム移籍の記者会見は、
 ご存知のように、
 ちょうど滞在先となった日本で行われた。

 いきおいスペイン国内のニュースは
「大勢のファンが黄色い歓声を上げる成田空港」
 の映像にはじまり、
「訪問先で待ち受けるファンが
 みんなして携帯電話でベッカム撮影」
(スペインではカメラ付き携帯はそう普及してない)、
 次いで
「ベッカム夫妻、この滞在で稼ぐのが20億円」、
 というかんじで進んだ。

 つまり報道が、、
「(東京にオフィシャルショップを作る予定の)
 レアル・マドリーは、
 ベッカムの、とくにアジアでの人気を買った」
 という視点からのものに終始してしまったのだ。

 その後も、
 Tシャツを発売初日に日本人が何千枚買った、
 などいう話題が大きく取り上げられたり、
 ベッカムと関係ない
 フィーゴ財団とユニセフチームの試合
(ジダンからF1のシューマッハまで
 豪華メンバーがプレーした)の中継で、
「ベッカムは日本でチョコレートを食べすぎたようです」
 と、わざわざからかい半分のコメントをしたり。


 これは、ベッカムのせいではない。
 もともと、スペインの多くのメディアが、
 そういうふうにしか捉えるつもりがないのだ。
 良い例が、ジダンが移籍してきた日に
 たまたまオフィシャルショップにいた私が、
 テレビ局にインタビューされたときのことである。

 スタッフにジダンのTシャツを持たされた私は
 ちょっと緊張しつつ、
「フランス代表としてEuro2000では敵でしたが、
 この白いTシャツを着たら応援しちゃいます」
 と答えた。
(しかも、「ご主人は画面外に出て」と言われた)

 どきどきしながらオンエアを見ると、
 必死で考えたコメントはすべて消され、
「このように、日本人観光客も
 さっそくジダンのTシャツを買っていました」
 というナレーションをかぶせられていたのだ。
 私はTシャツ買ってないし、
 周囲にはぎょうさん買ってる○○人もいたのに、
 こういう場面で取り上げられるのは日本人。
 私のときも、ミーハーな日本人観光客の絵、が
 欲しかったのだなぁ。
 白羽の矢が立ったのはそういうことだったか。くぅ。

 というわけで、スペインではすっかり
「ベッカム獲得=アジアマネー獲得」
 というイメージができてしまった。
 これが、移籍の妥当性に疑問をもつひとを
 増やしてしまったのは間違いない。


 さらに、ベッカムにとってついてないことに、
 移籍発表のタイミングもかなり悪かった。
 それは、スペイン・リーグ最終戦の数日前だった。
 その時点で、マドリーは首位と1点差の2位。
 最終戦で優勝が決まるという緊迫した状況であった。

 たとえば
 巨人が戦っている日本シリーズの途中に、
「来年、巨人にソーサ移籍決定!」という
 ニュースが出たと思ってほしい。
 他チームのファンからすると
「なんだ、もう来年の話かよ。余裕だなぁ。
 また大型補強かよー。金あるとこはいいなー」
 という印象になってしまうし、
 長いシーズンを戦い抜いた結果の優勝が懸かっている
 巨人ファンや選手にとっても
「ちょっと待って、いまは次の一戦に集中させて」
 という気分にならないだろうか。

 マドリーの選手も感想を聞かれて、
「とにかくいまは最終戦のことで頭がいっぱいです」
 と答えていた。
 すぐに「良いことだ」と歓迎の態度を見せたのは
 たしかロベルト・カルロスとロナウドだけだった。

 スペイン国内で
 ベッカムの移籍にわりとさめた反応が多かったのは、
 このタイミングのまずさにも原因があっただろう。


 しかしこれまた、ベッカムのせいではない。
 あちこちしがらみのある
 フロントの判断で行われたものに違いない。

 それどころかベッカムは、
 移籍が決まるや早くも騒がれはじめた背番号について
「7番は、スペインではラウルがつけるものだ」
 とすぐにコメントしたし、
「こんな大事な時期に騒がせて申し訳ない」
 とも謝っていた。

 私はこれを見て、
 へー、いいひとなんだな、と感心した。


 でもそんなベッカム個人の資質の及ばぬところで、
「ベッカムのせいだ」
 と言われることが、すぐに起こってしまったのだ。

 次号へ、続きます。

  カナ






『カナ式ラテン生活』
湯川カナ著
朝日出版社刊
定価 \700
ISBN:4-255-00126-X



ほぼ日ブックスでも
お楽しみいただけます。

もれなく絵はがきが届きますよ。

カナさんへの、激励や感想などは、
メールの表題に「カナさんへ」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2003-08-24-SUN

BACK
戻る