KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

【テロの翌週:政権交代を生んだ、翻訳前のきもち】


 列車爆破テロの3日後に行われた総選挙で
 8年間政権を担当してきたPP(国民党)に代わり、
 PSOE(社会労働党)が与党となった。
 単独過半数には達しないので、
 現在、閣外協力か連立か、調整が進められている。

 このニュースに世界も驚いたらしいが、私も驚いた。
 周囲を見ていても、
「自分が投票しといてなんだけど、本当に変わるとは」
 という反応が少なくなかった。
 それくらい、PPの有利はゆらがないと思われてたのだ。

 PPはスペインを世界の一流の先進国にするために
 主に経済政策で華々しい結果をあげてきた。
 4年前の選挙で圧勝して再選されてからは
 さらにその路線をぐんぐん推し進め、
 ……結果、世論とずいぶん遠いところで
 政府が動いているようなかたちになっていた。
 いちばん端的な例が、国民の9割の反対を無視して
 イラク攻撃を真っ先に支持したことだった。
 徹底した親米路線、それがPPの政策の軸だった。

 というわけでなんだか気持ちはザワつくけど
 まぁたしかにちったぁ生活も良くなったし、
 PPがまた与党になるのは間違いないんじゃない?
 というあたりが、大方の感覚だったと思う。
 PPに投票する気もないけど、他に入れたい党もない、と
 棄権を考えていたひとも、周囲には多かった。


 ところが、テロが起こっただけではなく、
 さらにPPがETA説に妙に固執したり、
 これに対してPP支部前で抗議行動が起こったのを、
 国営放送だけがほとんど報道しなかったりしたりして、
 PPに対する不満が噴出してしまった。

 結果、棄権予定者や他の左派の支持者が、
 PPから政権を奪い取るためにPSOEに投票したりして、
 投票率が前回を大きく上回るなかで
 予想を覆しての政権交代となった。
 反政府の大規模なキャンペーンがあったわけではない。
 それぞれがそれぞれの思いでPSOEに入れてみたら
 本当に政権交代までいっちゃって、
「あれ、みんなもそうしたんだったの?」
 と結果を見て驚いた、という雰囲気だった。


 それにしても、政権交代後、多くのひとが
「メノス・マル」と言っていたのにはちょっと笑った。
 最悪の事態は避けられた、というか、
 まぁよかったじゃん、といった意味だ。

 前回、14年続いたPSOEの政権担当末期は、
 そりゃあ汚職がひでぇもんだったらしい。
 さらに仲間割れに次ぐ仲間割れで、
 議論や審議はあちこちでストップしたまま。

 そのイメージが強く残っているだけでなく、
 党首サパテロもまだ頼りなくて、
 日本での小泉人気やかつての日本新党ブームのように
 みんなが熱い視線を注ぐ中で華々しく登場した、
 というわけでは、ぜんぜんない。

「戦争やる政府よりは、
 汚職ぐらいの悪事やってる政府の方が
 まだいいよ」

 という、今回はわりとギリギリの選択だったのだ。
 それでも新政府にいちばん期待されているのが
 サパテロが公約にしていたイラクからの撤退だろう。


 サパテロのイラク撤退表明について
「テロに屈した」という意見が
 日本の政治家から出されたと聞いて、
 そんなことを考えてもみなかった私は
 ものすごーいショックを受けた。
 ドアホウ!
 と、ちゃぶ台でもビリヤード台でも
 ひっくり返して叫びたいほどだった。

 テロの一報を聞いて市民が病院に駆けつけ、
 半日で1000名以上の怪我の治療に必要なだけの
 輸血が確保されたスペインで、
 人口4千万の国で1千万以上が
 テロ反対のデモに参加したというこの国で、
 誰がテロに対して他人事だと思ったり、
 怒ってなかったり、屈してもいいと思ったり
 しているというんだい?

 といっても、説得力ないかもしれない。
 でも、前回の政権交代のことを知ってもらえば
 ちょっとは見え方が変わるかもしれない。


 前回、PSOEが負けて、PPが勝ったときのこと。
 PSOEは汚職でズダボロだった。
 でも右派のPPに政権を委ねることは、
 フランコの独裁の記憶が生々しいスペイン国民には
 わりと抵抗のある選択肢だったそうだ。

 だけど選挙直前に、
 実はETA(バスク祖国と自由)への対抗措置として
 GAL(反テロリスト解放グループ)が作られていて
 こっそりETAメンバーの暗殺を繰り返していたこと、
 そのGALと内務省は深い関係にあったことがわかって、
 PSOE政府はごうごうたる非難を浴びた。

 GALが殺したと判明したETAメンバーは27人。
 一方でETAのテロや暗殺による犠牲者は
 それまでですでに800人前後になっていた、と思う。
 それでも国民は「テロにテロで対抗する」という
 やり方を拒否したのだ。
 それが前回の政権交代の引き金だった。
 今回と、同じじゃない?


 ……といっても、
「スペイン人は偉いねぇ」
 なんて他人事のような話になるかもしれない。
 んでも、あれっすよ、
 日本にはヒロシマ・ナガサキがあるですよ。
 あれは戦争での話だけど、とても悲しい話だけど、
「テロ的なものにテロ的なもので対抗する」
 以外の選択肢を、
 日本はとっくに知っとっとよ。まーじーで。


 テロ後、タクシーに乗るたび運転手と話し込んだ。
 もちろんそれぞれに知り合いじゃないけど、
 私がナガサキ出身だというと、
 本当に誰もが、ふっと気持ちを寄せてくれる。
 そんなあるひとが言ったせりふが、忘れられない。

「今度の列車爆破テロもそうだ、
 イラクでもそうだろう、
 それにヒロシマ・ナガサキでも、
 いつも死ぬのは
 毎日まじめに生きているふつうの労働者だよ。
 君で、俺だよ。
 誰ひとり、殺していいってことが、あるかい?」


  カナ

 ※ サイトkanasol.jp内「多事早論」で
   スペインの社会ニュース、
   もう少し詳しく扱ってます。






『カナ式ラテン生活』
湯川カナ著
朝日出版社刊
定価 \700
ISBN:4-255-00126-X



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2004-04-15-THU

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