カナ式ラテン生活。 スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。 |
【5週間+5日】 思いがけず妊娠を告げられ、 処方箋を手に、夫婦ふたり間抜け面を並べて 救急病院を出たのが夜11時半。 ともかくも車を飛ばして、 24時間営業の薬局に向かった。
帰宅後、解熱剤を飲んで、とにかく横になった。 熱はまだ38度以上ある。 翌日は、日曜。 日曜しか休みのないツレアイが、 朝から掃除、洗濯、料理とクルクル働く。 ちょうど第一日曜だったので、買い物にも出かけた。
おかげで、夕方にはだいぶ熱が下がった。 怖いくらい、下がった。 実はこれを、心配していた。 一般的にスペインの薬は、日本のよりもだいぶ強い。 もっともポピュラーな鎮痛解熱剤の場合で、 イブプロフェンが、日本の約3倍含まれている、 という話を聞いたことがある。 薬、やっぱり強すぎたのでは……? 翌日の月曜朝、 信じられないくらい気分が悪い。 強烈な乗り物酔いのような感覚が続き、嘔吐を数度。 さらに、出血があった。 保険会社のコールセンターに相談した結果、 再び救急病院へ、タクシーを飛ばす。 エコー検査で、一昨日はなかった白い点が見える。 「この点ね、心臓になるところよ。 まだ動いてないけどね」 ハラの子のサイズ、16.8mm。 おお、一昨日からどどんと8割アップ。 「ということは、胎児に問題ないんですか?」 「あくまでいまわかる範囲ではね。 ただし流産の危険があるから、自宅で絶対安静!」 流産の危険。 はっきりそう言われて、ガガンと打ちひしがれた。 妊娠の、準備はしていた。 実は高校時代から、かなりの月経困難症だった。 いちばんひどかった大学時代は 高田馬場のケンタッキーのトイレで 激痛に倒れて動けなくなったこともあった。 当時通っていた婦人科では、 将来妊娠できる可能性は50%だろう、と言われた。 痛みを緩和するため、 しばらく中用量ピルを処方してもらっていた。 (低用量ピルが解禁される99年以前の話です) こころないひとからは 「セックスのしすぎじゃないのー?」 「コンドームなしでエッチしたいんだ。イヤン」 などと言われたりもしたけど、 そんな呑気な話じゃないんスよ。 (もしまわりに月経困難症のひとがいたら どうぞ理解してあげてくださいね。 それに、性病予防には必ずコンドームを!) さらにスペインに来てからは、別の問題もあった。 ことばがさっぱりわからんのだ。 自分たちが急病になり病院へ行ってみて、 「痰の状態は?」「便秘/下痢?」という質問さえ まったく理解できないことが、痛いほどわかった。 自分たちなら、まだいい。 でももしも子どもが急病になったとき、 ただでさえパニックの状態で 電話越しに聞くスペイン語の指示を、 果たしてちゃんと理解できるだろうか? 外国に来た自分たちのわがままで 赤ちゃんを見殺しにすることはないだろうか? そこまでの責任はとれない。 なので公立の家族計画センター(無料)に通い、 低用量ピル(※1)を使い続けてきた。 月経困難症の症状は、見事になくなった。 それから、6年。 この連載で書かせていただいてきたように いっぱい恥をかいたり泥棒に入られたりを経て、 ようやく、なんとなく落ち着いた。 「そろそろ赤ちゃん、迎える準備しようか?」 相談して、ピルを飲むのを止めた。 はじめて、プライベート保険に入った。 基礎体温を、つけはじめた。 念のため、薬も漢方薬に変えた。 半年しても妊娠しなかったので、 クリニックに、妊娠相談に行った。 40歳近くの初産も多いスペインでは 32歳の私はまったく焦る必要はなかったのだけど、 月のものがくるたびにガッカリするのに疲れたのだ。 なのでけっこう、待ち望んだ妊娠だった。 だからこそ、耳にした「流産の危険」ということばが とてもとてもショックだった。 2時間の昼休みに、ツレアイは車を飛ばして帰宅する。 「食欲は?食べなきゃダメよー」 なぜかオネエ言葉になりながら運んできた玉子粥を前に、 涙がどっとあふれた。 ごめん、あんたはこんな一生懸命やってくれてるのに、 ごめん、せっかく念願の妊娠をしたのに 私がこんな熱出したから、ひょっとしたら……。 「いやまあ、それは俺も考えたけど、仕方ないって。 いま赤ちゃんが来てくれただけで、いいじゃん、ね? とにかくあんたは自分の身体のことだけ考えなさいよ」 やっぱり謎のオネエ言葉だったけど、 少しだけ、落ち着いた。 それでもやっぱり、毎日めまいと吐き気がすごい。 ツレアイと自分の実家に電話して報告したとき、 「つわり?」 と言われ、はじめてそのことに気がついた。 そ、そうか、これが、つわりだったのか……。 だって、テレビドラマと違うんだもん。 アスタ・プロント!
カナ ※内田樹研究室内 「今夜も夜霧がエスパーニャ」もよろしく。
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2006-05-10-WED
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