KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

【20週】

コポッ。
なにかがお腹の奥で動いた気がした、16週。
エコーを見ていた担当のモニカ先生は、
「性器は確認できないけど、たぶん男の子だと思うな」
自信たっぷりで、ツレアイと私に宣言した。
そうなの?
さっそく男の子用の名前を考えて、
腹の子に呼びかけはじめた。

そしてエコーの専門病院で行われた、20週検診。
別の医師があっさり、「女の子ねー」と言った。
えっ!?
驚いて覗きこんだ画面では、腹の子がこちらを見るや、
しゃぶっていた親指を離し、口をパクリ開いた。
「コニチハ!あたち、女の子にゃにょよ」
そんな、かんじ。
なんかすごく愛しくて、カァーッとなった。
慌てて、呼びかける名前を変更。
今日も名前を呼べば、腹をドンと蹴って答えてくれる。
こんな楽しい家庭内暴力なら、どんと来いたぜ!

ともかくこうして、赤ちゃんの性別は
身長や体重なんかのデータと同じように
ごくふつうに知らされた。
まぁ、どっちでもいいのだ、元気なら。
(って、親なら誰もがそう思うのだろうな)
あとあれかな、
いまのスペインの社会が赤ちゃんの性別に
そんなに大きな意味をもたせないから、
こうしてふつうに知らされるのかな。


ツレアイの取引先の中国の人が、私の妊娠を聞いて、
「日本は、制限はないの?」と、尋ねたという。
いわゆる、一人っ子政策の話だった。
彼の説明によると、
・ひとりめの子どもが男子なら、そこまで。
・ひとりめが女子なら、4年後の出産が可能。
・ふたりめも女子の場合、さらに4年後に。
という決まりらしい。

それ以外の子どもには、戸籍が認められない。
そして実際には、たくさんの「それ以外の子」がいる。
戸籍のない彼らは、学校にも病院にも行けない。
その窮状に一石を投じているのが、国際養子縁組だ。
ここマドリードにも、以前書いたように、
2004年だけで600人以上の中国人の赤ちゃんが
はるばるやってきている。
そのほとんどが、「望まれなかった」女の子だ。
最近、街で、そんな中国人の赤ちゃん連れの
ファミリーの姿を、よく見かける。
幸せになってね。
うーんと、幸せに、なろうね。
こころから、そう願う。


さて、今回は、スペインの医療事情を。

出産費用はどのくらい?

スペインでは、すべての労働者は強制的に
社会保険に加入させられる。
(特別な公的保険がある公務員など特殊な場合を除く)
給与額によるが、支払いはだいたい会社が負担。
自営業の場合、これを納めないと、
たしかビジネスの資格が剥奪されたはずだ。
で、労働者の家族など被扶養者は、支払い義務なしに、
被保険者扱いとなる。

というわけで、外国人移民を含めてほとんどが、
社会保険の被保険者である。
システムとしては、救急病院以外は完全予約制。
まず最寄りの総合病院で担当医の診断を受け、
必要なら専門医を紹介してもらって再び予約、診察。
これらの診療は、完全無料。
実際に私も救急病院や婦人科や
アレルギー相談などに行ったことがあるけれど、
ぜんぶ、タダだった。ありがたい。

いま、ツレアイの同僚が妊娠8ヶ月で、産科に通院中。
妊娠初期からの毎月の検診も無料だし、先日なんて、
エコー動画をDVDに焼いてくれたと言っていた。
もちろん、出産も無料。
スペインでは無痛分娩がスタンダードなのだけど、
その手術や、出産前後の入院も、ぜんぶ無料。


実際に、スペイン人の奥さんとイギリスにお住まいの
日本人男性から、こんなメールをいただいた。

=
イギリスは特にNHS(公立医療)がひどくて、
かなり困らされました
(中略)
かみさんいわく、スペインの医療システムのほうが
100倍いいそう
>(2人のお子さんのパパ、Oさん/イギリス)


私も、移住以来ずっと、
この公的社会保険だけでやってきた。
でも妊娠を考えた昨年、私立保険にも加入した。
理由は、
1)マドリードの公立病院は、ひどく混んでいる
2)同じ先生に、出産まで継続的にみてほしい
3)出産の夜、ツレアイと一緒にいたい

1)について。
無料で、清潔で、大病院なら設備も最先端と
たいがい文句なしの公立病院だが、
最大の問題は、都市部での、ものすごい混雑。
インフルエンザの診察に5時間待たされているうち、
付き添いのツレアイが病気になったこともあった。
で、今回、まずは妊娠相談を考えたのだけど、
知人の友人が予約したら、取れたのが8ヵ月後。
(そのときには妊娠していた、おめでとう!)
私は、でも、すぐに相談したかったのだ。

2)について。
公立の病院では、医師の指定ができない。
しかーし、いかんせん私はことばが不自由で、かつ、
スペイン人より頭が大きく骨盤が小さくそして
一般的に薬への耐性が弱いといわれる日本人で、かつ
ギックリ腰や貧血などの持病もち。
しかも無痛分娩となると、
その弱い腰に麻酔を打ち込んだりしなけりゃならない。
継続的に診察して事情をよくわかっているひとに
出産を担当してほしい、と、かなり切実に思ったのだ。

3)について。
公立病院では、入院は大部屋(2〜8人らしい)で
付き添いの泊り込みは、不可。
私立病院では、入院はシャワーつき個室で、
付き添い用のソファベッドもある(らしい)。
根性なしの私なので、出産前後にツレアイと一緒なら
どんなにか安心だろうと思う。

で、私立保険に入った。
費用は、私は出産しそうな年代の女性ということで
やや割高の、月額64ユーロ(約9,400円)。
これに診察のたび、3ユーロ(約450円)がかかる。
なのでいま、エコーや血液・尿検査を含めて、
だいたい月に1万円くらいの出費。
安くはないけど、出産・入院も
この保険でカバーされる(特別な支払いはない)のと、
モニカという信頼できる先生に出会えたから
ま、いっか!というところ。

というわけで、スペインでの出産費用のまとめ。
公立病院では、無料。
私立病院では、月額およそ1万円くらいです。
(なお妊娠後に私立保険に加入した場合、出産・入院には
別途約45万円の支払いが必要らしい)


で、日本のことを調べて、びっくり。
妊娠・出産にかかる医療費は、健康保険適用外なのか。
医療費何割負担、っていうのだって、
無料のスペインに慣れた目で見ると、高いと思うのに。
さらに「入院先の先生にお礼を○十万円」という話を
友人から聞いて、頭が真っ白になった。
(ぜんぶがそうではないみたいですが)
いや、日本で出産をする外国人は、驚くだろうなぁ。
(アメリカなど、またぜんぜん事情が違うだろうけど)

ただ日本では、1週間くらい入院できるのはいいかも。
こちらは出産翌日や2日後には、もう退院するらしい。
無痛分娩だと母体への負担が少ないから、とか、
日本と違ってママは自宅で安静にできるから
(ということは、日本ではいきなり家事再開?)、とか、
いくつか理由を聞いたことがあるのだけど、
実際のところはどうなのだろう?


さて、次の検診は、25週めの予定。
モニカ先生の、1ヶ月のバケーション明け。
(ってあたりも、スペインのデメリット?)
モニカ先生は、「今度は性別、当てちゃるけんね!」
と、楽しそうに言って、ファイルを閉じた。

帰り道、タクシーの運転手が
「初めてかい?
男も女も、どっちもそりゃあ可愛いもんさ!
これからの時代、性別なんていよいよ関係なくなるよ」
と言って、自分の子どもたちの写真を見せてくれた。

帰宅後、まっすぐこちらを見つめているような
エコー写真を見ながら
ジョン・レノンのCDを聴いていたら、
♪ Every day in every way,
It's getting better and better (Beautiful Boy)
と、歌っていた。

(そうそう、きっとそうだよ!)
なんだかすっごく、うれしくなった。

カナ

※内田樹研究室内
 「今夜も夜霧がエスパーニャ」もよろしく。





『カナ式ラテン生活』
湯川カナ著
朝日出版社刊
定価 \700
ISBN:4-255-00126-X



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2006-08-23-WED

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