KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

【39週】

 それは32週の、とある深夜のことだったのです。

 ひどい下腹のさしこみで目を覚ました私は、
 歩いて数歩のトイレへ猛ダッシュ。
 あぁでもそれは単なるプロローグに過ぎず、
 思わず意識が遠のいたほどの下痢と嘔吐は、
 それから明け方まで続いたのでした。
 そして翌日は、高熱。
 39度になったら病院へ行くぞ、と思いつつ
 お得意のアイスノン挟み(後頭部とおでこ)
 &動脈直接冷却法(首筋や脇に冷たい缶ビール)
 &仙骨をカイロで温める、という
 まったくの自己流で、なんとかクールダウン。
 そこに、知人から連絡が。
「そっちは大丈夫だった? 牡蠣だと思うんだけど」
 ……あっ!

 その2日前、出産前の最後の撮影取材を
 某シーフードレストランで行っていた私は、
 おそらく浮かれていたのだろう、
 勧められた生牡蠣をひとつ
 パクリと、なんの気なしに食べていた。
 どうやらそれにあたったらしい。
 同席の面々も、軒並みダウンしているそうだ。

 しまったー!!
 食中毒だったのか、って、あっ、胎児への影響は??
 後悔後悔、激しく後悔。
 滂沱滂沱でツレアイに連絡し、
 腹の子に「ゴメンよ、バカなカアチャンで」と
 何度も詫びながら、タクシーで救急病院へ。
 (予約なしの診療は救急病院のみなので)
 検査の結果、胎児に問題はなさそうとのこと。
 ああ、よかったー!
 ほんと、よかったー。
 でも、無事に顔を見るまでは、やっぱり心配。

 この件では、(ツレアイと母を除く)いろんなひとに
 大いに怒られてしまった。
 まあ、そりゃそうだ。
 私もまた、大いにしょげ返った。

 妊娠したら、あるいは母親になったら、
 自然と多少はしっかりするもんだと思っていた。
 でもやっぱり私はちっとも変わらず
 うっかり者のお調子者のままで、
 生牡蠣も、なんの気なしに食べちゃっていた。
 ああもう、自分にガッカリ。
 もし「母親になるには資格が必要」ならば、
 私はそのテストに落ちてたんじゃなかろうか。


 どうしてニーニャは、
 私のところに来てくれたのかなあ?
 お調子者の小心者、
 酒とポテチが好きで高コレステロール傾向アリ、
 妊娠して甘いものに目覚めて血糖値も大幅アップ、
 運動神経はないに等しく、目が悪くて、やや出っ歯。
 いくら「親があっても、子は育つ」とはいえ、
 もっと良い選択肢がごまんとあったろうに。

 でも、ニーニャはうちに来てくれたんだなあ。
 なぜかまったくわからんけど、
 とにかく来てくれて、
 バカなカアチャンの数々の失態にもめげずに
 (他にもいろいろあったな……)
 いつ生まれてもだいじょうぶなところまで
 すくすく育ってくれた。
 本当にありがたい、
 そうとしか、言いようがない。

 そして、こうしてニーニャが来てくれたことで、
 私たちは、毎日すごくハッピーだ。
 ふたりとも田舎から夢いっぱいで上京して、
 でも東京をホウホウのテイで逃げ出して
 スペインくんだりでまきなおしを図ってみて、
 それでもまだ日常的に失敗ばっかりしている
 けっこうダメな人間だ。
 ここでも、ふたりで麻雀ばっかやってるし。

 そこにたまたまニーニャが来てくれたことで、
 なんていうか、この世の片隅に、ちっぽけだけど、
 はじめて居場所を作ってもらったような、
 「いてもいいよ」って言われたような、
 そんな気がしている。
 ひょっとしたら、
 私たちがあまりにも頼りないから、
 さらに弱いものが
 やってきてくれたのではないだろうか。

 とにかく、ありがとう、ありがとう。
 やってきてくれて、ここまで成長してくれて、
 ありがとう、ありがとう。
 たぶんいまからもいっぱい失敗すると思うけど、
 ほんとごめんね、
 でもよろしくね。


 そしていま、出産予定日の1週間前。
 今週は初の内診があって、
 「ちょっと遅れ気味ね」と言われた。
 ちなみに12月6日からスペインは冬の大型連休に入り、
 当然、担当医のモニカも休暇を取るから、
 この調子で遅れれば、その前に計画出産となりそうだ。
 出産日を決めて入院して、無痛分娩、って流れ。

 「モニカ、出産のとき、
  『いきめ(=押せ)』以外に
  たとえばどういうことばをかけられるの?」
 念のために訊いたら、
 「『下げて下げて、ウンコを出すように』かな?」
 と言われた。

 アハ!
 ウン○なら毎日出してるから、
 そのやり方なら、よく知ってるやー。
 スペイン流出産、最後まで笑かしてくれるなぁ。

 ということで、まもなく出産の予定です。
 いったいどうなることやら?
 無事に生還したら、報告させていただきます。
 ドキドキ、そしてなにより、ワクワク。

カナ

※内田樹研究室内
 「今夜も夜霧がエスパーニャ」もよろしく。





『カナ式ラテン生活』
湯川カナ著
朝日出版社刊
定価 \700
ISBN:4-255-00126-X



ほぼ日ブックスでも
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2006-11-28-TUE

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