── 開発が軌道に乗るまでは、
現場のスタッフと糸井さんのやり取りが
ずいぶん難航していた印象があります。
糸井 それはもう、必然的なことなんですけどね。
今回のゲームボーイアドバンス版の開発は、
まあ、開発中止の教訓を活かしてというか、
「とにかく作業の早いチームを」ということで
任天堂さんからブラウニーブラウンさんという
ソフトハウスを紹介してもらったんですが、
なんていうんですか、名刺交換からはじめるという、
いわば、お見合いみたいなかたちで
スタートしたものですから、
きちんとした仲間としてコミュニケーションが
とれるようになるまで時間がかかったんですよね。
── 伝える糸井さんのほうも、
受け取るブラウニーさんのほうも、
もどかしさがあったようでした。
糸井 最初の戸惑いは、ブラウニーさんのほうが
大きかったんじゃないかな。
やっぱり『MOTHER』って、
つくりかたとしては、そうとう特殊ですから。
一回、ぼくが大きな構造の話をしておいて、
それを整理してかたちにしてもらって
そこにさらに注文をつけていくわけですからね。
「あ、それはぜんぶ違う」っていうようなことも
しょっちゅう言いましたし。
でも、いったん下ごしらえをしてもらってはじめて
「違うからこういうふうに直そう」っていう
会議ができるわけですから、その意味では
ブラウニーさんには、すごく感謝してますね。
彼らにとってはそれが仕事なんだ、
っていう言い方もできますけど、
「それはできません」って言われたら
もう、それでおしまいですからね。
── そういうふうにして、
少しずつ仕上がりはじめたのが
2年前くらいでしょうか。
糸井 吉祥寺のブラウニーブラウンさんのところに
ぼくが直接、通いはじめてからですよね。
やり取りを密にしていって、
ブラウニーさんたちが
「あ、こういうところは自分たちで
 どんどん行っちゃっていいんだな」って
わかってからは、進みだしましたよね。
それは勇気なのか、
たのしんでもらえるようになったのか
わかりませんけど、だんだんと
妙ちきりんなモンスターとか、
オバケのいる城のなかとか、
すっごくいい雰囲気の絵ができてきて、
「うん、背景はぜんぶいいです!」って
ぼくが言うようになるんです。
もともと、ドット絵とか
細かい2Dのアニメーションっていうのは
すごくうまい人たちですから。
── はい。
ただ、『MOTHER』の場合、特殊なのは、
シナリオに沿って絵ができることで
ゲームが徐々に完成していくかというと
まったくそうではない。
糸井 そうなんですよね(笑)。
── さきほどの糸井さんの話に、
「一ヵ月くらい集中して時間をとって
 セリフやシナリオを書けば完成する」
と思って開発を再開したという話がありましたが、
極端にいえば、最初の2年間というのは、
セリフを入れるべき「器の部分」を
とにかく練り込んでいくという作業でした。
糸井 そうですね。
「ことばが『MOTHER』の神髄だ」
っていうことを、よく言われたりしますけど、
パンにお寿司のネタを乗っけても
しょうがないですからね。
だから、スタッフみんなで
うんうん頭を悩ませて、
「あとは、ことばでなんとかします」って
ぼくが言えるようになるところまで持っていくのに
2年、かかってるんですよね。
── はい。
糸井 たださ、ほんとに、
ことばでなんとかできるかどうかなんて
誰にもわからないわけだよ。
あの、岩田(聡)さんがね、
「最後に糸井さんがことばをぜんぶ書けば、
 そこでゲームが変わりますよ」って
ずっとぼくに言ってたんですけど、
「そんなこと言われてもなぁ‥‥」
っていう気持ちも自分のなかにはあるんです。
── あ、そうなんですか。
糸井 そうですよ。
── 糸井さんをしても、そうですか。
糸井 そうですよ。
ぼくは、やっぱり、
経験だけはけっこうありますから、
自分がいいと思ったことだけが
すべてじゃないんだっていうことは
知ってますから。
── それは、その、
単純に自信がないとか、
そういうこととも違いますよね。
糸井 自信はあります。
「あとからことばを入れれば大丈夫だ」って
そうとう自信は持ててます。
でも、自分ひとりがそういう自信や確信を
持ってるだけではだめなんだよ。
誰か信頼できるほかの人が、
ひとりでもそれを認めてくれて、
はじめて成立するんです。
つまり、どういうんでしょうね、
軸をふたつとらないと
中点ってとれないっていうか、
コンパスを2回使わないとだめなんですよ。
── あああ、なるほど。なるほど。
糸井 どういうものでもね、
ふたつで1点をさがしていくんですよ。
そのときに、自分だけの部分で
1点をさがした気になってる人が
「かんちがい」なんですよ。
── それはすごく大事なところですね。
糸井 大事なところです。
自分だけの、こ〜んなにでっかいコンパスを
1個持ってるだけではだめなんです。
── そういう意味でいうと、
ことばを入れていくまえ、
つまり、「合宿」に入るまえというのは
糸井さんのコンパスがひとつあるだけ、
という状態だったわけですね。
糸井 そうですよねぇ。
2年、そういう状態でした。
── で、けっきょくのところ、
「合宿」で糸井さんがことばを入れていくと
どんどん『MOTHER』に‥‥。
糸井 なっていきましたね(笑)。
でもね、それは、ふたつ目のコンパスが、
いや、4つのコンパスがあったからこそ
確信が持てる部分なんですよ。

(続きます)

2006-04-25-TUE