川上弘美さんと
相づちを打ち合う。
『MOTHER2』を切り口に
「そうそうそう!」

第4回
マルデタコと『溺レる』の「レ」

川上 『MOTHER2』は、
ゲームのなかに出てくる言葉の
ひとつひとつがおもしろいんですよね。
「ダンジョン男」とか、
あの、タコのシリーズとか。
糸井 ああ(笑)、マルデタコ、ミタメタコ……。
川上 そうそう(笑)。私も子どもも、
あれがものすごく好きで。
いまでも、「マルデタコ!」とか、
意味なく言い合ったりしてます(笑)。
だんだん進化していくんですよね、
3段階くらいに。
糸井 最後は「タコソノモノ」になります。
川上 あのへんの言葉の感覚がすごく好きで。
糸井 ああ、なんていうのかな、
たとえばカタカナにしただけで、
急に違うものに見えてくるから
おもしろいんですよねえ。そういう、
表記で変な感じが出るっていうのは、
ぼくは昔から好きで。
どこをカタカナにして、どこを漢字にするか、
みたいな工夫はずいぶんやってますね。
ま、職業がコピーライターだったから(笑)。
川上 そうか、そうか。
頭のなかでいろんな変換を
なさってるんですね。
糸井 ええ、1行の文章にしても、
「どっちがいいかな?」っていうことは、
ずいぶん時間をかけたりしますね。
マルデタコとかミタメタコにしても、
ひらがなにしたらもうぜんぜん違うし、
漢字入れたら、おもしろくもなんともないし。
川上 あー、そっか、そうですね。
糸井 その、言葉にある意味を
一瞬見えなくさせることで、
遠ざけると、世界は増えるんです。
川上 増えますね。
糸井 『溺レる』の「レ」みたいなもので(笑)。
川上 (笑)。
糸井 『溺レる』の「レ」は、
もう何回も説明なさってるんですか?。
川上 あ、どうして「レ」が
カタカナかっていうことですか?
それほど大きなことではないんですけど(笑)。
語幹だけをカタカナにしたんです。
「溺れない」とか、「溺れるとき」とか、
活用するとき「溺れ」までが語幹ですよね。
だから、活用しない部分をカタカナにして。
そのときに、「オボレ」っていうふうに
語幹を全部カタカナにすれば表記としては
わかりやすかったんでしょうけど、
ええと、「溺」は漢字にしてみたかったので
「レ」だけがカタカナになったんです(笑)。

糸井 ぼく、『溺レる』は、
すっごくいいと思います。
川上 なんだかわかんないんですけどね(笑)。
糸井 川上さんって、そのへんは、
ものすごく厳密にやるんですか。
川上 やってないです。
私ね、国語って不得意なの(笑)。
糸井 いや、国語というよりは、
文字をどう見せて、
本来の意味からどう距離をとるか、
みたいなことです。
川上 う〜ん、ひらがなか漢字かっていう程度の、
単純なところは、やりますけど、
そんなに厳密に考えてはいないですよ。
糸井 厳密には。
川上 うん。
糸井 文章のなかではどうです?
あの、おんなじ言葉でも、
一方で出てきたときはひらがなにしたり、
違う場所に出てきたときは漢字にしたり、
意識的にやってらっしゃいますよね?
川上 いや、そうとういい加減です(笑)。
つまりね、一冊の本としてまとめるとき、
「こっちでは漢字でしたが、
 こっちではひらがなになってますけど、
 どうしましょう?」って、
校正担当の方が困ってしまうようなことが
いっぱいあるんですよ(笑)。
糸井 はいはいはい。
川上 で、自分で「意識してたかなー?」って、
思い出そうとするんですけど、
ぜんぜん意識してなかったりするんですね。
糸井 あの、その言葉の表記をどうするっていうとき、
その言葉のまわりの言葉が決めるんですよね。
まわりの言葉が、そのときの都合で、
「キミはひらがなでいてくれたまえ」
って言うんですよね。
川上 ええ、ええ、そうですね。
糸井 ぼくはそういうところがね、たまんないんですよ。
好き、なんですよ。
川上 ああ、ありがとうございます(笑)。
でもね、長い文章をずーっと書く人間は、
糸井さんが思うよりももっといい加減ですよ。
たぶん糸井さんは、ほら、短いっていうか、
そんなに短いわけじゃないでしょうけど、
ある程度決まった量の文章で、
パッと見せるようなものを
やってらっしゃるでしょう?
それは、長い散文とは違うものだと思うんです。
私、俳句をやってるんでわかるんですけど、
俳句だと、ものすごくちゃんと意識するんです。
けど、長い文章でそれをやってるとね、
なんかもう、イヤになってきちゃう(笑)。
だから、私自身はいい加減です。
糸井 たとえば、
ある言葉は絶対にひらがなにするべきだ、
っていうような、
決まりのある人もいっぱいいますよね。
川上 いますよね。でも、そうじゃないですよね。
それは、糸井さんがおっしゃったように、
言葉の隣の言葉とかが
決めてくれるものですよね。
糸井 そうですね。周囲の言葉がなかったら、
どっちだっていいんですよね。
川上 そうなんですよね。
私なんかほんといい加減だから、
「これはひらがなにしたら?」って言われると、
たいてい言いなりになってますね。
もちろんしないときもありますけど。
糸井 提案されたものが、
「あ、そのほうがいいな」って思わせることは、
ありますよね。
川上 けっこうすぐ思っちゃうんですよね(笑)。
わりと見境なく、
「あ、いっか」って思っちゃう。

糸井 川上さんは言葉の表記だけじゃなく、
改行とか、段落の構成とかも独特ですよね?
んー、なんていうんだろう、
主体がクルッと変わった短い文章が、
真ん中に挟まったあとで、
またすぐにもとの主体に戻ったりとか。
川上 あ、そういうのって、ありますよね。
糸井 あれ、気持ちいいんだよねー。
読んでて「めくるめく」んですよね。
川上 でも、そんなに独特ですか?
糸井 意識的に、あんなにやってる人って、
ぼくはあまり知らないです。
川上 そうですか。それもよくわかんないんですよ。
書いているものと途中で読み返してみて、
「これ、誰が書いたんだっけ?」
とか自分で思ったり(笑)。
わかんなくなったりします。
糸井 いいなあ(笑)。
川上 よくないです(笑)。
それで書き直したりするんで、
最終的にはわかるようになるんですけど。
書きながら、どんどんどんどん
(気持ちが)入っていっちゃうと、
そこのバランスがよくわからなくなる。
だから、書いてる最中の推敲は
よくするかもしれませんね。
ひょっとしたら、飽きっぽいのかな。
ひとりの人でずっと語ってると、
「もう、いいや、飽きちゃった」
みたいになっちゃうのかも(笑)。
糸井 すげぇ。
川上 いやだなぁ(笑)。

(続きます!)

2003-08-07-THU

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