ご近所のOLさんは、 先端に腰掛けていた。 |
vol.102 - Turtles can fly - ●ことしのいちばん ---- 『亀も空を飛ぶ』 いや〜年末ですね〜。 バタバタしてますか? なんで年末だとバタバタするんでしょうね。 そもそも年末と年始が隣り合わせっていうのって 不思議だなあ〜と思ったりして。 こんな両極端なものがくっついていて、 「さあ、頭を切り替えよう」みたいなシステムも すごいな〜と、人間というか、 とくに日本人って、きちんとしてるなあと、 年賀状の制度とか考えると思っちゃうんですね。 だってまだお正月が来てないのに、マジメな顔して、 「あけましておめでとうございます」なんて せっせと書くわけですものね…。エラいなあ。 …なんて平和なボケはこれくらいにして(笑)、 年末ということで発表しま〜す。 邦画と洋画を合わせて、 ことしいちばん心に響いたのは 『亀も空を飛ぶ』という作品です。 これは完璧に衝撃でした。 いまの平和を噛み締め、世界の混沌を思い知り、 自分の無知を恥じ、偏った報道を呪い、 映画ってスゴいなあと改めて思いました。 え?「亀が空を飛ぶって?」 一瞬ガメラの映画と間違えてしまいそうな(違う、違う) この映画は、イランの映画です。 イラン人であり、クルド人である バフマン・ゴバティ監督の作品で、 2003年のアメリカ軍侵攻を目前にした、 イラク北部、トルコ国境近くの クルディスタン地方の小さな村が舞台の映画です。 たび重なる大国間の戦争に翻弄されてきた、 国土を持たない「世界最大の少数民族」クルド人。 そのクルドの子どもたちがたくましく生きる 生き生きとした姿が印象的です。 戦争のために、親がいない、足が無い、腕が無い、 そんな悲惨な現実に立ち向かう彼ら。 「クルド人は、生まれたときから大人なのです。」 とゴバティ監督は記者会見で話していました。 つまり、彼らには子どもらしく生きるための時間が無い。 生まれたときから「生きるために」暮らすという 厳しい人生を選択せざるを得ない。 要するに、幼いときから働かなければならないし、 あまりにも哀しい現実を受け止めなければならないし、 受け止められなくても、対処しなければならない。 そういう子どもたちを描く映画なのですが、 少しも暗くないし、むしろ彼らの笑顔はすごく明るい。 実際、監督が、 「これからどうすればいいのか。 なぜ映画をつくるのか」と希望を失い、 精神的に落ち込んでいた時間があったのだと。 でも、映画を撮ろうとイラクに行って、 映画に出てくるヘンゴウのような、 手や足のない子どもたちに会い、 一緒に映画を撮っているうちに、 「エネルギーやあふれる情熱をもらいました。 今も彼らにとても感謝しています。」 という監督の笑顔も最高なんですけどね。 村の子どもたちのリーダー、サテライト少年は、 迫ってくる戦争の情報を集めるために、 衛星放送用のパラボラアンテナを買いつけ、 村のモスクに設置したり、 子どもたちに地雷を掘り起こす仕事を割り付けたり、 大人と地雷売買の交渉をしたり、 大人顔負けのしたたかさで仕切っています。 カリスマ性さえ感じさせるなサテライトが、 難民として流れてきた兄妹に出会い、 その妹に一目惚れ。 しかし、兄妹は哀しすぎる現実を背負い、 絶望のギリギリのところで持ちこたえ、 サテライトの優しさに心を許そうとはしない。 両腕の無い兄のヘンゴウには予知能力があり、 地雷の場所や次の戦争について予言をし、 サテライトのリーダーの威厳を脅かす。 妹のアグリンは、目の見えない赤ちゃんを連れ、 しかし邪魔物のように扱っている。 なぜなのか。 両親を殺された上に4人の兵士にレイプされ、 出来た赤ちゃんだったのだ。 しかし兄ヘンゴウは、それでも尊い生命として 育てて行こうとがんばっていた。 しかし、大きな憎しみとともに、 自分自身を許せないアグリンは、 赤ちゃんを背負い、苦しみ抜いている。 それは、サテライトにも、兄にも、 どうすることもできない現実だった。 監督の言葉では、 「私の映画はとてもシンボリックな映画と言えます。 クルド人は、イラン、イラク、トルコ、シリアの 4カ国にまたがって暮らしているのですが、 映画では、少女が4人の兵士にレイプされる設定です。」 ということなんですね。 そう考えるとタイトルの「亀も空を飛ぶ」も、 赤ちゃんを背負う少女でもあり、また、 国を持てないという現実を背負うクルド人の姿 にも重なってきます。 ●彼らの微笑みは世界でいちばん美しい。 すごいなと圧倒されたのは、 子どもたちの恐ろしいほど自然な演技です。 監督は3カ月かけて村々を回り、 素人の子どもたちをスカウトしたあと、 同じテントで寝たり同じ場所で食事をしたりして 過ごし、細かな動作を観察して、演技に活かした ということです。 そして、映画が出来上がり、 「イスファハーン児童映画祭」で上映することになり、 子どもたちをイランへ呼び、 そこで初めて子どもたちが映画を観ました。 そのときのことを監督が想い出し語りました。 「そばに座って、画面ではなく子どもたちの顔を見て いたのですが、とってもおもしろかったですね。 彼らは自分の映像を見て、泣きながら笑っていたんです。 そのときの彼らの表情というものは、 説明できないくらい、 世界でいちばん素晴らしい表情だと思いました。」 それを聞きながら彼らの表情を浮かんだと同時に、 彼らを信じている監督の優しさが身にしみて きました。 ●イラクの映画館は崩壊してしまった。 この映画を観るまで、私の生活の中に、 クルド人のことを考える習慣はありませんでした。 湾岸戦争も、アメリカのイラク侵攻も、 国という単位で無理矢理な解決をしているという 大枠での見方はしても、その中で翻弄されている クルド民族の日々の生活については、 報道されることも少なく、 難民キャンプを映像として捉えても、 そこに住む人々がどんな経緯で、現実そこに居て、 これからどうなっていくのか。 遠く日本にいて想像するには、あまりにも 材料が少なすぎる(というのは単なる 想像力の乏しさの言い訳にしかならないかも しれません)。 記者会見で、 監督がひとつ聞いてほしいことがあると言いました。 「イラクの人々がいま必要としているのは、 文化的な活動、映画や芝居や音楽祭ができる カルチャーセンターのような場所です。 日本の自衛隊はずっとイラクに駐留していて、 その予算は何に使われているかはっきり分かりませんが、 文化的な活動は見られないんですね。 私が行ってみたところだと、韓国から来ている軍隊は、 移動しながら物を直していく、 移動しながら学校等を作っていく、 ということをやっています。 ひとつの場所に留まっていませんし、 文化祭のような文化的なイベントも考えてくれて いるんですね。 それで今クルド人にとって韓国人は、 とても恋しい人になっていまして、 そういった動きは日本の自衛隊には見られません。 私の声がどこまで届くのか分かりませんが、 この場を借りて日本の政治家に ひとつお願いしたいんです。 予算があるなら、皆が期待している文化活動に 使っていただきたいんです。 教育の場だとか、映画館や文化的な楽しいイベントを やれる場所は少ないので、そういう部分で日本の 活躍を見たいと思っています。」 ということです。 恐らくそれぞれの国の割り振りは決められていて、 韓国は文化担当で日本はライフライン担当、 みたいに決まっているのかもしれませんが、 現場の声として、大切な感想だと思ったので紹介します。 確かに、映画のような直接生活に役に立たないものに (そうは思わないけれど) お金を使うよりも、もっと大切な福祉活動に使う、 というほうが分かりやすいし、 税金が使われるわけですから、国民に説明しやすい のでしょうが、クルド人の本を読むと、 生活に音楽やユーモアを欠かせないという、 楽しいことが生活のエネルギーになっている のがわかります。 これからは文化活動への支援も項目に入ると うれしいなと私も思います。 まあ、それは自衛隊じゃできないとは思いますが。 その意味では、日本国内でも、映画の位置は、 どうも低いと感じることがあります。 本当に観たいもの、質の良いもの、価値のあるもの、 が観られているかというと、難しい状況がありますね。 地方に行くと、シネコンの影響で、どんどん街なかの 小さな映画館が無くなり、とうとう 映画館は無くなりました、という環境があったり。 なんかイラクと同じ状況じゃないか、 重大問題だ! と考えています。 11月にある映画の会議に参加してきたので、 また今度ゆっくりお話しします。 さて、新年がすぐそこですが、明けて早々に 『ホテル・ルワンダ』がいよいよ公開されます。 ほぼ日でも、鈴木すずきちさんの 『翻訳前のアメリカ』で紹介していた “『ホテル・ルワンダ』日本公開を求める会”。 私もツルミさんから教えてもらって署名しました。 そして映画は…。 ということで、次号で少し書いてみます。 最後に、『亀も空を飛ぶ』のタイトルは、 「不可能なことはない」という意味も 込められているそうです。 ヘンゴウ役のヒラシュ・ファシル・ラーマンには 義手を作り、 サテライト役のソラン・エブラヒムは映画監督の道を、 アグリン役のアワズ・ラティフは女優の道を、 目の見えない赤ちゃんは、手術で目が見えるように、 監督たちスタッフは、 映画のあとも子どもたちの世話をし、 イタリアの配給会社や クルド自治政府バルザー二首相の支援もあって、 それぞれが希望の道を歩み始めたようです。 映画で世界が変ることを夢見て。 今年もご愛読、ありがとうございました。 ---------- *記者会見の言葉は「映画よもやま話」を 参考にさせていただきました。 ちなみに最後の質問は、まーしゃからの質問でした。 *クルドのことをもっと知りたいときは、 『クルディスタンを訪ねて』(松浦範子著) がお薦めです。 Special thanks to Moviola. |
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2005-12-28-WED
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