ご近所のOLさんは、 先端に腰掛けていた。 |
vol.107 - When I turned nine - ●あのころ君は若かった〜。 ---- 『僕が9歳だったころ』 『僕が9歳だったころ』のウリムとヨミン □韓国の映画『僕が9歳だったころ』 ユン・イノ監督に会いました。 あれは去年のクリスマスのちょっと前で、 ちょうど『ALWAYS 三丁目の夕日』とか、 『カーテンコール』が公開されていて、 日本全国昭和ノスタルジーの海にどっぷり 飲み込まれていたころ(大げさか)‥‥。 『カーテンコール』の臼井プロデューサーに お話を聞いたときに、なんでいまこういう ノスタルジーな映画が出てくるんでしょう、 なんて話していましたよね。 ときを同じくして韓国でも 「そうそう、あのころは‥‥」と、 子どものころが無性に懐かしくなるような 映画ができていたんだなあ、なんか、 シンクロしているのかなと思ってました。 実際には、この映画は2004年の作品で、 「2004年アジアフォーカス・福岡映画祭」に 招待されていて、そのときにもユン監督は ゲストで来日しています。 とてもかわいい映画で、見終わると、 灯りが心の中にポッと点灯されて ほのぼのとした感覚が残るような、 こんな寒い冬にはうれしい温かさです。 かわいらしさの中に「家族愛」とか「信頼」とか、 いま失われつつある大切な“ハート”が ギュッと詰まった「芯」があります。 『9歳の人生』(ウイ・ギチョル著)という 韓国のベストセラー小説の映画化で、 アメリカで助監督として修行したユン監督の、 “家族との関係”をテーマにしてきた 『バリケード』、『マヨネーズ』に続く3作目。 いわゆる“韓流”という流行の外側にある、 『おばあちゃんの家』や『我が心のオルガン』 といった、どちらかというと、 地味め路線を行く流れでしょう。 撮影は『我が心のオルガン』の ベテラン、チョン・ジョミョン。 美術は『おばあちゃんの家』『オアシス』の シン・ジョミンが担当です。 舞台は1970年代の韓国の田舎(慶尚道)の小学校。 9歳のヨミン、ギジョン、グムボクの3人は、 大の仲良しでいつも一緒に遊び、助け合い、 堅固な信頼関係を結んでいます。 ガキ大将の座を争うリーダー格のヨミン。 さりげなくヨミンを助ける副将ギジョン。 じつは影のリーダーかもしれない ハッチャキな女の子グムボク。 この3人の結束は、グッとくるものがあって、 潔くて、胸キュンで、うらやましい。 で、そんな片田舎の小学校に、ソウルから、 清楚でお嬢様風のウリムが転校してきます。 ガキ大将のヨミンはあっという間に恋をし、 固い友情で結ばれたトリオに波風が。 だけどなんだか鼻持ちならないウリムの態度は、 周りから反感を買い、案の定いじめられます。 仲間との友情と、恋との板挟みのヨミン。 「どうすんの〜、オレ?」状態ですが、 お嬢様のウリムには、じつは秘密が‥‥。 なんとも懐かしく思える田舎の風景の中で、 子どもたちは精一杯毎日を生き、大人の階段を 一歩ずつ上っていく。そして、 ムムっとうならせるエンディングが待っています。 □大人は寂しい? さて、1963年生まれのユン・イノ監督は、 人なつこい笑顔で、 なんか小中学校のクラスにいたなあ、 みたいな懐かしさを感じつつ、 言葉のバリアーを超えて話が弾みました。 ── 日本には何回もいらしているとか? 監督 トータルで20回近く、東京は7、8回来ています。 ── え、そんなに? 日本はいかがですか? 監督 日本は好きです。 東京もソウルも、両方忙しいのは変りませんが、 東京はソウルほど、ごちゃごちゃしていないし、 うるさくないところがいいですね。 ── (東京はうるさいと思っていたのですが、 そうなんですね。ソウルに比べると‥‥) なぜ「いま」この映画を作られたのですか? 何か必要性みたいなものを感じて? 監督 まず、大人たちに向けて 「なぐさめ」になるものを作りたいと思いました。 そのためには、大人の話を描いていては、 大人のなぐさめにはならないのではないか と思いました。 そういう意味でも、大人たちの誰もが経てきた、 そして戻りたくても戻れない、 子どものころの話であれば、 そのときのころを思い出して、懐かしく思い、 なぐさめられるのではないかと思いました。 ── 大人はいま「なぐさめ」が必要なんですね‥‥。 監督が先ほどおっしゃったように、 ソウルも東京も忙しくて、心が荒んでくるというか、 殺伐とした事件もあったり、寂しいという感覚も 強いような気がしてしまうのですが。 監督 そうですね。私自身、そういうふうに感じます。 たとえば、誰か人と会っていても、 会えば会うほど、より寂しさを感じたり、 街の中はほんとにごちゃごちゃしていて、 たくさんの人が居るんだけれど、その中でも、 「独りだ」と感じることもあったりします。 子どものころにつきあいがあった人には、 いまはなかなか会えないのですが、 この映画を作ることによって、 一瞬、人を「昔」という世界の中に戻してあげる ことができるのではないか。 この1時間何分という短い時間なのですが、 子どものころによく遊んだ友だちとか、 当時の(時間の)両親とか、近所の人とか、 会いたいと思っている人に 映画の中で会えるのではないか、 そういう意味で、大人のみなさんへの プレゼントになるのではと思いました。 ── (プレゼントって、なんかかわいい) □映画遊びをしよう! 4カ月をかけたオーディションを経て、 選ばれた14人の子どもたち。 主演のキム・ソクとイ・セヨン以外は、 それまで普通の小学生だったそうです。 でも彼らの自然過ぎるほど自然な演技が、 「会いたい人に会える気がする」とまで思わせる リアリティを作り出しているようです。 とくに、グムボク役のナ・アヒョンの表情は たまらなくて、釘付けになります。 ── 子どもたちの演技は、まるで 演技してないみたいに自然です。 事前に合宿をしたということですが、 どれくらいの期間、どんなふうに? 監督 期間は3カ月くらいです。 釜山の子どもたちが多かったのですが、 みんなをソウルへ集めて、 マンションを1つ準備して、 もちろん、ソウルに親戚のある子どもは、 そこにお世話になり、そうでない子どもは、 一緒にマンションに住みました。 学校も一時的にソウルの学校に転入させました。 撮影が本格化して、 なかなか学校へ通えない時期には、 スタッフたちが子どもたちの家庭教師もしました。 子どもたちの演技が自然というのは、 彼らは一緒に時間を過ごして 仲良くなっていましたし、 自分たちが演技をしているという意識が、 薄かったのだと思います。 やはり大人じゃない分、早く同化できたみたいで。 僕も「これから演技をするんですよ」ではなくて、 「みんなで映画遊びをしよう!」という感覚を 持ってもらえるようにしました。 ── ヨミン、ギジョン、グムボクの関係が すごくいいなあと思います。 監督が子どもを描くにあたって、 心を注いだのはどんなことでしたか? 監督 自分も子どもたちと過ごしながら、 いろんなことを感じました。 彼らの中で、信頼関係が、 ちゃんと築かれていることを感じていました。 もちろん、子どもなので、大人と比べると、 些細なことで誤解が生じやすいし、 トラブルもすぐ起きてしまうんですけど、 逆に誤解が解ければ、相手を許すという 気持ちの幅も広いし、すぐ仲直りできる。 そういう面は大人たちは学ぶべきだなと思いました。 実際に、イ・セヨン(ウリム)が、 役の上でソウルからやってきた設定で、 映画の中で、ある意味、浮いてしまって 仲間はずれになる役柄だったのですが、 撮影が終ると、セヨンのことを 子どもたちが気遣って、 「セヨンちゃん、何が食べたい?」とか みんなで心配りをしていることも多々ありました。 そういう姿を見ると、大人たちよりも、 子どものほうがずっとちゃんとしているなと 思いましたね。 □ヨミンとギジョン ヨミンは強くてリーダー格だけど、 「ガキ大将」と呼ばれることに疑問を感じてしまう、 タフでナイーブな魅力的な男の子です。 前述の仲良しトリオの信頼がそうそう崩れないわけは、 このヨミンが「リーダー」として大事なことを わかっているんだろうと思うんです。 そんな理想的な男の子いたかなあと思っていたら、 監督はあっさり「いないでしょう、実際には」と。 でも監督が小さいときに理想としていた、 ヒーローのようなヨミンを描くことで、 ヨミンは監督の分身のような存在になっていたようです。 「実際に彼のような存在がいたら、きっと 10回くらいは結婚できるんじゃないかな」 と笑う監督は、目下独身。 私は、副将ギジョンのさりげない献身ぶりも、 ちょっとニヒルでかっこいいと思ったりして。 目立たないけど出来るヤツっていたっけなあ。 なんて、ついつい、真剣に小学校のクラスにいた 友だちを思い浮かべながら観ちゃう作品です。 さて、みなさんは誰を思い浮かべますか? コワーイ先生? 転校生? バスケ部のキャプテン? うさぎ小屋? 『僕が9歳だったころ』は、 2月4日(土)よりシャンテシネにて、 いよいよ公開です。 Special thanks to director Yun In-ho and Naoko Ishida (Lem). |
ご近所のOL・まーしゃさんへの激励や感想などは、
メールの表題に「まーしゃさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ってください。
2006-02-03-FRI
戻る |