OL
ご近所のOLさんは、
先端に腰掛けていた。

vol.140
- Paris Je T'aime 2 -


ガイドブックに載ってないパリ案内
──『パリ、ジュテーム』その2



©Frederique BARRAJA / Victoires International 2006
(写真はガス・ヴァン・サント監督の「4区、マレ地区」)


さて諏訪敦彦監督の第2回です。
いよいよ『パリ、ジュテーム』のことを伺います。

1区から20区までの18本の短編のうち、
「2区、ヴィクトワール広場」
(ルーブル博物館より少し北に行ったところ)
を撮った諏訪監督。

話はちょっと逸れますが、
最近、諏訪監督の『M/OTHER』を
劇場でまた観る機会があって。
というのも、なかなか手に入らないし、
けっこう貴重な機会だったんです。
まえはビデオで観ていたので、
スクリーンでもう1回観られたのはラッキーでした。

ある問題が起こった恋人同士の気持ちの揺れを、
キャストの方々と一緒に、
リアルに作り上げていくようなやり方で、
ほんの些細な揺れもおろそかにしない、
ある種、厳しいくらいの緊張感が味わえるし、
「自分ならどうするだろう」といつも自問する
ことも、もしかしたら求められているような、
(とくにズケズケと「あなたならどうしますか」
なんて訊くような押し付けがましさは毛頭ないけれど)
だんだん、自分が映画の中で起きている問題の、
当事者になっているような感覚を覚える、
不思議な空気を劇場で吸っていました。

で、今回は、そういったこれまでの、
いわゆる即興的な手法とは違う、
なにか新鮮なSUWAFilmを観た気がして、
おそるおそる何が違ったのかを伺ってみました。
“おそるおそる”というのは、
全然お門違いのこと言ってて、
「え! 違うわけがないよ、ボクのやり方」
なんて叱られたらどうしよう〜、
って畏れたのですが、いや、やっぱり、
今回は違った撮り方をやってみたということで、
「映画ファンのような気持ちで撮りました」
という言葉には、ほっとしたのでありました(笑)。

カウボーイが大好きだった息子。
その最愛の息子を亡くしたばかりの母親
(ジュリエット・ビノシュ)の哀しみ。
そこへとつぜん馬に乗って出現した
カウボーイ(ウィレム・デフォー)。
「息子に会いたいか、
 私について来る勇気はあるか」と、
問われた母は‥‥。

そんな幻想的なストーリーは、
じつは諏訪監督の息子さんとの、
かわいいやりとりから始まったそうです。
アンデルセン「墓の中のこども」を
下敷きにしたストーリーのことから
お話を聞きましょう。

□彼は、自分が出たかったんじゃないか‥‥。

諏訪 ちょうどこの映画を考えていた時期が、
   2002年だったんですけど、
   僕が撮った「2区」というのは、
   プロデューサーから提案されたんです。

   そのころ、子供と一緒にフランスで
   1年間暮らしていたんですね。
   文化庁の派遣だったんですけど。
   ちょうど日本をちょっと出たかった
   というのもあって‥‥。
   「どこかへ行ってしまいたい」という
   気持ちもあったんですけど、
   フランスで家族と一緒に1年過ごしてました。
   で、街をブラブラ歩きながら、
   何を作ろうかなと考えていたんです。

   (映画の長さが)5分なので、
   いままでの作り方じゃだめだと、
   5分では何もできない、
   だいたい5分くらい沈黙があっても
   平気な映画を僕、撮りますからね‥‥。

   今回は、逆に5分だから、
   “物語を話してみよう”と。
   たまたまアンデルセン童話集をパリで買ってね。
   パリにいるときは、TVもそうだし、
   フランス語もちょっとしかわからないから、
   読むものも少ないんですよね。
   日本の本屋も少ないですから。

   そのとき下の子が幼稚園だったんですが、
   彼はいきなりフランスに連れて来られて、
   フランスの幼稚園に入れられて、
   毎日苦労してました。
   がんばってましたけどね。

   ほかの子は給食を食べたりするんですけど、
   彼は淋しいので「できるだけお父さんが、
   一緒に食べてあげてください」と先生に言われて。
   幼稚園に迎えに行って、一緒に食べて、
   また送り返して、っていうふうに、
   いつもお昼を一緒に食べてたんです。
   そのとき
   「次の映画考えてんだ。何かいい話ないか」
   って聞いたら、息子が、
   「子供がカウボーイをパリで探す話はどうか」って。
   彼は自分が出たかったんじゃないかと
   思いますけど(笑)。


── 出てほしかったですね〜。

諏訪 そこで、パリでカウボーイはおもしろいなと、
   馬に乗ったカウボーイがカッカッカッと
   出てきたらいいよな、と思って、
   それと、アンデルセンの原作を合体させて、
   プロデューサーにプレゼンしたんですね。

   プレゼンっていうか‥‥、
   この企画は急に動き出したんですね。
   ずっと前からあったんですけど、
   なんか動かなかったんです。
   でも急にやることになって、
   何か出さなきゃいけないって。
   たまたまその話を「じゃ」って出したんです。
   そうしたら「おもしろいじゃない」っていう
   話になり、「カウボーイは誰にしよう」ていう
   話になって、パッと進んだんです。


── そうでしたか。
   じゃ、ウィレム・デフォーが決まってて、
   カウボーイにしたのではなくて、
   カウボーイをデフォーで行こうと‥‥。


諏訪 じつは彼は“死神”なんです。
   原作のアンデルセンでは、死神が現れて、
   「私についてくる勇気はあるか」
   と言うわけです。
   子供が、カウボーイが好きで好きで
   しょうが無かった子で、
   死神で、カウボーイ‥‥、で、
   デフォーが浮かんだんです。
   本当は、最初はクリント・イーストウッド
   にしようと思ってたんです。


── へぇーーー!

諏訪 で、実際オファーもしたんです。
   返事もあって、いろいろやりとりもあって。
   最終的にはちょっと出来なかったんですけど。


── それもまたすごいですね。

諏訪 でも、デフォーがよかったと思うのは、
   彼も年を重ねて来て、顔つきに風格ができたし。


── はい。とても死神っぽくて‥‥。

諏訪 ひじょうに人間的に幅の広いというか、
   懐の広い感じを受けましたね。


── ジュリエット・ビノシュは?

諏訪 最初にデフォーが決まって、
   それでウィレムから1つ提案がありました。
   母親役にジュリエット・ビノシュはどうですか、と。


── そうなんですか。

諏訪 向うから提案があったんです。
   僕は想像してなかったんですけど、
   いままで組んできた俳優さんと
   随分タイプが違う人なので、
   ジュリエット・ビノシュというのは。


── そうですね、そこも意外な感じでした。

諏訪 そんなこともあって
   「じゃ、ま、会ってみよう」って。
   ウィレムが一緒にやってみたいって言うんだったら、
   いいんじゃないかなって感じになって、
   ジュリエットに会いに行ったんです。

   だから、いままでと違うことをやっていく環境が
   できていった、っていう感じです。


   

── やっていかがでしたか、監督になにか変化は‥‥。

諏訪 どうなんでしょうね。
   変わったかどうかは、その次を撮ってみないと、
   わかんないかもしれないですけど。
   でも、全然違う経験をしたのは、
   おもしろかったですね。


── 私も、なにか別世界を観たという感じがして、
   こういう諏訪さんの世界も観たいかも、
   って思いました。


諏訪 ほんとに、自分の作品って感じで作っている時は、
   かなり苦しみながらやってるところもあって、
   どうしてもやらなきゃっていう
   切迫したものもあるんですけど。

   今回、内容的には、
   自分の中にも厳しいものっていうか、
   もう「死ぬ」っていう感情を描くのは、
   すごく辛いことなんだけど、
   一方で、すごくリラックスして。
   ま、いいじゃないか、という。
   馬が出てきて、いいじゃないかと(笑)。
   子供の頃は、西部劇が好きだったので、
   夢のような‥‥、
   馬が撮れるっていいなって思ったんです。

   楽しんで、映画ファンのような気持ちで撮りました。


   つづく。

多国籍なわりと大きなプロジェクトの中で、
少しだけリラックスして楽しみながら
作っていらしたんだなあ、って知って、
ますます、この映画の楽しみが増えました。

それにカウボーイ役を
クリント・イーストウッドでっていうのも、
パリの石畳にどうだったかと
想像してみたりしておもしろいですが、
ウィレム・デフォーの厳しさと優しさが
同居するような、味のある顔つきに、
ヨーロッパの深い歴史が刻まれた感じもして、
ほんとに必見の渋いカウボーイです。

じつは、この映画は、
観る人によって驚きの場所が違うみたいな、
まるで宝探しのような作品だと思うんです。
そこで、諏訪監督だけが見つけた
『パリ、ジュテーム』の“宝物”を、
次回、教えていただこうと思います。
みなさんの宝物は何処だったでしょう?

すでに観た方も、これからの方も、
どうぞお楽しみに!

『パリ、ジュテーム』
2007年3月3日よりシャンテ シネ、恵比寿ガーデンシネマ、
新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー


Special thanks to director Nobuhiro Suwa and
TOHOTOWA. All rights reserved.
Written by(福嶋真砂代)

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2007-03-02-FRI

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