OL
ご近所のOLさんは、
先端に腰掛けていた。

vol.146
- Koishikute 2-


失ってはじめてわかる大切なもの
──『恋しくて』その2



© 2007「恋しくて」製作委員会
4/14テアトル新宿、4/28銀座テアトルシネマ他、全国ロードショー


『恋しくて』の中江裕司監督の第2回です。

『恋しくて』のなかで、
石田法嗣さんが演じるのは
19才のセイリョウ。

“セイリョウズ”のバンドリーダーで、
加那子の“にぃにぃ”の役です。
石田さんはこのとき16才だったこと、
素人の高校生たちの中で唯一、
プロの役者さんだったこと、
そして石垣島の言葉を話さなければならないこと。
しかも監督の要求は、
沖縄の人が聴いて「沖縄の人みたい」
と思われるように、という難易度の高いもの。
他の高校生役たちと一緒に合宿をして、
ピアノとドラムを練習し、どこから見ても、
石垣島の“にぃにぃ”になりました。

さて、セイリョウの性格を見てると、
「バンドやっどー!」「東京行くどー!」
そして「やめるどー!」え〜〜?!
あげくの果てに独り放浪に出てしまう‥‥。
なぜにこんなに唐突なんだろうと不思議に思い、
「いったい、誰なんだろう‥‥」と、
素朴に、中江監督に伺ってみました。

□僕は「スイッチを入れる係」なんですよ。

中江 (笑)
   スタッフとかプロデューサーに言わせると、
   「セイリョウは監督だよね」って。
   すごい気まぐれに「こっちだー」って
   言うみたいですね(他人事のように)。
   スタッフはそのたんびに大騒ぎして‥‥(笑)。


── そうなんですか〜(笑)。

中江 僕は自覚してなかったんですけど、
   ま、そうみたいですよ。


── エイジュンもカナコも、
   べつに決められたからセイリョウについて行く、
   というだけじゃなくて、セイリョウのカリスマ性に
   惹きつけられて、バンドの仲間もついていく。
   きっとその雰囲気が映画のチームの
   雰囲気なのかなあと想像してて‥‥。


中江 だから、セイリョウの映画なんだろうなと
   思ってましたし、
   もちろんエイジュン、カナコの物語なんですけどね。
   まあ、セイリョウの映画‥‥、
   もっと言うと、セイイチです。
   つまり、セイリョウのお父さんの
   映画かなあとも思ってました。
   “恋しくて”ってエイジュン、カナコの“恋しくて”
   なんですけど、僕の中では、
   セイイチとスミコの“恋しくて”なのかなと
   思ってまして。
   だって、この映画の中での「恋しくて」という曲は、
   セイイチがスミコに書いた曲ですから。


── あ、そうですよね、うん、うん。
   あの、歌を渡すシーン、いいんですよね〜。


中江 最初にBEGINの「恋しくて」を聴いたときに、
   僕は、なんかそんなふうなことを感じたんですよね。
   BEGINのメンバーは、自分たちにとって大切なものを
   失っていて、それを抱えて歌っていて、
   “抱える”というのではないけれども、
   それを前提として歌っている感じが、
   すごくしたんですよね。
   その感じが、この脚本を
   僕に書かしてくれたんだろうなという感じがします。


   

── 日本の南端の八重山諸島にいると、
   “東京”という言葉が、
   どこか空々しく、寒く聞こえる
   ことがあるんじゃないかと思うんですけど。
   突然の「東京行くどー」の決め方は、
   BEGINの気持ちの中にあったのかなと
   思ったりしたんですが。
   「目指すなら東京だぞ」っていう。


中江 あのね、かわいいんですよ、田舎の人って。

── (笑)

中江 べつに東京じゃなくても、
   ニューヨークでもいいんですけど。
   つまりまあ「東京行くぞ」ってことなんですよ。
   島にいると、やっぱりここじゃないどこかに
   行きたいわけですよね。
   いや「東京行くぞー」って言っておいて、
   大阪に行っちゃった人もいるわけですから。
   「東京=日本」なんですよね。


── あはは、そうか、だから東京‥‥。
   で、現実になるからスゴイことです。


中江 たぶん、なんのリアリティも無く、
   彼らは言ってると思います。


── リアリティ無いんですね。

中江 無いと思いますよ。東京に行くということに。

── あれよ、あれよとオーディション通って、
   東京に来たものの
   「なんでここにいるんだ」みたいな‥‥。


中江 そう、いざとなったら恐くなって泣いてる、
   みたいな人たちですからね。電車も乗れないし。
   初めて東京で撮りましたね。
   ずっと沖縄ばっかりでしたから。


── あ、そうか、そうですね。

中江 最後のエイジュンが手紙を読む海のシーンは、
   すごい探しましたね。
   海にパーンしていくんですけど‥‥。


── どこの海ですか。

中江 あれは、子安です。
   すごい探しましたよ。
   繋がっていたかったんですよ。
   海は繋がっているじゃないですか。
   繋がっている感じを出したかった。
   向こうに延びている場所が欲しくて。


── 石垣島に繋がる海。

中江 そういう感じがどうしても欲しかった。
   だからエイジュンが手紙を読んで、
   そのままパーンして、思いはそっちに行って、
   気持ちはやっぱり石垣に戻っていって
   もらいたかった、ですね。


── 今回、エイジュンもカナコちゃんも、
   マコトくんもヒロシくんも、
   みんな初めての俳優経験ということで、
   リハーサルも長かったと聞いてますが、
   監督から見てみなさん、どういうふうに?


中江 いや、もう、こいつらの映画ですね。
   ま、彼らだけじゃなくて、
   「太ももファイブ」とか、
   他のバンドのメンバーも含めて、
   高校生たちの映画ですよ。
   僕はそれを手伝っていただけですよ。


── “ドキュメンタリー”とおっしゃるのは、
   そういうことなんですね。


中江 はい、もう彼らの映画です。

── 彼らのエネルギー‥‥、

中江 ‥‥が、引っぱっていったし、
   彼らが自分で考えて作ったし。


── そうなんですか。

中江 たんに僕がこうやれと言って、
   彼らがやったわけじゃないんですね。


── 脚本をもとに考える?

中江 考えるのは当然で、
   自分たちなりに理解しようとしたんじゃ
   ないですか、ひとりひとりの役を、
   ひとつひとつのシーンを。
   撮影現場に誰も台本を持って来ないんですよ、
   役者は。スタッフも僕も持ってますけど。


── 入っちゃってるんですね。

中江 そう、全員。

── その人物を生きてる。

中江 生きてますね。
   だから、撮影が終って宿舎に戻っても、
   エイジュンはエイジュンで、
   カナコはカナコですからね、
   撮影中はずっと。
   だからあの2人は本当に恋をしてたし。


   
   © 2007「恋しくて」製作委員会

── はい。

中江 映画の中だけの恋なのかもしれないけど、
   現実にどうか知らないけど、
   そこは僕はどうでもいいので。
   ただ、プロじゃなくて素人なので、彼らは。
   「恋した演技なんか出来ないでしょ、君たちは。
    だからほんとに好きになる以外、
    無いんじゃない?」って話をして。
   その間だけはほんとに好きになりなさいって。


── 素人さんを起用するところの凄さ、
   思いがけないものが生まれたり。


中江 そうですねー。彼らは変っていきますしね。

── 何ヵ月の撮影だったんですか。

中江 1ヵ月ちょっと。35日くらい。
   その前にリハーサルを3ヵ月ぐらいやってます。


── 瀬戸さん(助監督)の撮影日記がおもしろくて、
   東里くんが変わった瞬間のことが書いてあったり。


中江 瀬戸も大好きでね、彼らのことが(笑)。

── エイジュン(東里くん)は、
   あまりやる気がなかったと、最初は‥‥。


中江 最初、彼はイヤイヤだったんですよ。
   あいつ、逃げようとしたんですから。


── (笑)よくつかまえましたね。

中江 どうしても、来い! って言って。

── やる気満々な人が役を掴むのかと。
   逃げ腰の人をつかまえるなんて‥‥。


中江 ええ、いや、まあ‥‥。
   やる気があるかないかは別として、
   やれるかどうかってことが、
   やっぱり大事なことで。
   ただ、彼は逃げようとしてましたけど、
   オーディションに受かった瞬間、
   「ボクはエイジュンをやるんだ」という
   自覚はものすごく持ってましたね。


── 覚悟ができたんですか。

中江 最初のうち、彼は実感できなかったと
   思うんですけど、
   オーディションは5次審査までやってるんです。
   ずっと進んでいく中で、
   2次で彼は逃げようとしたんだけど、
   3次、4次と本島でやってて、
   そのたびに石垣から彼を呼んでやってたんです。
   だんだん審査が進んで人が減って行って、
   それを彼は目の当たりにしているんですよね。
   どんどん落とされた人たちがいて、
   自分たちはその代表というようになって、
   最後は17、8人ぐらい残って、
   そこで合格の5人を発表しました。
   僕らは後で通知をしようとしたんですけど、
   その時、スタッフと相談して、
   ここまでみんなオーディションで、
   がんばってきたから、
   みんなの前で発表したほうがいいと。
   で、最終オーディションに残った全員を集めて
   「いまから発表します」って発表して、
   全員の拍手をもらったんですね。

   だから、翔斗は、自分よりももっと
   エイジュンをやりたい子がいたわけですから、
   彼らの分までやらなきゃいけないと。
   彼ら以上にやらなきゃいけないという
   覚悟が出来たと思います。

   すごく男気のあるやつなんですよ。
   だから、逆に恥ずかしがりやで、
   逃げ腰なんだけど。
   一度覚悟をしたら強いですね。


── かっこいいですね〜。

中江 うん、ちょっと、そういうヤツですね。

── 東里くんはこれからどうするんでしょう。

中江 東京出てきます、4月から。
   彼は音楽もやってるし、歌も歌いますし。


── そう、歌を歌うと人が変わったように
   なりますね。


中江 そうですね。

── 山入端(カナコ)さんはどうですか。
   役者を続けると?


中江 役者をやりたいんじゃないですかね。
   あいつはね、普段はぼーっとしているんですよ。
   逆に芝居、映画をやっているときだけ、
   生きているんだと思います。

   ふだん自分をなんとか抑えてるんだと思うんですよ。
   知らず知らずのうちに。
   すごくふだん大人しくて内気なんです。
   あんまり人の顔を見られないし。
   ぼーっとしているんですよ。


── はい(笑)。

中江 ただ、じゃあ、「きみはカナコだよ」
   っていうふうになったときに、
   パチンとスイッチが入る。
   いまはまた戻って、
   ぼーっとしてるんだと思うんですけど(笑)。

   あいつ、撮影が終った瞬間に何て言ったと思います?
   撮影が終った瞬間にですよ。


── え・・・?

中江 スタッフがみんな終ったって喜んでるときに、
   「さあ、シーン2からもう一回やり直しましょう」
   って。


── (笑)。

中江 終り頃になったら、
   カナコは淋しくてしょうがないんですよ。
   それだけ自分が“生きてる”って
   実感があったんでしょうね。
   すっごい素直で、ふだん真っ白なんで、
   ポーンと役に入りますね。


── オーディションでもそうだったんですか。

中江 びっくりしましたね。
   灯台のシーンをやったんですよ。
   歌いたくても歌えないっていう難しいシーンで、
   7〜800人いたオーディションで、
   他の誰も出来なかったんですけど、
   佳美だけできてたんです。

   たまに偶然出来ることもあるんで、
   「ゴメン、もう一回やってみて」と、
   彼女はしゃがみこんで下を向いていたので、
   それだと顔が見えないから、
   顔を上げてもう一回やってと言ったら、
   やっぱり出来るんですよね。

   それが不思議で、スタッフにも確かめて、
   「オレの目の間違い? 出来たよね」って。
   みんなが出来てたっていうので、驚きました。
   天性のところがあるんですよね。
   『ホテル・ハイビスカス』のホナミと
   似てるんじゃないですか。
   スイッチが入らないと出来ない。
   僕は「スイッチを入れる係」なんですよ(笑)。


   おわり。

中江監督が、
「あいつね〜」と親しみをこめて
子供たちのことを話すうれしそうな表情が
いまも思い出されます。
私の故郷、金沢で2日間行われた
「こども映画教室」でも、
小学生から高校生までの子供たちと一緒に、
楽しい映画作りをなさったということで、
助監督の瀬戸さんも応援にいらっしゃって、
子供たちも映画作りに熱中したそうです。
なんか、うらやましい〜です。

そんなふうに、中江監督の
子供たちへのあったか〜い愛情は、
お話をしている間もひしひし伝わってきました。
やっぱり監督は大将! いや、
みんなの“にぃにぃ”なんですね。

ではうらやましい『恋しくて』を観て、
みなさんも元気エネルギー満タンに
なりますように‥‥。

『恋しくて』

次回は、『サンシャイン2057』の俳優、
キリアン・マーフィーさんがアンニュイに
登場します。どうぞお楽しみに!


Special thanks to director Yuji Nakae and
alcine terran. All rights reserved.
Written by(福嶋真砂代)

ご近所のOL・まーしゃさんへの激励や感想などは、
メールの表題に「まーしゃさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ってください。

2007-04-18-WED

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