vol.149
- Shindo 1 -
●身体のなかに音楽が響くとき‥‥
──『神童』その1
© 2007「神童」製作委員会:シネマライズ、
シネ・リーブル池袋、新宿武蔵野館、他にて公開中
□萩生田宏治監督に会いました。
とつぜん元恋人の娘を預かることになった
独身の男(西島秀俊)が、
「もしかしたら自分の子供なのか‥‥」と
戸惑いながらも、その娘と心を通わせていく、
という、ほのぼのした『帰郷』では、
なんともやさしくせつない人間の描き方、
流れる空気の柔らかさがとても好きでした。
その萩生田宏治監督が、次は、
さそうあきらさんの大ヒットマンガ『神童』
の映画化でメガホンを取られたということで、
ワクワクして待っておりました。
やっぱり監督の周りの空気は柔らかく、
話してる間も、
あれ? なんかずっと友達だったみたい‥‥
なんて思わせてくれるほど、
親しみと人間味の溢れる監督でまたまた感動。
「これは僕にとって冒険的な映画」
とおっしゃる萩生田さんが監督をした
『神童』は、本格的なクラシック音楽の映画。
ドラマ「のだめカンタービレ」もあったり、
クラシック周辺が盛り上がっている昨今、
『神童』もクラシックの名曲の数々、
ベートーヴェン、モーツァルト、ショパン、
メンデルスゾーン、シューベルトが、
お客様を迎え入れてくれます。
しかもうれしいことに敷居は低〜く、
ふわふわ〜と引き入れられる感覚です。
監督は、ドキュメンタリー番組、
『情熱大陸』などのディレクターもされてきて、
やはり人間にとても興味がある方なんだなと、
お話してても随所に感じたのと、
クラシック界という独特な世界を描くとき、
ドキュメンタリーで培われたリサーチ力や
観察力がとても生きていると思いました。
でもそういう左脳的な要素も凄いのですが、
“身体に音楽が響き渡る感覚のすばらしさ”、
みたいな、言葉を越えたなにか、
むしろ右脳的世界が気持ちよくて、
クラシック音痴のまーしゃが観ても、
しっかりと感じ入りました(笑)。
それは、音楽大学を目指す浪人生、
青果店の息子の菊名和音(ワオ)と、
13歳のピアニスト成瀬うたとの
運命的な出逢いからはじまります。
言葉を覚えるより前に楽譜が読めたという
その特殊な才能ゆえに、
心のなかに孤独や葛藤を秘めながら、
もがき苦しんでいる“神童”うた。
そんなうたが、のんきなワオと出逢い、
音楽では凡才だけど、
うたと心で響きあうことが出来るワオと、
2人の間だけに奏でられるデュエット。
それから、うたのなかの大きな存在である
やはり天才ゆえに自ら命を絶ってしまった父。
「父とうた」のものがたりでもあります。
原作の印象や、監督をすることになった裏話、
自らピアノ教室に通ったこと、
うた役の成海璃子さん、ワオ役の松山ケンイチさん、
それからやっぱり父役の西島秀俊さんのことも、
聞きたいコトだらけでした。
謙虚でシャイな言葉に秘められた、
冒険好きで真面目でピュアな監督の姿。
では今回は一気にいきます!
Part 2まで一気に読んで下さいね。
□ちょっと冒険するみたいな感じで映画を作りたい。
─── 私は、一度目は完成披露試写会で、
ヤマハホールで見せていただいたんです。
完成披露の独特の興奮状態のまま上映が始まり、
どうも私は空気に飲まれてしまったみたいで、
一生懸命観なくちゃ、聴かなくちゃと、
気負い過ぎてしまったみたいで(笑)。
なにか大切な情報を
受けとれなかったようなんです。
萩生田 完成披露の上映って
僕も観てたんですけど。
おもしろいですよね、映画って。
その場の「気」で変わるんですよね。
─── そうなんですね。それであとでもう1回、
お願いして、落ち着いて見せてもらったんです。
じつはその前に、実家に戻ったときに、
ホコリを被って眠っているビアノの蓋を、
何年かぶりで開けて、触ってみたんです。
チューニングもしてなかったんですが、
「バイエル」とか出して弾いてみたりして。
そうしたら自分のなかに音が響く感触が、
聴くとはまったく違うことに気がついたんです。
で、その後に、2回目を観ると、
何か違うものが身体のなかに入ってきた
気がしたんですね。
萩生田 あ〜、そうでしたか‥‥。
─── 監督は最初、原作を読んだときは、
どんなふうな感想を持たれたんでしょう?
萩生田 僕も全然、音楽は馴染みがないというか、
学校の授業とか、クラシック音楽に触れる
唯一の機会がある音楽の授業も、
まったくもって熱心な生徒ではなかったんです。
─── うふふふ。
萩生田 だから、クラシックのマンガがあるから、と、
プロデューサーの根岸さんに「読んでみたら」
と薦められて、「え〜?」って、
ちょっと半信半疑で読みはじめたんです。
でも読むと、なんか感動してる感じなんです。
1話に1曲ずつ入ってる曲が、
まったく知らないんだけど、
こんな曲かも‥‥という感じで。
─── 読みながら、音が聴こえてくるような‥‥?
萩生田 全然具体的じゃないんですけど、
ふわっと、なんかこう、そういう空間が、
ピアノが弾かれるときにできるような‥‥。
なんの曲かというのは全然わからないし、
全く読み終えてからも覚えてないんですけど。
でもなんかかなり感動したんですね。
じつは僕はあんまりマンガも読まないんです。
─── そうなんですか。
萩生田 だから、「マンガ?」って。
最近、マンガの原作の映画多いしな、
なんていうぐらいの感じだったです。
─── そのときは「監督をやって下さい」
っていうんじゃなかったんですか。
萩生田 『帰郷』を観た根岸さんから電話があって、
なんか面接みたいな感じで会って、そんなふうに
何人かプロデューサーの方にお会いしたんですが、
だいたい、そのあと連絡ないんです(笑)。
─── ふだんはそこで終っちゃうんですね。
萩生田 そう。それで、根岸さんは大変キトクな方で、
「感想を聞かせて下さい」とおっしゃって。
もちろん映画化という前提も、
どこか頭の片隅にあったんですけど。
でもそのときは、スゴイなとか、楽しそうとか、
そういうものがあるのだな‥‥と。
曲も知らないし、全然わからないけど、
撮影に入ったらどうなんだろうっていうような
「冒険心」も、いくぶん(笑)。
─── 知らない世界に入るのはちょっと躊躇‥‥
萩生田 しますねえ‥‥。
─── でもそれを乗り越える何かがあった‥‥。
萩生田 ありましたね。
知らないものに入っていって、
ごちゃごちゃしながら見つけていくというか、
ちょっと冒険するみたいな感じで映画を作りたい
という気持ちもあって。
わかっているものを作るんじゃなくて。
ここに踏み込んで行ったら、何かがあるんだ、
「冒険だぞ!」というような映画を
作っていけたらと思っていて。
じゃあ「これはいいかも、冒険してみよう」
みたいな感じに思いましたね。
─── 根岸プロデューサーは、監督が、
ドキュメンタリーもやっていらしたし、
『帰郷』を観て、人間を描く監督の真面目で、
やさしい空気に惚れ込んでいらしたと‥‥。
萩生田 僕は、じつは『リンダ リンダ リンダ』で、
アーケードとかを作りに行ってたんです。
あれの美術デザイナーが友だちで、
人がいないから手伝いに来てくれって言われて。
『リンダ‥‥』の初号を観て「よかったねー」
とか言って飲んでたら、
隣でなんか屁理屈言ってる人がいて、
「なんなんだ?」って感じで‥‥(笑)。
それが、根岸さんでした。
「あ、プロデューサーなんですか!」って。
その時に変わった方だなっていうか‥‥。
─── なんだか、お会いしたい‥‥。
萩生田 自分の観てる世界が、
こうキッチリしてるというか、
そういう方なんだなと。
他の映画の批評とかをいろいろしてて。
僕は「うるさいな〜」とか言いながら聞いてて。
─── そしたら、その方から電話があったんですね。
萩生田 そう、電話もらって、
「あ、そうですか」(謹んで)って(笑)。
そのまえに『リンダ‥‥』のときに、
「本物を作りたいんだ」のようなことを
根岸さんが言ってたのが耳に残ってて、
この話が来たので「なるほどね‥‥」と。
なんとなく、そういう言葉が並列に置かれて、
ちょっとワクワクもしたり、
たぶん難しいだろうな、でも、
負けん気も働いたりとかして。
─── プレス資料のなかに
“オルタナティブ・クラシック”
という言葉があるんですよね。
萩生田 (笑)、よくわかんないですよね。
根岸さんがずっと撮影中、言ってたんですけど、
誰も相手にしない、みたいな(笑)。
ずっと「オルタナティブな、オルタナティブな」
と言ってて、「何ですか、それ」って。
意味も何回か聞いたんだけど、
すぐ忘れちゃって(笑)。
「この間説明したじゃん」って言われて。
全然、頭に入って来ない。
まあ、言ってるなあ、って感じで。
僕、横文字に弱いんですよね、
なんだろう、って‥‥。
─── 監督、ピアノを習いに行かれたって‥‥?
萩生田 やっぱり、響く感覚がどんなのかっていうのは、
知らないと。ピアノのシーンを撮ってるとき、
他人事みたいに見てるわけにもいかないし。
やっぱり知りたいなと思ったんですね。
マンガ読んでても、音を聴いて、気持ちが
変っていくことが描かれてるわけですし。
さそうさんの技術っていうのも
もちろんあるんですが、
そのなかで、誰かと誰かが共有してとか。
曲も知らないのにこっちも入っていけないし。
自分も知ってもいいんじゃないか、
知りたいなと思ったんです。
つづく。
次回も萩生田監督に、
成海璃子さん、松山ケンイチさん、
西島秀俊さんのことなどを伺います。
お楽しみに〜。
★『神童』
Special thanks to director Koji Hagiuda and
Bitters End. All rights reserved.
Written by(福嶋真砂代)
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