OL
ご近所のOLさんは、
先端に腰掛けていた。

vol.151
- DRESDEN -


決して忘れてはいけない記憶、
──『ドレスデン、運命の日』



「ドレスデン、運命の日」シャンテ シネほかにて公開中

□この映画は、過去の出来事への“窓”です。

このごろ私の楽しみのひとつは、
肝っ玉チヨコさんが元気に切り盛りする
ご近所の薬局にちょこっと寄って、
やっぱりチヨちゃんを慕ってくる
お客さんたちと交す気のおけない世間話。
え、井戸端会議でしょ、って‥‥?
まあそうだけど、そんなほのぼのした
コミュニケーションっていまどき貴重。

なかでも84才の美人おばあちゃん、
ハナさんの青春時代の話を聴くのは
とっておきの時間なのです。
大正12年、関東大震災の年に赤坂に生まれた、
好奇心の強い、都会ッコのお嬢さん。
東京大空襲のときは22才になり、
爆撃と火事で焼け野原になった
東京の“運命の日”の恐ろしい光景を
目の当たりにし、その中を生き抜いてきました。
「ハナちゃん、恐かった?」と聞くと、
「そうねえ‥‥。もちろん恐いけど、
 そのときはいろんなことに
 興味津々な年頃だったから、
 なんだかちょっとおもしろがっていたわね」
なんて気丈なことを言う根性あるハナさん。

食糧不足で、田舎の親戚と都心の自宅を
スシ詰め状態の列車で往復する過酷な日々。
疎開先ではいじめられたりもしたと。
でも生来の好奇心と活発な行動力で乗り越え、
あってはならない残酷な光景を
記憶のなかに鮮明に残して、
いま私たちにそれを語ってくれることに感謝です。
ハナちゃんがいつも話の最後に、
「ほんとに戦争は、絶対にやってはいけない」
と、無駄に失われたたくさんの命を想って
言う言葉が重く胸に響きます。

その東京大空襲のほぼ1ヵ月前、
1945年2月13日から14日にかけて、
“エルベ河畔の真珠”と称された、
ドイツの美しい文化都市ドレスデン
(2004年エルベ峡谷が世界遺産登録)に、
イギリス軍による大爆撃が行なわれました。

その史実に基づいた映画、
『ドレスデン、運命の日』を撮った、
長身で(190cm以上ありそう!)真摯な、
ローランド・ズゾ・リヒター監督に会い、
構想開始から完成まで約1年だったという、
驚きの短期間で作り上げたスゴ腕の、
監督の映画へ想いを伺いました。



これまで第2次世界大戦を扱った映画では、
ドイツは常に加害者であり、その罪を反芻し、
検証するような題材が多かったわけですが、
戦後60年を経て、ドイツ側の被害についても
同じく検証し、そこで失われたすべてについても、
人々の記憶のなかにきちんと残そう
という動きが起こっています。
しかも、それを一方的な
被害者意識に依るものではなく、
当時の敵味方双方の立場から考えるような、
中立的な描き方を試みるというもので、
まさにクリント・イーストウッド監督の
硫黄島シリーズの視点を思い出します。

ヨーロッパではまずTV放映されたということで、
現地の反応を伺うと、

「まず、観た人の数が1200万人というのは、
 記録的な数字であると言われています。
 両方の立場に立って描写しているということ、
 それプラス、ものごとを
 いい悪いという単純な描写をしなかったという
 ことに対して、大変好評でした。
 イギリス軍の描写についても、
 イギリス軍に対する一定の敬意を払いつつ、
 描写しているという点において、
 評判がよかったです。
 ドレスデン空襲というのは、
 聞いてはいたけれども、
 現実にこれほどまでだったとは知らなかった
 という反応も多かったですね。」


と教えてくれました。

「ドレスデン」ですぐ思い出すのは、
4月に惜しくも亡くなった作家、
カート・ヴォネガット・ジュニアの
「スローターハウス5」なのですが、
この映画を観てさらに、
その現実の情景がリアルに心に刻またことは
確かです。
それだけリアルな映像作りにこだわった作品
だったわけですが、
その芸術性にこだわる「責任感」について、
このように話していました。

「あの晩の出来事(爆撃のあった晩)を
 映像化することは、
 本当は不可能であるというふうに
 私自身は思っているんです。
 にもかかわらず、あの晩を生き延びた方々、
 あの晩に亡くなった方々の
 実際に体験した苦しみを、
 できる限り表現しそれに近づこうとする、
 それが私たちの義務であり、
 そこに則しながら、満足してもらえる形で、
 できる限りの範囲において、
 事実に忠実に映像化したいということが、
 自分たちの義務であり、
 私にとっての大きなチャレンジであった
 と思います。」


犠牲者のことを最大限に気遣うリヒター監督の、
思慮深く、真摯な姿勢がよく伺えます。



爆撃で破壊されてしまった聖母教会は、
その再建が1991年からはじまり、
2004年6月に外壁工事が完成。
平和の祈りが込められた、象徴的な、
イギリス軍兵士の息子が作った金の十字架が
教会のドームに取りつけられました。
リヒター監督はいまこそ、
ドレスデンの映画を作るべきだ、
と決心したと言います。
戦後60年を越えたいまでも、
世界中いたるところで紛争は絶えず、
加害者と被害者の憎しみの連鎖が起こっている
そんな時代だからこそ、
必要な確認なのだと、私も思います。

「この映画を作ろうと思った、
 いくつもある動機のなかの代表的なものは、
 ドレスデンの聖母教会の再建が完成して、
 その落成式があったわけですが、
 その前からドレスデンという街に対しての、
 世論の注目がだんだん高まっていって、
 いろんなメディアなのでも報道されたり、
 書かれたものも出てきて、
 その関連で、空爆があったことも、
 もちろん言われているわけです。
 そのようななかで、プロデューサーと私たちが、
 『これはドレスデンのことを映画化しなくちゃ』
 ということになったのが具体的なきっかけ
 ということになります。」


前作の『トンネル』(01)では、
ベルリンの壁の下にトンネルを掘り、
東に残してきた29人の同志たちを
西側へ脱出させたという実話を元に描いた
ローランド・ズゾ・リヒター監督。
今回は、ドイツ軍に撃墜されて負傷し、
ドレスデンに降り立った
イギリス軍パイロットのロバートと、
ドレスデンで働くドイツ人看護婦アンナの
敵同士の間のラブストーリーを軸に、
ドレスデン爆撃のすさまじさを
実際の戦争の記録映像を挿入しながら
リアルに作り上げました。

監督がドイツの歴史にこだわって映画を作っている
ことについて伺ってみると、

「具体的なきっかけになるような出来事は無いですが、
 第2次世界大戦の遺産、影響が色濃く残っている
 その国に生まれ育ってきた人間として、
 日々そういうことを感じながら育ちました。
 ドラマ性のあるものを表現したいと思っていましたが、
 自分の国の歴史というものが、
 とても多くの題材を提供してくれるということに
 かなり早くから気がついていました。
 歴史に題材を取りながら、
 その中で人の心を動かすドラマを描きたい、
 それを歴史との関連で描いていきたいと
 思ってきました。

 この映画のプロデュ−スをしている
 ニコ・ホフマンは、私の友人ですが、
 20年来一緒に仕事をしている友人で
 彼自身、歴史に題材を取った映画を作ってきて、
 彼と一緒に仕事をすることで、
 歴史ものを扱っていくことが出来るように
 なっています。
 観客が求めてくれる限り、
 これからも作り続けたいと思っています。」


日本の観客に期待していることは、

「この映画で言いたいことは、
 世界には善人がいて、悪人がいるという
 二分割できるものではないということ。
 日本の歴史についても、ドイツについても、
 つねに両方の視点に立ってものごとを
 見なければいけないのです。
 この映画は、完璧にその状況を描いている
 というわけではないですが、
 少しでも戦争の無意味さをわかっていただければ。

 いかに多くの文化が失われ、
 多くの人の命を失わせるものであるのか、
 戦争が目的としたものと、
 失われるものを量りにかけたときに、
 まったく均衡の取れないものであり、
 失うものがいかに多いかをわかってほしい。
 この映画を観たその記憶が、数日後、
 また何年かあとに思い出され、
 別のことに遭遇したときに、
 戦争の無意味さを思い出してもらえれば、
 目的は達せられたと思います。」


このような戦争を題材とした映画を作る
意義については、

「私たちには、若い世代が過去を振り返って、
 こういうことをしっかり認識するために、
 目を向けるときの“窓”を
 きちんと開けておく役目があります。
 若い世代が過去を振り返って、
 自分たちの国に実際に何があったか
 ということを認識しなければいけないし、
 忘れてはいけないと思います。」




人間の“忘れる”という能力は、
ときに必要なものであるのだけれど、
なかには決して忘れてはいけない記憶
というものが存在するということを
あらためて脳裏に刻まれる映画でした。

またチヨちゃんの薬局に行って、
ハナさんの青春記に耳を傾けることにします。
みなさんの近くにも“ハナさん”がいるのでは‥‥。

ドイツの映画公式サイト、
http://www.dresden-der-film.de/
のなかの「Am Set」というリンクに
爆撃場面のメイキング映像が
いろいろ載っています。
緊張の現場の雰囲気もわかります。

★『ドレスデン、運命の日

さて次回は、南アフリカの映画『ツォツィ』。
作品が日本でR-15指定になり、
15歳未満は観賞できないことに。
試写会で映画を観たティーンエイジャーたちの
反応はどうだったでしょう‥‥。


Special thanks to director Roland Suso Richter and
Astair. All rights reserved.
Written by(福嶋真砂代)

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2007-05-09-WED

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