vol.154
- Invisible Waves -
●運命の波は見えないところで揺れ動く‥‥
──『インビジブル・ウェーブ』
シネマート六本木、シネマート新宿ほかにて公開中
□旅の先にある魂の安らぐ場所
まるで映像の魔術師のような
タイのペンエーグ・ラッタナルアーン監督の
『地球で最後のふたり』は、
タイ映画のイメージをさらりと変えて、
アンビエントでクールでポップな作品でした。
そして再び浅野忠信を主演に迎えた2作目、
『インビジブル・ウェーブ』もかなりクール!
あのひんやりとした質感を、映像や音響で、
アーティスティックに創り出す独特の美学。
人工物の醜さもペンエーグ魔法にかかれば
シュールに変身するから不思議、不思議。
たとえばフェリーの船底の祖末な船室の、
コンクリート剥き出しの壁すら美しい。
そこで不意にシャワーヘッドに弄ばれる浅野さん、
という構図のアンバランスさも計算されている。
ん? あれは計算だったのだろうか。
ちょっと疑問を残しつつ‥‥。
さて、映画のテーマは、「罪と贖罪」。
香港のレストランの料理人キョウジは、
恋人=レストランのボスの妻を殺す。
しかもそれはボスに依頼された仕事だった。
ボスに言われるままにプーケット島へ渡り
身を隠すも、不可解なことが重なっていく。
罪悪感を背負いながら彷徨う男の
海に揺れ、心が揺れ、魂が揺れる旅。
「たどり着いたらいつも雨降り」な旅。
そんな幻想的なロードムービーです。
ペンエーグ・ラッタナルアーン監督、
プラープダー・ユン脚本、
クリストファー・ドイル撮影、
という『地球で最後のふたり』の
強力チームが送るフィルム・ノアール。
韓国のカン・ヘジョン、
香港のドン、エリック・ツァン、
そして日本の光石研という、個性的で
多国籍なキャスティングも興味深いところ。
そこここにオマージュも隠されていたり、
ペンエーグ監督の遊び心が潜んでいます。
思わぬ運命の波に飲み込まれながら、
香港ーマカオープーケットと旅をする
孤独な料理人を演じた浅野忠信さんに
いろんなお話を伺いました。
ふだんあまり料理はしないけど、
「祖父が2人ともコックだったので」
と、身体に流れる料理人の血を感じていたか、
わかりませんが「マイ計量カップは持っている」
と告白する浅野さんはなんかおもしろいです。
佇まいがあまりにもかっこいい浅野さんは、
テレビのお笑い番組のゲストにも
うっかりすると出ているので、
油断はできません‥‥。
一方、ぺンエーグ監督も、
『地球で最後のふたり』でも証明されているように
大のユーモア好き。しかもシニカルな笑い。
シャワーヘッドや折りたたみベッドと
無駄に闘わなければいけないキョウジは、
どんな演出があったのか気になりました。
また7本もの作品でコラボしている、
監督同様、浅野さんに惚れ込んでいて、
やはり映像のマジシャンである撮影監督の
クリストファー・ドイルについて。
浅野さんとの関係性も伺ってみました。
ではたっぷり、お楽しみ下さい。
── ノアールと言いつつも
ユーモア大好きのペンエーグ監督ですが、
キョウジがフェリーの船室でシャワーと
格闘するところは、いろんなことがうまくいかない
噛み合なさが妙におかしかったですね。
浅野 あれは脚本にもそのまま書かれてましたけど、
監督が全部動きをやってくれて、
そのとおりやったんです。
やってておもしろかったです。
── 監督は、現場ではどんな感じですか。
浅野 スタッフのなかでもいいお兄さん的存在で、
だからといって変にお兄さんぶるわけでもなく、
でもやはり頼りになる存在です。
最初、僕はタイで日本人ひとりでいると
淋しい思いをしているときがあったんですけど、
監督があっちこっち連れていってくれたり。
それが撮影にも生かされていて、
みんなの言うことややってることを
客観的に観ていて、
それを吸収したうえでさらに毒づくというか、
そのへんがおもしろいですね。
── 監督と一緒に仕事をしてみて
なにか影響を受けたりしましたか。
浅野 クリス(トファー・ドイル)の力も
大きいと思うんですが、
そこで起きるハプニングをすぐに取り入れますね。
たとえば、歩く方向を間違えたりとか、
そういう間違いをおもしろがってくれるんです。
もう1回それでやっちゃおう、みたいな感じで。
どんどんどんどん違う方向に持って行く。
日本では、いまのミスのままやりましょう
ということはあまり無いですから。
自分がミスをおかしたときに、
軌道修正できるというか、
フットワークの軽さを身につけられた
ような気がしますね。
── “罪と贖罪”という映画のテーマに
浅野さんが共感するところはあるのでしょうか。
浅野 僕はポジティブだから、なんというか、
罪悪感を抱えることが悪いと
思っていないタイプなので、
それはきっと誰かのためだと思ってるんで、
誰も悪者にはなりたくないけど、
悪者がいるから自分を見つめ直したりとか、
そういうことだから。
もし自分が間違った方向に行ったとしても、
きっと周りの人にとっては、
あいつみたいになりたくないって
感じさせることじゃないですか。
みんなの悪い部分を俺が背負ったと思えば‥‥。
── そこには理由があると。
浅野 そうですね。
でもキョウジみたいに妙に納得して、
完全に受け入れたくはないですけど。
── 共演のカン・ヘジョンさんの印象は
いかがでしたか。
浅野 彼女はひじょうにがんばってましたけど、
ひょっとしたらタイでの撮影を、
時間をもっとかけてできれば、
よかったかもしれないです。
人それぞれですけど、
女優の仕事ってかなりしんどい仕事だと思うんです。
いきなり私生活みたいな状態に
ならなきゃいけないわけで。
男は適当にやってれば勝手に、
なんとかなりますけど(笑)。
ある程度私生活に近いものを出すということは、
女優はかなりな作業だと思うんです。
それも短時間で出すのは。
やっぱり時間をかけるしかないなと感じました。
僕は女優さんに対して、綺麗だったりするし、
見たことのないその人の良さを見たいから、
つねにそうやって考えてしまいますけど。
でも十分、この映画では、
彼女の新しいところが見れてます。
── お互い母国語じゃない言葉(英語)を
話すのは大変でしたか。
浅野 ある程度僕がラッキーだったのは、
前作でも監督と一緒だったし、
映画祭でもちょこちょこ会って、
かなり友だちみたいな状況でしたけど、
カンさんはこの映画のために会って、
この映画のためにタイに来たというので、
僕みたいに、そこまでは関係が
監督とできてなかったと思うんですよ、
僕は関係が出来てたから
「セリフが多過ぎでしょ。どんどんカットして」
ってしつこく言ってて、
けっこう減らしてもらってるんですよ。
でも彼女は減らしてもらってない状態で、
しゃべってるから「カンさん、すごいな」と思って。
すごい努力してたけど、
「大変だろうな」と思ってました。
── クランク・アップのときは何を考えてましたか?
浅野 あんまりこの映画のこと考えてなかったですね。
日本での実生活に
また戻らなきゃいけない恐怖というか、
「ヤバイ、終っちゃった」みたいな。
さびしいという感じじゃなくて、
帰らなきゃいけないという(笑)。
キョウジと同じですね。
知らない場所にいるときには、
いろんなことが起こっても
なにか生かされてる感じなんだけど。
どうしても行かなきゃいけない
ところがあるってのは、
ヤバイなという感じでしたね。
── 『地球で最後のふたり』の撮影と今回を比べて、
なにか変化みたいなことはありましたか。
浅野 前回も一緒にやっているスタッフだったので、
2回目は楽なのかなと思っていたんですけど、
また同じ人たちなんだけど、
新たな出会いをして作業することの
難しさというか、
難しいからおもしろかったんですけど。
そういう出会い方ができるってうれしかったですね。
とくに自分の好きな人たちなので、
こうやっていつもフレッシュでなきゃいけないな
というふうには思いました。
── クリストファー・ドイルさんは
すでにたくさん一緒に仕事されていますが、
どんな関係性が出来てますか?
浅野 僕はクリスを完全に信頼してますし、
クリスも信頼してくれてるのが分かるんで。
ただやっぱり彼は厳しいですよね。
いろんな人が持ってるイメージでは、
酔っぱらってけっこう激しくてとか
あるけど、やっぱり彼は厳しいし。
ものづくりとか、表現するとかいうことを
つねに考えている人ですから。
一筋縄じゃ喜ばないです。
それはやっぱり信頼できますね。
── 浅野さんの俳優を続けるモチベーションは
なんでしょうか。
浅野 もう次は楽だろうとか、
もう次は恐いものはないだろうとか思っても、
絶対また恐いこととか、フレッシュなことが
来るので、あれ、まだ何かあるのかなと、
気になってしまうし、ついついまた
どんどん入って行くというのがありますね。
自分としては、いたってフラットなつもりで
いるんですけど、端からみると「よくやるね」
ということはあります。
こういう海外の人たちといると、
日本とは違うスタイルだったりするので、
日本にいるのとは心境が違ったりしますね。
***
浅野さんのいまのナチュラルな演技スタイルは、
いろんな試行錯誤のもとに独自に編み出した
というようなことをどこかで話されていて、
あ〜やっぱり、見えないところで
地道な努力や苦労をされてるんだ、とうなずく。
こうやって異国で、多国籍な人たちと、外国語で、
ものづくりをするということも、
決して楽なことではないけれど、
「難しいからこそおもしろい」という
挑戦するスタンスがかっこいいなあと思います。
ギリギリまで抑えの効いた海の“凪”のような
静かな演技の魅力の水面下でも、たしかに
“インビジブル・ウェーブ”が存在していて、
その奥のマグマの熱に、知らずに触れては
火傷してしまうだろうという迫力を
感じずにはいられない。
ペンエーグチームが鋭く浅野さんを掴み、
このタイトルを付けたことに感嘆します。
おもしろいのは、罪悪感の話で、
自己を完全に客体視できてしまうところが、
浅野さんらしさというか、
やっぱり超越的なものを感じてしまう。
最近撮影を終えた、
山田洋次監督の『母べえ』は、
なにかターニングポイントになるような
役者としての大きな飛躍があったとも、
教えてくれました。進化は止まりません!
ほかにも青山真治監督の『サッド ヴァケイション』、
セルゲイ・ボドロフ監督の『Mongol』と
公開予定の新作がズラリ。
ぜんぶ、楽しみに待っています。
浅野さんのブランドJEAN DIADEMが超似合う!
★『インビジブル・ウェーブ』
Takeo Kikuchiを着こなす浅野さんも
ぜひ堪能して下さい。
★CRY&LAUGH
浅野さんのニューアルバム。
さらにディープなソウルウェーブが聴けます!
次回は『ウミヒコヤマヒコマイヒコ』の
田中泯さんが登場します。お楽しみに。
Special thanks to Tadanobu Asano,
Masatoshi Fukuyama(Anore), Hiromi Nakamura(Drop).
All rights reserved.
Written by(福嶋真砂代)
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