OL
ご近所のOLさんは、
先端に腰掛けていた。

vol.185
- Les Filles du Botaniste Chinois2


植物園に咲いた禁断の愛の花
──『中国の植物学者の娘たち』その2



© 2005 SOTELA ET FAYOLLE FILMS
− EUROPACORP - MAX FILMS - FRANCE 2 CINEMA
東劇、梅田ピカデリーほか全国ロードショー


戴思杰(ダイ・シージエ)監督の後編です。

中国で生まれ、文化大革命を経て、
四川大学で美術史を勉強したシージエ監督は、
政府給費留学生としてパリに渡りました。
それからすでに20年以上フランスに住んで、
中国についての小説をフランス語で書き、
中国についての映画を作り続けていますが、
表現の自由が制限される中国国内では、
撮影許可が下りないことともしばしば。
祖国への想いは複雑なのだろうと思います。
そんな監督が、いまの中国について、
どのように感じているのか‥‥。
話すうちにだんだんとドライブのかかる
ダイちゃんならではの語りはとても興味深いです。

□“家族”という概念がますます強い、いまの中国

── フランスで映画を作っていらっしゃいますが、
   外国で作るメリット、デメリットはありますか。


ダイ 私が外国で映画を作ることになったのは、
   偶然と言っていいわけです。
   中国では私の作品は要らない、
   ということもあるのでしょうけど、
   私はたまたま外国で映画を作ることになった
   わけです。
   私にしてみれば、気まずい感じもするのですが、
   私たちは、その(住んでいる)国にとっては、
   その国の文化の主流ではないです。
   またお金がなければ映画は作れません。
   どこに居てもそうですが、
   とにかく資金調達は大きな問題です。
   とくにフランスで映画を作るときは、
   だいたいはテレビ局が資金を出してくれています。
   つまり、テレビ局が事前に
   放送権を買っているわけです。
   この映画は同性愛がテーマですが、
   フランスが制作する番組でも
   そういうのは放送してくれないのに、まして
   中国の監督が作った同性愛の映画は、
   たとえば8時台のゴールデンタイムには
   放送してくれませんよね。
   だからと言ってテレビ局の要望に応じてしまうと、
   平凡な作品が出来てしまいます。
   それだったら中国を離れる必要はなかった
   ということになります。
   中国政府が認める作品だと、
   これまた平凡な作品であればいいわけです。
   そんなわけですから、
   自分の表現したい映画を作るには、
   それに対してお金を出してくれる人を
   見つけることはいちばん大事で、困難です。

   私の立場としては、
   いまの中国の様々な監督とは、
   まったく違う立場にいます。
   彼らと同じような作品を作れというならば、
   彼らがすでにりっぱに作っていますから、
   私は作る必要がないと思います。
   ですから、彼らとはまったく違う立場で、
   違うものを作るというふうに自分でも
   思っています。
   「ほかの監督がやってないものは何かな。
    あ、同性愛はやってないから作ろう」
   というふうな気持ちで作ってます(笑)。
   いまの中国の監督たちも、
   今後なにを作ったらいいか
   悩んでいる時期だと思います。
   だから工夫していますよね、みなさん。


   

── 今回2人の女優さんが、
   すばらしい演技をされていましたが、
   ミレーヌ・ジャンパノワさん、
   リー・シャオランさんには、
   何を求められましたか。


ダイ まず、この2人は同性愛者ではありません。
   2人には特に問題提起はしなかったのですが、
   ミレーヌはじつは中国語を話さない方でした。
   (フランス生まれの中国とフランスのハーフ)
   一方、リーは英語もフランス語も話せません。
   2人はなんとか撮影中に交流したいという
   気持ちはあるのですが、なかなか通じない。
   できれば、生活面でも仲良くなって、
   そのままストーリーの中に展開されているのが、
   いちばんいいのですが、
   なかなかそれは難しい状況でした。
   だからそこらへんはこちらで演出をしました。
   とくにミレーヌは中国語がわからないので、
   どこまで進んだか、どこでうなずくのか、
   わからなくて難しかっただろうと思います。
   2人一緒にいるところを長く撮っていくという
   撮り方だったので、セリフ回しにしても、
   難しかったと思いますね。

   リーに関しては、以前、中国でテレビドラマに
   出演していて、私にとっては、それはあまり
   いい経験とは言えなくて、
   演技にテレビの癖がついていたことは、
   ちょっと苦労した点でした。
   クランクイン前に3週間ほどかけて、
   ディスカッションをしたり、演技指導したので、
   撮影に入ってからはスムーズにいきました。

   中国と比べると、外国で映画を撮るときは、
   1つのことを変えてシーンを撮り直すときでも、
   とても面倒な手続きをとらなければいけない
   というのも大変でしたし、さらに、
   カメラマンはカナダ人で、中国語がわかりません。
   だから彼は難しかっただろうと思います。
   私にとっても、この映画の撮影は
   特殊な経験だったと思います。
   というのは、各国のさまざまな言葉、つまり、
   ベトナム語、中国語、英語、フランス語を話す
   人々の集まりの中で撮っていましたから。
   私は最初、誰からも監督だと思われなくて、
   「カメラマンの通訳さん?」って
   思われてたみたいです。
   小柄でちょこまか歩き回ってましたからね(笑)。


── アンのお父さん(植物学者)は、
   とても権威的ですが、
   中国の父親の威厳いまはどんなでしょうか。
   それから最近の中国の恋愛観を監督は
   どのように感じていらっしゃいますか?


   
   © 2005 SOTELA ET FAYOLLE FILMS
    − EUROPACORP - MAX FILMS - FRANCE 2 CINEMA


ダイ 植物学者であるお父さんを
   絶対的権力を持った人に描きましたが、
   現代の中国のお父さんはそんなことはなくて、
   今と昔はそこは全然違いますね。

   最近の恋愛観については、
   いま中国は、これまで経験したことのない状況が
   起こっています。
   なぜかというと、計画出産のために
   子供は1人っ子で育ちました。
   いまその1人っ子世代が20歳を過ぎてきています。
   彼らは小さいときから自分だけが
   「愛の中心」で育ってきたわけです。
   ですから、そんな男と女が恋愛をすると、
   うまく分かち合うことが難しく、
   私たちの世代とは感覚はまったく違っていますね。
   独立心が無くて、何をするにも「ママ〜」って
   助けを求めないとできない人たちで、
   ほんとにおかしい世代です(笑)。

   でもひとつだけ、この映画にも現われている
   共通の概念があります。
   それは“家族”という概念がとても強い
   ということです。
   ほんとに不思議だなと思うのは、
   社会が開放的になって発展するに従って
   中国の場合は家族を大事にする概念も
   強くなっているんです。
   このことは西洋の国と比べると違っていて、
   西洋や日本は経済が発展するに従って、
   家族に対する概念が希薄になりますが、
   中国は逆です。
   たとえば、個人のことで何か決めなければ
   ならないときは、家族全員で決めます。
   以前はそうじゃないと思っていたんですけど、
   実際はまったく逆で、
   さらに繋がりは強くなってきていますね。
   仕事を見つけるときも、一家総出で見つけてあげる
   とか、そんな感じです。
   ですから経済の発展についても、
   個々の家族の力が中国社会ではとても強い、
   必要である、と言って過言ではないと思います。

   昔、僕たちの世代では18歳くらいで
   独立していたんです。
   でもいまは、40、50歳まで家にいて、
   親掛かりになっている人も多いです。
   ですから、恋愛においても、
   最終決定権は“家族”だと思いますよ。


   おわり。

うーん、おもしろいですね。
日本も“ニート”の存在が話題になってますが、
親が経済的に安定している世代なので、
いつまでも寄りかかっていられるから、
いつまでも家にいる“大人”もいるのは、
中国と一緒ですね。でもだからといって
家族の結束が強くなってるかというと、
そこは逆に希薄になっています。
やっぱり気になりますね。

恋愛について、家族で決めるだろうか、
と考えると‥‥どうですかね、みなさん。
それこそ、ドラマの「有閑倶楽部」みたいな
すごい家柄にでも生まれない限り、
そこまで家に縛られることは少ないかも。
結婚は家同士のことだとはいいますが‥‥。

言うまでもなく超インテリであり、
フランスで数々の賞を受賞をしている
人気作家でもあるシージエ監督の頭の中を
少しだけ覗かせていただき感激でした。
表現の自由を求めて祖国を離れていても、
離れているからこそ祖国をとても愛している、
そんな気持ちが伝わってきましたし、
映画からもひしひしと感じられます。
ぜひ観てみてください。

この映画の製作後に発表された新作小説
"Par une nuit ou la lune ne s'est pa levee"
(月がのぼらなかった夜に)もおもしろそう。
翻訳されたら読んでみよう。

『中国の植物学者の娘たち』

さて次回は、イラン映画『ペルセポリス』
マルジャン・サトラピ監督にお話を伺います。
こちらもフランス在住のイランの監督。
エスプリの効いたおしゃれなアニメ映画です。

お楽しみに。


Special thanks to director Dai Sijie
and Astaire. All rights reserved.
Written and photo by(福嶋真砂代)

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2007-12-17-MON

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