vol.187
- Persepolis 2
●ゴーゴー、マルジ!
──『ペルセポリス』その2
© 2007. 247 Films, France 3 Cine´ma. All rights reserved.
シネマライズほか全国順次ロードショー
□マルジャン・サトラピ監督の後編です。
『ペルセポリス』では、
マルジの家族に起こる出来事を通して、
イランの現代史がわかりやすく描かれます。
とりわけ印象に残るのは、
激動のなかでひたすら「自由」を大事にする
マルジの家族の女性たちの力強いパワー!!
たとえば、女性の服装の制限が厳しい社会で、
ブラジャーの中にジャスミンの花びらを忍ばせて
女らしさを優雅に楽しむ素敵なおばあちゃん、
「つねに公明正大であれ」とマルジに教えます。
それに自由主義で勇敢なお母さん。
その血を受け継いだマルジ。
でも行く手には、失恋、差別、孤独、ウツ病‥‥、
さまざまなハードルが待ち受けていました。
たとえどんなに悲しいことが起こっても、
負けないで立ち上がるマルジに声かけちゃう。
ゴー、ゴー、マルジー!!
そしてそして、
声を演じる俳優が夢のように豪華です。
おばあちゃん役をダニエル・ダリュー、
お母さんをカトリーヌ・ドヌーブ、
成人したマルジはキアラ・マストロヤンニ
がそれぞれ演じています。
こんなに大物俳優たちと
しかも初監督の映画で仕事をするのって
どんな感じだったのでしょうか。
奇抜なおばあちゃんの思い出も交えて、
伺ってきましたので読んでみてください。
── マルジの家族環境がとてもユニークで
とくにおばあちゃんが魅力的でした。
映画にもおばあちゃんのエピソードはたくさん
出てきますが、もっともっと知りたいです!
サトラピ うちのおばあちゃんは、
映画で描かれてる以上に
もっともっと過激な人なんです(笑)。
誰かが家に訪ねてきても、
おばあちゃんは好きな人じゃなかったら、
「あら、あなたなの?」って
バタンとドアを閉めてしまうような‥‥。
ほんとにそんなダイレクトな関係を
徹底していました。
だから客観的には「耐えられない」
っていう女性だったかもしれませんが、
でも彼女には人を傷つけようと
好き嫌いをはっきり言ってるのではなくて、
彼女のなかでは、その判断は絶対的なんですよね。
彼女の人間関係はとてもシンプルで、
いつも本当のことを言っていたので、
彼女に受け入れられた人間は、
本当に彼女を信じられますよね。
単なる社交辞令じゃない、ということが
わかるわけです。ですからある意味、
とてもつきあいやすい人だったし、
真実の中にいた人でした。
笑うこと、楽しいこと、生きることが好きで、
正義への愛もとても強い人でした。
たとえば、貧しい男性が
とても好きな女性と結婚したいとき、
イランでは、男性は結納金をたくさん用意しないと
いけないのです。それが足りないときに、
その人の職業に応じた金額を、
おばあちゃんがいろんな人に声をかけて
プロデューサーのように集めてました。
そんな親切心がある人で、まったく
いじわるな人ではありませんでした。
彼女が好きじゃなかった人は、
愚かな人、いじわるな人、という、
根本的に良くない人に対しては嫌う、
というすばらしい人でした。
── どの国に住んでも、
感じるストレスというものは、
ある種普遍的なものだと思います。
イランでは宗教的や、女性への抑圧などに対する
ストレスがあったかと思いますが、
いま住んでいるフランスでも
ストレスを感じることはありますか?
サトラピ この映画は女性の問題を扱った映画ではなく、
人間の問題を扱った映画というふうに
観てほしいのですが、
抑圧を受けるのはなにも女性だけに
限ったことではなく、イランにおいては
若い男性も戦争に行かなければならないとか、
いろんな抑圧を被っています。
ただ私自身の育てられ方で言うと、
私の両親は、私を女の子として意識して
育てたのではありません。
「女の子だからこうしなさい」ということは
一切言われたことがないです。
また抑圧はときに同性同士の間にもあります。
たとえば、女性が与えられない自由を
他の女性が謳歌しているのを見ると、
「自由の無さ」を耐え難くなります。
そういう意味での足のひっぱりあいも起こります。
抑圧というのは自分の受け止め方にも依るんですね。
なぜなら、すべて受け身でとるのではなくて、
「何よ! クソッたれ!」と言い返すくらいの
パワーで跳ね返してしまう。そうやって、
向こうが出してくる「抑圧」のなかに
入っていかなければ、抑圧として受けとらなく
なっていくのだと思います。
私は女というよりも、人間として生きていて、
女性ということはあまり意識していないと思います。
私が女性だなと感じるのは、
恋をしているときだけです。
小さい時、10歳のときから3年ほど、
イランの“ショートーカン(松濤館)”で
空手を習っていました。
ある日歩いていると、すごくマッチョな男の子が
男性性をすごく誇示してくるんです。
私はその子に足蹴りを急所に向けて、
ガツンとやりました。
彼はすごく痛がって、私たち女と違うなと、
そんな痛いものだと思ってなくて(笑)、
そのときに女性のほうが優越感に浸れる
というふうに感じたことがありますね(笑)。
── ご自身でマルジを演じようとは
思ったりしませんでしたか?
サトラピ まったく考えませんでしたね。
私は女優ではないし、
俳優というのはひとつの職業ですから、
私がテーマを知っているからといって
演じられるものではないと思っていて。
でも脇役の声をやってますよ。
ウィーンの嫌な家主の声は私ですし、
ゴジラの声もやってます。
だけど俳優は、私が生半可な気分でやれない
と思ってましたから考えたことはないです。
── すばらしいキャスティングですね。
ダニエル・ダリュー、カトリーヌ・ドヌーブ、
キアラ・マストロヤンニさんたちと
一緒に仕事をしたご感想は?
サトラピ この3人は経験も豊富な俳優で、
それだけのプロ意識もありますから、
仕事はとても簡単でした。
一度だって私に対して、
「これはあなたの最初の映画なのね」
という見下すようなことは、
まったくありませんでした。
プロの人間として、私とのコラボレーションを
やってくれましたから、
とてもやりやすかったです。
逆に難しいのはアマチュアの人とのコラボですね。
訓練されていない人は、
たったひとつのフレーズを言うにも
「いまフィーリングを感じないから」
と甘いことを言うんですが、
プロの人たちは何も文句も言わず、
きちんと仕事をしてくれます。
それはアメリカ版を作った際に、
ショーン・ペン、ジーナ・ローランズ、
イギー・ポップと仕事をしたときも、
同じように問題はまったく無かったです。
── この『ペルセポリス』を書いたときから、
世界はまたものすごく変わっていますが、
また30歳になったマルジを描こうと思いますか。
サトラピ いいえ、ぜったいありません(笑)。
私のことを話すのはもういいです。
次回作は美しく悲しいラブストーリーです。
ロミオとジュリエットみたいに、
悲しいからこそ恋物語は美しいんです。
── サトラピさんにとって、
現時点で『ペルセポリス』はどんな映画ですか。
サトラピ 過去のもの、と言えるでしょうね。
私はつねに前を向いて進む人間なんです。
いまはほかに本も書いています。
この作品を作り終えた満足感はありますが、
それをいつまでもひきずっているタイプでは
ないですから。つねに前進しています。
おわり。
かっこいいシメでしたね。
「私はつねに前進している!」
その時その時に全力を尽くしているからこそ
言い切れる力強さですよね〜。
確かにマルジは未来に向かって走ってます。
イランのことも、また独特な視点で、
私たちに魅せてくれることを楽しみにしてます。
ペルシャ文化って日本にも影響を与えた
美しく、深い文化ですものね。
★『ペルセポリス』
さて次回。この方は、
「女はすぐに過去を忘れてしまう」
と嘆いていましたが(笑)、
『グミ・チョコレート・パイン』の
ケラリーノ・サンドロヴィッチ監督が登場!
ご存じナイロン100℃の演出家で、
「時効警察」の演出でもおなじみですよね。
スペシャルゲストもお招きしています。
どうぞお楽しみに!
Special thanks to director Marjane Satrapi
and Longride. All rights reserved.
Written and photo by(福嶋真砂代)
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