vol.191
- Kankinouta 1
●餃子がタイヘンなことに‥‥
──『歓喜の歌』その1
©2008「歓喜の歌」パートナーズ;
シネカノン有楽町1丁目
渋谷アミューズCQN、新宿ガー
デンシネマほか全国一斉ロードショー♪
□松岡錠司監督に会いました。
『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』では、
いまにもドーッと泣きたいのに、
そうそう簡単には泣かせてもらえない、
目の淵で涙が止まってるギリギリ状態を、
魔法のように編み出してくれていた松岡監督。
じつはいつかお会いできたら聞いてみたいと
去年の『東京タワー〜』の舞台挨拶から
思っていたことがありまして。
なにかと言うと、変なことなんですが、
漢方薬のことなのです。
オダギリジョーさんが、たしかその挨拶のときに、
「監督にすごい効き目の漢方薬をもらってのんだ」
という話をしていて、
監督は「そうそう、ボクお腹が弱くて‥‥」
みたいなことを返していらしたんです。
その効果はいかなるものかと、
やっぱりお腹の弱い、虚弱な私としては、
そんなしょうもないことが、
ずっと気にかかっていたのでした(笑)。
正しい処方の仕方から北京の薬屋の話まで、
滑らかに漢方の世界を解く松岡監督を、
ぜひ漢方師匠と呼ばせていただきたく!
さて今回、松岡監督にお会いして、
もちろん漢方薬だけじゃなくて、
映画にまつわる「ものがたり」をお聞きしました。
そうすると『歓喜の歌』がさらに立体的に、
深みをもって見えてくるような気がしました。
ハンバーガーの袋を抱えて現われた監督は、
ハンバーガーが冷めてしまうのもかまわず、
熱く話し続けてくれました(スイマセン)。
この映画は、立川志の輔さんの
新作落語「歓喜の歌」が原作になっています。
落語を観た方も、観ていない方も、
しっかりたっぷり楽しめると思います。
とある地方都市の文化会館が舞台です。
そこで年末に起きた、
2つのコーラスグループの
コンサートダブルブッキング事件をめぐり、
飯塚主任(小林薫)と部下の加藤青年(伊藤淳史)が
間に挟まれ、窮地に‥‥。
ラーメンとタンメン、さらに餃子も絡み(?)、
さて、暮れの大事なコンサートは、
無事に行なわれるのでしょうか‥‥。
落語で語られる主軸の物語に加えて、
映画は、登場人物も増えて、厚みを増し、
キャラクターそれぞれの個性が浮き上がり、
抱えるさまざまな問題が横軸となって、
にぎやかにテンポよく事件が展開します。
笑ったり、ドキドキしたり、
気づくと、飯塚主任の情けなさが愛おしく、
しんみりなっていたりして‥‥。
“志の輔らくご”の魅力から
今回の脚本を作るときの苦労、
それからキャストの小林薫さんらのこと、
さらに監督がこの映画で目指したことまで、
軽妙洒脱な監督のお話をお楽しみください。
さっそく前編をどうぞ。
漢方師匠、松岡錠司監督‥‥
□そこにいて、見つめていることが、
「現場」なんです。
── 監督にとって“志の輔らくご”の魅力とは、
どこでしょうか。
松岡 絶妙な“切り取り方”というか、
志の輔さんの視点がいいですよね。
誰も想像つかないことではなくて、
誰もが見ているはずなのに、
それを彼がパーフォーマンスすると新鮮だし、
モノゴトの核心がそこでわかることがあって、
「あ、こういうことだったんだな」というような、
そう言えることをうまく表現できるところが
彼のスゴさですよね。
何かに不満を持ったり、
何かに感動したりしても、
そのことを物語にして伝えられる技術、
そこのところが勉強になりますね、
作り手としては。
── あ〜、映画の監督としても‥‥。
松岡 ドラマを見せて、なおかつ、
お話のおもしろさの中に、
人間があぶり出されてくるということに関して、
落語も映画も共通してると思うんです。
── 残念ながら、落語はDVDでしか
見ることが出来なかったんですが、
映画の場合は、すごく分厚く緻密に描かれていて、
(落語から)ここまで想像を膨らませていたとは、
スゴイと思ってしまいました。
松岡 シンプルだからおもしろいのは、落語ですね。
あちら(落語)の方が元ネタなんですけど、
もしかしたらライブを見ないで、
映画を先に見る方も、おそらくこの先、
多くなると思うんですよね。
── ですよね、志の輔さんの公演は、
チケット取るのは至難の技ですし。
松岡 映画の後にせめてDVDで観ようという人もいるし。
── それ、私のルートです。
私は柳家小さんさんをよく観に行ってたんですが、
小さんさんの落語は「間」がいっぱいあって、
「え〜っ?」って言ったまま、
ずっと黙ってることも多くて(笑)。
松岡 落語はライブで聞くと「間」がいいよね‥‥。
行間がおもしろいんだ。
でもそういう時に限って、
鳴るんですよ、腹がガンガン‥‥。
── お腹が鳴る〜!(笑)
松岡 そういう「間」に限ってグググーって。
話よりもそのことに気をとられて、
この場面でおそらく「間」をとるな、
っていうのをだいたいわかってて、
「あ、やっべー」って思ってると、
そういうときに限ってネ。
みんなが笑ってるときは、鳴らないし、
そういう予兆もないのに。
あれ、冷や汗もんですよ。
ちょうどその「間」のときだけだから、
鳴るのは(笑)。
── あ、私、ひとつ気になってったことがあって。
前に『東京タワー〜』の舞台挨拶で、
オダギリさんが
「監督はいつも丸い玉をのんでて」って。
松岡 あ〜、漢方薬ね。ロウで固めたヤツ。
アレね、風邪のひきはじめにのむと、
よく効きますから。
── そう、アレです。
『歓喜の歌』の撮影の間ものんでましたか。
松岡 今回は、コレ(出してみせてくれる)ですよ。
── おお〜、コレですか。
(商品名を出せなくてすみません)
松岡 ボクは虚弱体質なのに映画監督やってて。
でも今は、虚弱だから映画監督やれてると
逆に思うんですけどね。
── え? どういう意味ですか?
松岡 みんなが助けてくれるから(笑)。
スタッフだったらオレなんか野たれ死にですよ。
「あいつは体弱いから使えない」って。
リリー・フランキーもアレ使ってるんですけど、
オレよりもあの人は全然常識はずれてるなと
思うのは、本当は1回でのむ量じゃないのを
あの人はまるごと食べちゃう。
── 恐ろしい。どうなっちゃうの‥‥?
松岡 どうにもならないですよ。
だって基本的には人工物は入ってないですからね。
── 効いてるのかどうか、のみすぎると
わからなくならないですかね。
松岡 だから、ダメだなと思う時にのむのがいいんです。
今は大丈夫というときは、のまないようにする。
のむとすごく元気になるんじゃなくて、
そこで疲れが止まるんです。
それが効いた状態。それを認識しないと。
火照っちゃって「オレいま元気だ!」
っていう使い方は良くない、過剰なんです。
それを勉強して飲まないと。
── はい。よくわかりました(笑)。
松岡 だからほんとに疲れている人には、
オレあげますよ。『東京タワー〜』の時、
それをオダギリくんにあげたんだけど、
彼は30才前(当時)だったし、
結局元気なわけですよ、オレに比べたら。
のんでちょっとすると
「いや、熱いんですよ」って言うから、
「そうだろ」って(笑)。
── 今回は、小林薫さんには、
あげたりしなかったんですか。
松岡 小林さんは基本的に元気だと思う。
── でも真夏に、真冬のシーンの撮影で、
過酷だったと‥‥。
松岡 インタビューでね、何度も
「頭が真っ白になった」って
小林さんはおっしゃってるんだけど。
そうなるのも当たり前の状況だったんです。
むしろその辺は、俳優の現場力というか、
そうそう夏バテしない瞬発力というのが
ありますね。
野外の撮影で、真夏に真冬の服装させて、
長回しだとか、そんなことは、
ボクのほうがしないです。
だから一瞬出てもらって、バーッとやったら
またクーラーの効いてる待機所に入る、
っていうぐらいは耐えられるような、
瞬発力さえあればいいんです。
── 役者さんは瞬発力、なんですね‥‥。
松岡 基本的にはね。
演劇のような長丁場と違って、
映像の場合は切り取っていきますから。
映画ならでは、と言うと、
不思議なことなんだけど、
順番通りに撮らないのに、
繋げてみると正確に継続されている。
それは監督と俳優の
キャッチボールなんでしょうけど、
演じてる人は、前後関係を
想像しながらやるんです。
やっぱり優れた俳優というのは、
それが違和感無くできる、と言うか、
瞬間しかないわけですからね。
本人も本当はわかってないんです、厳密に言えば。
繋がらないと、実際どうなっているか
わからないのは、よくあるんですけど。
小林薫さんは、キャリアもあって、
しっかり繋がるのがスゴイですよね。
©2008「歓喜の歌」パートナーズ;
── 伊藤淳史さんとの掛け合いも、
絶妙でしたけど、演出であのように?
松岡 どこまでが演出か、っていうのは、
自分でもわからないことがあるんですけど、
見つめる人が不在の中では成り立たない。
見つめている人間が何も言わなくても、
そこにいて、見つめていることが、
「現場」なんです。
見られている方が何も言わなくても、
何かを咀嚼しているとか、または、
自分のやりたいようにやるとか、
それに対して見つめているこちらが
また反応するという、
まさにそういうキャッチボールの場ですね、
現場って。
今回特に、これだけ登場人物の多い群像劇を、
それぞれの俳優さんに対して、
どういうふうに接していこうかというのは、
監督としてはひとつの課題だったけど、
今回は、芸達者な人たちが、
自分の役割をちゃんとわかってて、
出るところは出るけど、控えるところは控える、
そのバランス感覚を、登場人物のみんなが
わかってる、そんな感じが、
現場ではしましたね。
つづく。
2つのコーラスグループに加えて、
文化会館の職員やその家族、
それとグル−プメンバーそれぞれの家族と、
さらに周りの人々もいるし、
もちろん、撮影スタッフもいて。
そんな大所帯の指揮者が松岡監督なわけですから、
本当にそれは大変なことだっただろうと、
さぞや漢方薬も大活躍だっただろうと、
考えるだけで目眩がしそうになりながら、
その仕上がりの完璧さに、
観客も歓喜する(うまい!)
わけですね‥‥(笑)。
次回は、安田成美さんが演じた
“コーラスガールズ”リーダー役のことや、
キャラクター作りを含めた脚本作りの難しさ、
さらに松岡監督がこの映画で目指したもの、
などについて伺います。
お楽しみに。
★『歓喜の歌』
Special thanks to director Joji Matsuoka and
Takashi Oka(Fresco). All rights reserved.
Written and photo by(福嶋真砂代)
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