OL
ご近所のOLさんは、
先端に腰掛けていた。

vol.199
- More Than 1000 Words -1


いつかみんなが笑えるように…。
──『1000の言葉よりも』その1



©Ziv Koren「1000の言葉よりも」
東京写真美術館ほか、全国順次ロードショー中


□ジブ・コーレンさんに会いました。

イスラエルの報道写真家に密着した、
『1000の言葉よりも』という
ドキュメンタリー映画が上映されています。

テルアビブ在住のフォトジャーナリスト、
ジブ・コーレンさんの生活は、
朝、ひとり娘を幼稚園に送り届けてから、
その足でガザや、ヨルダン川西岸地区の
パレスチナ自治区へ出かけ、
命の危険を犯して紛争現場で写真を撮り、
夜、仕事を終えて帰宅する。そんな毎日です。
(奥さまはすごい美人の女優さん!)
1995年のテルアビブで起きたバス爆破テロの写真が
TIME誌の表紙を飾ったのをきっかけにして、
“過去45年の中で最も重要な写真200”にも選ばれ、
世界にその名を轟かせました。

「裏庭に戦争がある。」
そんな(奇妙ともいえる)彼の日常と、
紛争の現場で被写体を追う姿と、写真が、
ソロ・アビタル監督の映像と音楽で、
悲惨で恐ろしいというよりも、むしろ、
センスよくスタイリッシュに提示されます。

この、血で血を洗うような、
想像を絶する、残虐で、悲しい、
長く長く続く中東の紛争の現実を、
どんな想いで写真に撮り続けてきたのか、
訊かなければと思いました。

でも正直言って、わたしは、
イスラエルとパレスチナについては、
その歴史や、複雑な背景や、宗教も、
本当に恥ずかしいけれど、難しいからと
わかろうとしていなかったと思います。
もちろんニュースを見るたびに、
いっこうに終らない「けんか」だと思い、
心を痛めてはいました。
でも、この『1000の言葉よりも』を観て、
心がガラリと開けたような気がしました。
「おい! ぼーっとしないで」と、
頭から冷水をかけられたように思います。
もし私と同じような人がいたら、
まず観てみてください。
そこでなにかを感じてください。

まさにタイトル(原題のまま)どおり、
言葉なんかで説明するよりも、
感覚にダイレクトに訴えかけてきて、
いままでの何倍も理解できたような気がします。
それは「知識」とか「情報」というものではなくて、
その場の空気や、人々の表情が語る、
悲しみ、絶望、恐怖などの感情を
感じられたからだと思います。

背景をよりよく知るために熟読したのは、
「パレスチナ新版」(広河隆一 著)です。
それから今回、同時上映される
紛争地域の映画のなかでも、とりわけ
『パレスチナ1948 NAKBA』、『プロミス』、
『パラダイス・ナウ』、『ガーダ ―パレスチナの詩』
は、必見中の必見です。

ジブさんが、ひとりの報道写真家として、
厳しい紛争の現場で、どういうふうに心を保って、
すごい瞬間を撮りつづけることができるのか、
写真を撮ることで目指すものは何か、
現場で何を感じているのか。
映画で、まるで獲物を追うヒョウのように、
鋭い目をしてカメラを構えるジブさん。
激しく強い人なのだろうかとやや身構えたのですが、
とてもやさしい目、そして穏やかで、
繊細な気遣いをする方でした。


写真展にて@BankART

□僕の写真で世論をつくりたい。

── 日本の印象はいかがですか。

ジブ これで2回目の来日ですが、日本は大好きです。
   僕はすごく好奇心が強い人間なので、
   世界中を旅行していろんなことを見るのが好きです。

── ジブさんが日々カメラを向けている風景に比べると
   ここはほんとに穏やかな日常が流れています。
   そんななかで過ごしていると、
   遠い国で起きている哀しい出来事について、
   関心が薄れてしまいます。
   ニュースを見ても他人事としてしか感じられなく
   なってしまう。
   でもこの映画がすばらしいなと思うのは、
   ジブさんがふつうの生活に身を置いているからこそ、
   悲惨な紛争のなかに真実を求めて、カメラを向け、
   見る人にそれを近くに感じさせることができる。
   ソロ・アビタル監督の力もすごいと思うし、
   ジブさんのパワフルな姿にも圧倒されて、
   いろんな意味で感謝しています。


ジブ ありがとうございます。
   “人の関心”ということについて言うと、
   それはグローバルな問題なんだと思います。
   自国で起こることのほうが、外国のことよりも
   関心があるのは仕方がない。
   映画のなかで話しているように
   近代社会は日々変化していて、
   ライフスタイル、ファッション、経済に、
   関心が移っていくものです。
   だから外国で紛争が起きていることは、
   忘れられてしまう。
   でもだからこそ、もっと注意を喚起して、
   関心を持つように、
   自分の目をオープンにしないといけないと
   僕は思っています。

── そうですね。
   いちばん危険なことは、何が起こっているか、
   知らない、知りたくない、知ろうとしない、
   ということだと、わたしも思います。


ジブ 本当にそのとおりだと思う。
   映画のなかで、じつは「知りたくない」と
   思っている人もいるという事実を話してますが、
   “限られた情報のなかで
   ふつうに暮らすようにしている”
   という人がいるのはある意味、理解できます。
   でも、僕の仕事のなかでやろうとしていることは、
   人々の関心を向けさせるようなイメージを
   クリエイトすることです。
   イスラエル・パレスチナ紛争のすべてを、
   人々に理解してもらいたいし、
   世論を作りたい。
   ほかの地域の紛争についても同様です。
   人々は、起こっていることの真実を
   知るべきだと思うからです。

── パレスチナ・イスラエル紛争地帯は、
   世界中から注目されている地域で、
   しかも現在進行形のことで、
   その渦中(middle)に暮しているジブさんが、
   命をかけて写真を撮っているということが、
   とても重要だと思っています。


ジブ 僕もそのことが重要だと思っています。
   両サイド(イスラエル/パレスチナ)から、
   紛争の写真を撮るということ。
   2つのサイドのなかでバランスをとっている
   ということが重要です。
   もし片方のサイドだけから撮ると、
   プロパガンダになってしまうからです。

── ジブさんは、イスラエル軍に同行して、
   紛争地域のなかに入っていくということなのですが、
   そのとき、ついイスラエルの視点で
   撮ってしまうとか、
   視点がズレてしまうことはないのですか。
   そうならいようにバランスをとるためには、
   どうしているんでしょうか。


ジブ 僕はつねにプロフェッショナルであろうと
   心がけています。
   僕の考えを、写真を見る人に
   押しつけたくはありません。
   僕は「リアリティ」を提供します。
   それについて、”あなたが”
   自分の考えを持ってほしいのです。
   僕のパーソナルな視点を、“あなたに”
   植え付けようとしません。
   僕の個人的な視点なんてどうでもいいことなんです。
   いいと思っている瞬間を撮ることもあれば、
   ときには僕が反対していることが起こっている
   瞬間を撮ることもあります。

   「プロフェッショナルである」ということは、
   たとえば、医者が2人の患者を前にして、
   1人はイスラエル人で、もう1人はパレスチナ人
   だとして、同じように治療をするということです。
   僕が何人であろうが、何を考えようと、
   現場に行って、目の前に起きていることを撮る、
   それもできるだけ自然な形で、です。
   イスラエル兵士がパレスチナ人を叩いている
   ところも撮ります。たとえそれが、
   イスラエルを不利な立場に導くとしてもです。
   同様に反対のことも起こりえます。

── センシティブな質問かもしれませんが、
   イスラエル政府から規制がかかることは
   ないのでしょうか。
   たとえば「その写真は困るから出さないでほしい」
   というような‥‥。


ジブ 無いです。
   民主主義の国ですからそれはありません。
   規制があるとすれば、イスラエル軍に付いて
   紛争地域に行く場合ですが、
   国の安全保障に関わる対象物を
   写さない限りは、規制はありません。
   一度、写真をピックアップされて、
   「これはよくない」と言われたことがあります。
   僕は「軍からお金をもらっていないし、
   よくないからといって見せないのは、
   真実を語る僕の仕事のポリシーに反する。
   安全上問題が無いのなら僕は出します」
   と言ったときに、つかんでいた写真は、
   リリースされたことがありました。

   ただ、潜水艦のなかへ入ったときは、
   最高機密のものがたくさんあるので、
   公開してはいけないものはあります。
   それは理解できました。
   でもそれ以外、外で撮影するときは、
   決して規制を受けることはありません。

── その潜水艦に入ったときは、
   他のプレスも一緒だったのですか。


ジブ 僕だけの独占(exclusive)取材です。
   僕は、多くの時間とエネルギーを使って、
   僕だけのストーリーをプロデュースするように
   努力しています。
   多くの場合「独占」になるように闘います。
   なぜなら、いまの時代の写真は、
   オートフォーカス、
   高機能デジタルカメラのおかげで、
   技術的な障害を除くことができるようになりました。
   だから、いまのメディアでいちばん難しいことは、
   「独占」でストーリーを作ることなんです。
   ほかのメディアがやらないことをやることです。

── たとえばコネクションを作ることですか?

ジブ それもあるし、時には大臣を説得したりもします。
   潜水艦は、僕が民間の写真家で初めて、
   入ることができたのです。
   見学ツアーだけじゃなくて、実際に潜水して、
   1日丸々、海のなかにいました。
   (映画のなかでも、個展でも、
    イルカが潜水艦の前をはねている写真を
    観ることができます)

── 潜水艦の内部を見たとき、興奮しましたか?

ジブ しましたね。
   とくに軍と一緒に仕事をするときは、
   多くの準備時間が必要です。
   ほかのメディアが入ったことがないような場所には、
   入る許可をとるのに2年かかるときもあります。
   だからそういう意味でも、入ったときは、
   エキサイトしました。

── ほかに準備に苦労するときは?

ジブ やはり軍隊と、政治家を撮るときですね。
   シャロン首相を撮ったときも、
   独占で、1対1で、
   とてもパーソナルな雰囲気のなかで撮りました。

── シャロン首相の、ピカソの絵に囲まれた写真は、
   なんともリラックスした表情ですね。


ジブ あの日も、ほかのメディアはいませんでした。
   首相がプライベートに美術館を訪問した日で、
   「数分間写真を撮って、退場してください」
   と担当者に言われました。
   ほかにプレスがいなくて、SPさえも、
   リラックスしているなか、美術館を廻りました。
   ユニークなのは、「独占」というだけではなくて、
   首相がひとりでベンチに座って、
   ピカソの絵に挟まれている。
   それもちょっと情けない表情をして‥。
   その状況で、あの写真に、
   付加価値がついたと思います。
   首相とはそれこそ何日もかけて、
   ランチ、オフィス、ヘリコプターの中とか、
   イスラエルのいろんな場所で一緒に過ごしました。
   そうやって信頼関係を作ってから撮影に臨みました。
   でも、わかってほしいのは、だからといって、
   僕がシャロン首相に投票するわけでは
   ありません。それは別問題です。
   僕の個人的な考えはまったく関係なく、
   彼が偉大だから(あるいは逆でも)写すのではなく、
   それが、僕が仕事に対して
   「プロフェッショナルである」ということなんです。

   つづく。


©Ziv Koren

ジブさんの写真からは、
強いインパクトとアートとともに、
なにか不思議と温かい体温を感じます。
なぜなのでしょうか‥‥。
次回もジブ・コーレンさん、後編です。
お楽しみに。

『1000の言葉よりも』
BankART1929(写真展6/10-21)


Special thanks to Ziv Koren
and Mitsue Kanda (UPLINK). All rights reserved.
Interview, writing, translation and photos
by(福嶋真砂代)

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2008-06-19-THU
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