岩田さんの本をつくる
任天堂の元社長、
岩田聡さんのことばを集めた本をつくりました。
編集を担当した永田泰大が、
本ができるまでのことをすこし振り返ります。
待っているみなさんへの、
みじかい挨拶みたいにして。
こういう人だったんだよ。
かんたんに、この本の成り立ちを書くつもりが、
ずいぶん長くなってしまいました。
最後に、この本について、具体的に書きます。
もともと、そういうつもりだったんです。
まず、はっきり言っておきたいのは、
この本のなかにある岩田さんのことばは、
ほぼ日刊イトイ新聞のいくつかのコンテンツと
任天堂の「社長が訊く」のなかにあるものだということです。
この本にしか載っていないまったく新しいことばは、
(ほんのすこしはあるのですが)
ほとんどないと思っていただいていいと思います。
岩田さんはいないのですから、
まったくあたらしいことばは、
当たり前ですけど、収録できないのです。
また、新聞や雑誌、海外のインタビュー、
あるいはゲームショーなどでの基調講演など、
世の中に出ている岩田さんのことばを
すべて網羅しているわけではありません。
あくまでも、私たちが手の届く範囲にある
岩田さんのことばを見つめ直し、
大切に思える要素をすくいとってまとめたものです。
岩田さんの「全発言集」のようなものを期待している人には、
もの足りない内容になっているかもしれないということを
あらかじめお断りしておきます。
岩田さんの全仕事をリストアップしたり、
巻末に詳細な年表が添えられていたり
ということもありません。
これ一冊で岩田聡のすべてがわかる、
というものではありません。
それでも、
ぼくはこの本に胸を張ります。
一冊の本にまとめられたことがとてもうれしい。
出せてよかったとこころから思っています。
本のタイトルが糸井重里の口からすっと出たときに、
この本の役割がはっきりと見えたようにぼくは思いました。
『岩田さん』。
それは、ぼくらが岩田さんを
呼んでいたときの眼差しそのものです。
岩田さんのことをいまも思う人が、
思うときに呼びかける名前が
この本のタイトルなのだと思います。
ですから、なんだか煙に巻くようですが、
岩田さんのことを「いわっち」と
こころで呼んでいる人にとっては、
この本は「いわっち」でいいのだと思います。
いまから4年前の7月、
岩田さんの悲しい知らせが世界に流れたとき、
さまざまなメディアに掲載されたのは、
いわゆる「訃報」でした。
そこでの岩田さんはやはり
任天堂という大きな企業の「社長」で、
スーツを着た、真剣な顔をした、とても重要な、
「岩田聡氏」の情報が世の中にあふれました。
ぼくは、たぶん読みたい人がたくさんいるだろうと思って、
これまでほぼ日に掲載された岩田さんのコンテンツを
まとめたページをつくりました。
できあがったそのページを見て糸井重里は、
「岩田社長じゃなくて、
ぼくらの知ってる岩田さんはここにいる」
というふうに言いました。
たぶん、私たちは、私たちの知っている
「岩田さん」の話をしたいのです。
ひょいとオフィスに遊びにくる「岩田さん」を。
こんな本を読んだんですけどね、と
うれしそうに語る「岩田さん」を。
目の前のお菓子をぱくぱく食べる「岩田さん」を。
雑談なのに聞いてる人が
思わず手帳を開いてメモしたくなるような
見事な仮説を披露する「岩田さん」を。
会話の中でわからないことがあったときに
ふっと黙ってその理由を考えている「岩田さん」を。
うれしいことを報告するとき
ずっとニコニコ笑っている「岩田さん」を。
ひとつ、この本を象徴していると思ったことがあります。
それは、本をつくる作業がとうとうぜんぶ終わって、
書店などに本のことをお知らせする
資料をつくっているときでした。
広報の業務を担当している同僚が、
本の最後に掲載されている
岩田さんのプロフィールを読んで、
ちょっと気をつかいながらこう言いました。
「これ、岩田さんが亡くなったことが
プロフィールに書いてないですけど、
このままでいいですか?」
読み返して、たしかにそうだとぼくは思いました。
本に書かれた岩田さんの略歴は、
任天堂の社長になって、
数々の革新的なハードをつくり、
ゲーム人口の拡大に尽力した‥‥
というところで終わっていました。
書籍の巻末に掲載するプロフィールとして考えるなら、
おそらくこれは正しくない。
ほんとうなら、いちばん最後に、
「2015年7月11日、胆管腫瘍のため逝去」
という一行を書き加えるべきなのかもしれない。
けれども、なんだかぼくはそれを書かなかったし、
いま読み返しても、このままでいいように思うのです。
亡くなったことを認めたくない、
なんて子どもじみたことを言いたいわけではなく、
この本のプロフィールに限っては、
これでいいような気がするのです。
たぶん、私たちの知っている「岩田さん」は
どういう人だったのだろうか、
ということなのだと思います。
宮本茂さんや糸井重里が
それぞれに岩田さんを語るページにも
その傾向は表れていると思います。
ぼくは、ふたりが岩田さんのことを思い出そうとして、
「いっぱい思い出はあるんだけど、
あらためて思い出そうとすると
思い出せないなぁ‥‥」
という感じになる場面がとても好きで、
できるだけその雰囲気を誌面に残しました。
いってしまえば、そこに情報量はないし、
資料としての意味も薄いのかもしれませんが、
そういう距離感がふたりにとっての
「岩田さん」なのだろう、とぼくは思いました。
だから、この本には「基調講演全発言」はないけど、
岩田さんが漬物は食べられないことは載ってます。
「本邦初公開の未公開インタビュー」はありませんが、
岩田さんが『ワリオ』の試作を見て
「くだらねぇ‥‥」とつぶやきながら
延々それをさわっていたことは載っています。
「秘蔵の手書きメモ」は載ってませんが、
岩田さんがどういう人でありたかったかは、
たっぷりと載っています。
『岩田さん』は、そういう本です。
私たちの知っている、
こういう人だったという「岩田さん」を、
過度にドラマチックに演出することなく、
見せたい姿にデフォルメすることなく、
そのままのことを知ってもらいたくて、つくった本です。
こういう人だったんだよ、と。
こんな素敵な人だったんだよ、と。
頼りになる、尊敬すべき人だったんだよ、と。
人がよろこぶことが大好きで、
そのためなら苦労を
いとわなかった人なんだよ、岩田さんは、と。
この本を真ん中に置いて、
みんなが「岩田さん」の話をしてくれたら、
私たちはとてもうれしいです。
どうしても、長くなりました。
そして、やっぱりちょっと感情が表れすぎます。
編集者としては、どうかと思います。
岩田さんは、なんて言うだろうなぁ。
2019年7月
永田泰大(ほぼ日)