坊さん。 57番札所24歳住職7転8起の日々。 |
第11回 修行僧の食事はどんな感じ? ほぼにちは。 密成坊です。 今日は初の 修業時代の話。 食事についてです。 ちなみに加行(けぎょう、修行のこと)の 起床時間は 3時30分です。 最後の1週間は2時! 消灯は9時だけど 寝られないよー、そんな時間に。 行者(ぎょうじゃ、修行してる人たち)の 楽しみのほとんどは やっぱり食事になります。 行者の持ち込みが許可されるのは インスタントコーヒー、砂糖、 粉末ミルク(クリープみたいな)、 そして、なぜか「ミロ」です。 「ミロ」に少し水を混ぜて、 団子にして 「チョコレート!」 といって食べている人もいました。 以外とイケます。 朝ごはんは、おかゆです。 それとタクアンと 「アラッ」という商品名の 「ごはんですよ!」みたいな 海苔の佃煮です。 おかゆは 食当(じきとう) という食事当番があって 自分たちで作ります。 食べる前に日直の一人が(二人いる) 「サンパラギャタ!」 と唱えると、もう一人が 「平等行食!!」(びょうどう、ぎょうじき) と応えます。 へんなの! と最初は思うけど、 すぐに普通になります。 「いっただきまーす」という気分になります。 そして、そこから結構長い 食事作法が始まるんです。 いっこ例を挙げると 「出生飯」(シュッサバ)といって 小さな皿に7カ所、おかゆをとって いろいろな仏様などに捧げます。 僕は絶望的に不器用なので 箸の持ち方がすっごい変で これにはいつも、苦労していました。 ちなみに(僧侶じゃない)一般の人に 箸の持ち方を指摘されると 「すいません。コレ、 “金剛流”(こんごうりゅう)っていう お坊さん独自の持ち方なんです。 気になったら ごめんなさい?」 と言うのが 僕のお気に入りの 大ボラです。 もちろんすぐに、ネタ晴らししますが。 それで、いよいよ 食べられる訳なんですが 僕は席が特等席でした! 一番端っこの席だったので (長テーブルみたいなのに、正座してたべる。) まわって来たタクアンのタッパーが僕の前で止まって 食事の間、僕の前にずっとあるんです。 つまり僕はタクアン食べ放題でした。 これは行者の中ではかなりヒーローでしたねぇ。 普通は、帰り際に一個 こっそり、つまんだりするわけだから。 でも食べ始めたといって安心できないんです。 一人、指導員の僧侶に おかゆの「おもゆ」の熱烈なファンがいたんです。 「おもゆ」ってわかります? おかゆの白いお汁の部分です。 そういうものにも、ファンって存在するんですよ。 だから、食当が、その人が 来る日をチェックし忘れて 「おもゆ」が少なかった日には! 「なんだぁぁぁぁぁぁーーー! このカユはぁぁぁーーー!!」 と烈火のごとく、叫びまくります。 そして全員「般若心経」を写経させられるんです。 そんな不条理な! と思うかもしれませんが その方は 「何故、カユには“おもゆ”がたっぷり必要なのか?」 という事に関して かなりプロフェッショナルだったんで パーフェクトに理論武装を済ませてるんですね。 それこそ数学の“証明問題”みたいに。 (どんな理論かは忘れましたが。) もう、朝ゴハンからしてそんな調子です。 昼、夜に関しては「おかず」が出るんですが 一度 「米」「冷や奴(とうふ))」「そうめん」 という日もありました。 もう、真っ白! ちなみにダントツの一番人気は 「アペックス」というすごいネーミングの 大豆のつぶしたヤツのフライでした。 チキンみたいな味がします。 「どうして今日は、肉を食べていいんだろう?」 と、思ったほどです。 そして、結願(けちがん)といって 一つの修行が終わったエポックな おめでたい日には 「結願カレー」が行者の労をねぎらいます。 「肉」のかわりに「こんにゃく」が入ってました。 個人的に僕が一番好きだったのは 「シソ丼」 という ごはんにシソを載せたメニュー。 深夜に食事の話をすると、たいがい すごい、お腹が減るんですが 今日は全然、大丈夫です。 みんなもそうでしょうね。 ミッセイ。 |
2001-12-31-MON
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