坊さん。 57番札所24歳住職7転8起の日々。 |
第65回 雨の牟礼に彫刻家と長く、話す。 ミッセイです。 庵治石の産地、香川県の牟礼(むれ)に行ってきました。 イサム・ノグチ庭園美術館と 和泉正敏さんの創作現場をみせて頂くためです。 彫刻家イサム・ノグチは1969年から この地にアトリエと住居を構え、 和泉正敏さんをパートナーに 20年余りの間、数々の作品を制作しました。 そして、今でも、多くの人が この地に集まってきます。 荒俣宏さんや ゲージツ家、篠原勝之さんも この地への想いをどこかに、書いておられました。 そして、栄福寺に 和泉さんの石の手洗いを置く 構想があるのです。 牟礼で迷ってしまった僕は、 迷っている間に、たくさんのダンプカーが集まる 「石切場」に迷い込んでしまいました。 そこは自然の持つ、荒々しさや 圧倒的な“力”を持つ場所で、 静寂な石達と出会う前に、 この場所に来てしまった事は、 よかったかもしれません。 やっとのことで庭園美術館に到着し、 イサム・ノグチの住居や作品、制作現場をみました。 そこは、 一人の人間が無邪気に生きることを手探りした、 “夢の跡”のような空間で、 「生きたい、生きたい。」 と思いました。素敵だった。 その後、和泉さんは、僕に 何時間も、何時間も、 牟礼を回って、石を見せてくれました。 「これは、大阪城築城の時に掘ったものだね。」 そして、僕の構想に直接的に 触れるのではなく、 多くの石を通して、 なにかを語りかけようとしているのだと感じました。 雨のふる牟礼で、傘もささずに、 たくさんの事を話してくれました。 「その石が、すばらしいことや、美しいことよりも、 回りの環境の中での存在のほうが大切だね。」 「自分の中を“無”にして、自分の中に採り入れてみる。 そこから、なにかが、生まれる。」 「ノグチ先生が考えた空間がここに残るか。 ぜんぶ、やめるか。 どっちかなんだよ。」 僕の耳に伝わってくる いくつかの言葉は、 真面目さ、やさしさ、伝統的立場、という言葉を 時に意識的に、遠ざけてきた僕に、 もう一度、じっくり、考えさせてくれる言葉でした。 そして、時に、彼の口から発せられる 愛する空間、精神を守り、創るための、 覚悟のような言葉は、 「今までの僕では、足りない覚悟がたくさんある。」 と感じさせるものでした。 自分の言葉を発する。 そこには、本当にたくさんの 誤解とか嫌悪とかがあるかもしれない。 でも発さずに終わるのかい? 冗談じゃないよね。 わかっちゃいたけど、わかっちゃいたけど。 足りない何かがあったみたい。 「不思議だけどね。 好きなこと、してると 好きな人達が集まるんだよ。 でもね、へんなことしてると、 へんな人が集まり出すんだよ。 これは憶えていた方がいいね。」 石の手洗いはどうなるか、わんないど、 勇気を出して会いに行ってよかったと思う。 発してよかった。会えてよかった。 帰り際、 「さよなら。」 と僕が言うと、 和泉さんや奥さん、スタッフの方が、 「さよなら。」 「さよなら。」 「さよなら。」 と言った。 うまく言えないけど、 その時、僕は言葉が 僕達の回りを漂うのを感じた。 昔の人が言う 「ことだま」って感覚って、 こんな感じかなって思ったよ。 ミッセイ |
2002-07-14-SUN
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