トラッシュ善戦も経験差の判定負け。
2003年の大晦日の話題をさらった3大格闘イベント。
視聴率では曙×サップが見事に勝利。
紅白裏番組史上最高の19.5%と記録的な数字を記録した。
多くの人が話題性を強く感じ、
チャンネルを合わせたということだ。
総合格闘技に劣らず、2004年ボクシングも活発だ。
1月3日(土)から3つの世界戦が開催された。
2つは大阪で行われた
WBC世界S.フライ級「徳山×キリロフ」と
WBA世界S.フライ級「ムニョス×小島」。
そしてパシフィコ横浜で行われた
WBC世界フライ級タイトル「ポンサクレック×中沼」。
新年早々の世界戦開催で関係者の間では
休みが無いとの嘆きも聞こえる。
実は日本では年間約250日前後ボクシングの興行が
行われているのだ。
このパシフィコ横浜の試合が
2004年最初の世界戦観戦となる。
この試合の挑戦者である中沼選手(28歳)にふれておこう。
TVでも紹介されていたが、若かりし頃、
少年鑑別所に2回ほど入所し、自身のリングネームも
トラッシュ(Trash くず、がたくた)という
自虐的とも思える名前をあえてつけている。
さらに直前の2戦は日本人に連敗するなど、
色々な意味でこの世界挑戦は掟破り的なところがあり
選手としても異質な存在である。
中沼選手の魅力はしつこい攻撃。
近距離で相手と密着し、強いパンチと無尽蔵のスタミナで
徹底的に攻撃を仕掛けるというものだ。
チャンピオンはタイの強豪、ポンサクレック(26歳)。
すでに8回の防衛を果たし、
プロ49戦というキャリアを持つ安定王者である。
サウスポーから繰り出すパンチは一発こそないが、
タイミングと連打は抜群で、
マットに葬り去られたボクサーは数多く、
現在39連勝中というアジアの壁である。
日本人相手で2連敗中の中沼選手の世界挑戦は
ボクシング界では異例。
予想もチャンピオン有利がほとんど。
それだけに本人も
「失うものは何もない」「死ぬ気でやる」と開き直り
精神的な充実は問題ない。
あとは王者とボクシングでの戦いとなる。
この「勢い」とクラス屈指の攻撃力を持つ王者の展開は
予想通り、そして後半は
良い意味で予想を超えたものとなった。
試合前リング上で睨みを効かせる中沼。
チャンピオン、ポンサクレックは冷静だった。
中沼の気持ちが上回っているかと見えたが、
チャンピオンの経験深さも物語るかのようでもあった。
試合は初回から予想通り、
中沼が密着してゆく展開となった。
両腕でガードを固め、真正面に立ち前に出て密着する中沼。
スキを見て、ボデイや顔面の空いている部分に
パンチを見舞う。
王者ポンサクレックはサウスポーの利点を活かせず、
そのまま打ち合う形となった。
しかし中沼には欠点がある。
それは攻防が分離してしまうことだ。
ガードを打たせておいて、隙を打つという戦法だが、
相手の手数が多いと貝のように防御だけ行う時間が
増えてしまうのだ。
前には出ている。
しかし攻撃では、強打の一発に頼る傾向となるので、
相手を崩す有効なジャブや軽いパンチも
少なくなってしまう。
だからといって中・長距離からのボクシングが出来るほど
器用ではなく、ましてや世界王者相手では
安易なスタイル変更など危険が大きくなるだけだ。
この日も少し距離を取ると
王者の伸びる左ストレートや物凄い踏み込みで
下がる所を痛打される場面が何回かあった。
試合は我慢比べのような接近戦で進んだ。
しかしポンサクレックはこの展開でも
世界レベルを見せてくれた。
大振りの中沼に対し、バランス良く、
的確なパンチが連打で出る。
さらに緩急もつけ角度もある。
軸がぶれずに最少の稼動範囲で連打が出るのである。
肘が体から離れないような
回転力を活かした美しいパンチである。
一発打たれると2、3倍となってパンチを返してくる。
4R終了時、中沼の劣勢を見た観客席からは
早くも「中沼コール」が湧き出た。
中盤まではこの展開で、試合前の予想通りで
試合結果も想像できてしまった。
しかし終盤にかけて異変が起きた。
試合支配はポンサクレックで全く変わらないのだが、
中沼のスタミナと打たれ強さ、
そして根性、執念としか形容できない力によって
リング上の圧力が変わってきたのだ。
中沼の攻撃は変わらない。
追い込まれた分さらにリスクを犯しての一発狙いが
少しずつだが当たり始めた。
そして11R中沼の放ったボディがポンサクレックを捕らえ、
王者たまらずクリンチ。
明らかにポンサクレックの表情に戸惑いが見え始めた。
WOWOWエキサイトマッチでも
王者の試合を多く放送してきたが、
経験と実力で勝るポンサクレックが
世界レベルに達してから、初めて見せた
迷い、弱気の表情だった。
恐らく多くの人は気付かなかったかしれないが
王者セコンドは最後までガード上げろと指示していた。
しかし簡単に世界王座を手渡してはくれない。
最後まで中沼の左強打を徹底的に殺し、時に足を使い、
ほとんど見せないクリンチを使い、
スタミナ切れを上手くカバーし12R終了した。
判定は明白だった。
3−0でポンサクレックが9度目の防衛を果たした。
この試合、恐らく多くの人が
終始同じような展開に刺激がなく、
物足りないと感じたと思う。
しかし終盤のポンサクレックが見せた
「迷い」の表情は、間違いなく王者の本音を現していた。
試合後「中沼が今までで一番強かった」とコメントしたのも
単なるサービスではないだろう。
シンプルプランで自分のボクシングに徹した中沼は
負けてもある程度満足がいった試合ではなかったか。
同時にハートでは良いものを見せてくれたが、
それだけでは世界の頂には届かないということを
痛感したと思う。
左だけではなく右パンチの使い方も研究し、
ジャブや軽いパンチを使ったり、足を使い左右に回るなど、
トータルでの完成度を上げてゆかなければ
世界レベルでは勝ち負けできない。
9Rに珍しくジャブを使った場面では
王者が下がる場面もあり、
様々なバリエーションがあれば
非常に有効であることは間違いない。
未完成で荒削り。勢いのみで実力差のある王者を
あれだけ追い込んだ「気持ち」の強さと、
12R最後まであきらめない精神力。
その源は練習だけで養えるものではない、
人間の本能の部分だ。
磐石の王者の「迷い」の表情から
ボクシングとは人間の闘争本能+技術という
永遠の魅力、テーマを持つスポーツだと改めて感じた。
大阪では徳山選手が上手さを見せ
指名挑戦者を大差で破り8度目の防衛。
強打のムニョスに22度目の戦いを挑んだ小島選手は
残念ながら10RTKO負けと
それぞれ明暗が分かれた。
2004年はどんな選手が、試合が、
ボクシングの奥深さや意外性を見せてくれるか。
1月10日には早くもWBC世界ミニマム級タイトル戦が
後楽園ホールで開催され、
さらには昨年涙を呑んだ実力派の選手達の
世界再挑戦も予定されていると聞く。
今年も楽しみな1年になりそうだ。
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