海馬。
頭は、もっといい感じで使える。

第9回 脳のストッパーをはずす


昨日から『海馬』の先行販売が開始いたしました。
開始日の19時で完売してしまいましたが、
その後に出版社と交渉し、
限定販売の部数を増加させましたので、今は、
『海馬』を買うことができるようになりました!
こちらの先行発売のページ
お買い求めいただけると、ほんとうにうれしく思います。

本日のこのコーナーでは、
300ページになる厚い「海馬」という本の
ほんとうに冒頭の部分からの会話の一部を、
抜粋紹介のかたちで、お届けしたいと思います。

このような身近な話題から、徐々にふたりの対談は、
科学的なのか、何なのか、という所まで進行するのです。
まずは、軽い気持ちで、読んでみてくださいね。






<※『海馬』 第1章より抜粋>


池谷 脳科学者は神経細胞ひとつだけを
見つめてしまいがちなのです。
だけど、ぼくは常々、
「それぞれの神経細胞のコミュニケーションの
 取り方がわからないと、脳はわからない」
と考えています。

糸井 関係、ということで言うと、
昔の狼少女と言いますか、
まわりとの関係を遮断して、
人と会わないし情報を入れないという中では、
脳はよくならないんですよね?

池谷 よくなることは、ありえないですね。
糸井 脳も人間の社会と同じなんですね。
個人だけでは生きられないし、
他人との関係がなければ
人としての活動がありえないんだ。

池谷 ええ。人間の社会も脳も、
個人や神経細胞どうしの相互関係があって
はじめて機能をあらわすものです。

糸井 脳のはたらきのいい人が増えると、
世界がおもしろくなるでしょうね。
人と人が会うのも楽しくなるし、
映画や音楽というような娯楽にも、
いいものがいっぱい出てくるでしょう。
それにもちろん仕事のできる人が増える。

池谷 はい。ただ、頭のいい人どうしや、
おもしろい人どうしがうまくいくかは、
またわからないでしょう。
そこはもう、生命科学が
カバーできる範囲ではないですけど。

糸井 ああ、そういうことはありそうだ。
「すごくナイスだな、頭いいな」
とぼくが思っている組織の
ボスどうしを紹介するのって、
すごく難しいですよ。
たぶん、牽制しあって、
なかなか仲良くならないから。
ボスどうしのそういう間合いって、
脳の仕組みには関係ありますか?

池谷 関係なくはないと思います。
脳は、もともと新しいものに対して
必ず警戒心を持ちますから。
そうじゃないと、たとえば
はじめて会ったヘビに
サルは近づいていってしまいます。
それでは噛まれてしまいますからね。

動物も人間もそこは同じで、
新しい文化が生まれた時には必ず叩かれますよね?

糸井 あ、でもその警戒心を発動させないようにするのは、
おもしろい人になるコツかもしれないですね。

池谷 生存にとっては、あぶないです。
糸井 あぶないけど、でもアーティストって、
基本はそういう人ですよ。
池谷 あ、そうでしょうね。むしろ、楽しむ……。
糸井 ただ、
「警戒心を持たないで飛びこむ」
ということだけを売りものにしちゃうと、
パターン化してつまんなくなるのでしょうけど。
アーティストが「駄目になる」時に、
そういう場合があると思いますね。
単なる「冒険のようなもの」とか
「非常識というルーティン」とか、
人はよく読みこんでいますからねぇ。

池谷 ええ。
糸井 でも、警戒心というか、
ストッパーのなさには興味があります。
映画で、
「筋肉を増強して、
 さらに痛みを感じないようにして、
 ものすごく速く走れるようになった人」
が出てきたんですよ。

走っているうちに
肉体そのものが耐えられなくなって、
ヒザから骨が飛び出ても
まだすごい速度で走っているというような、
そういう場面があったんですけどね。
ああいうイメージを見ると、ちょっと
「いいなぁ」って思っちゃうんですよ。
ぼくらの人生、いわばストッパーだらけですから。

池谷 身体が耐えられないほどの力を加えないために、
筋肉にも脳にも必ずストッパーがありますよね。
一方に伸ばす筋肉があれば、
逆側で縮む筋肉も働いている。

縮む筋肉をゼロにはできないんです。
筋肉の相互作用は脊髄で調節されています。
脳は人の吸収するエネルギーの
二〇%〜三〇%を使っていますが、
それでも脳の能力は全体の二%しか
使われていないとされていますので、
脳にも似たようなストッパーがあるのでしょう。

素潜りの選手が心拍数を遅くしたりできるのは、
ふだん意識して変えられないところを
意識したということですから、
あれは脳を特殊に訓練したんでしょうね。

糸井 何かを打開したいなら、
ストッパーを休ませることで、
自分のそれまでのバランスを壊してでも
前に出ていく、というようなことを
時々やってみないと、
ダメなんだろうなぁと思うんです。
それは、経験的に感じることだけど。

池谷 今の言葉で思い出したのですが、
何かを進める時って、
ストッパーをはずす方法と、
前に進む力を伸ばす方法との二種類がありますよね?

人間の身体を見ているとおもしろいんですけど、
ブドウ糖もそうやって作られているんですよ。
眠っている時には身体が動かないから、
エネルギーをあまり使っていない。
だったら、ブドウ糖を作らなければいいのに、
絶えずブドウ糖を一〇個作って
一〇個壊していたりしている。
これはムダのように思えるんですけど、
急にブドウ糖の要る時には効きます。
必要な時にいつでも作る下地ができている。
要る時になってから、急に
ゼロだったところから一五個作るよりも、
ずっと簡単にエネルギーを生めるのです。
ふだん脳がムダをしているのには、
そういう意味もありますよ。

糸井 なるほど。
仕事で言うと、ストッパーをはずして、
ひとつ違う局面に行くことを何度かやると、
次にできることの可能性が増えますね。
「大舞台を踏むと強くなる」みたいなことですね。
無理かもしれないと思えることを
やりつづけることで、変わる。

池谷 ぼくはふだん、ストッパーをはずすほうを
それほど考えていなかった人間ですから、
その考えには興味があります。

糸井 ぼくはストッパーをはずすことで
伸びてきた人間かもしれないです。
もとの力を増やすのはものすごくたいへんだけど、
ストッパーは意識ではずせますから。
事件にまきこまれたりすると、
ストッパーをはずしたり、
事件をこっちから
のみこんでしまうぐらいのことをしないと、
問題に対処できないじゃないですか。

社会と適合しないことをすることで、
不慮の事故の処理能力や適応能力が増すんですよね。
だから芸人さんは、生活が荒れるようなことを、
あえてしたりもする。それに、勢いのある時には、
キャパシティの広がりの分だけ
いままでとちがう世界に接点を持ちますから、
処理しきれなくなって荒れるんでしょうね。

事件の負荷をのりこえていくとか、
できっこないのにみんなの手前で
「できる」って言ってみせて飛びこんで
ストッパーをはずしてみたり……。

池谷 ストッパーをはずすって、
ちょっと、見栄を張るのと関係してますね。

糸井 あ、そうだ。見栄とか好奇心のない人は、
やっぱり、つまらないもんなぁ。
できることが見えてるっていうか。
……ここまで話すと
ぜんぜん脳とも何とも
関係がなくなるかもしれないけど、
トップクラスになる人って、
ストッパーをはずしながらも、
「はずす前に、頭の中でさんざん
 シミュレーションを済ませている」
という場合が多いですね。

「ストッパーをはずすことで
 どのぐらいの被害が出る」とか、
そういうことを細かく計算してる。
負ける試合はしたくないくせに、
変わらないでは生きられない、みたいな。
強いと思われてる人って、
そういう人が多いですねぇ。






(※つづきは、あす金曜日に更新いたします。
  こちらの先行販売のページにも、
  ぜひ、お立ち寄りくださるとうれしく思います)

2002-05-23-THU

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